第二十七話 燃えるレインブルグ邸

 上層区の高架道を抜け、レインブルグ邸のある区画へと向かう。

 外はいつの間にやら暗雲が立ち込めていた。


 一雨きそうだな。


 目の前を走るのは、ロゼリアの軍用多目的車。装甲の黒い車体が路面を滑るように走る。

 その後ろをぴたりと捉えながら、俺は車内のローカル回線接続した端末に話しかける。


「――ってわけだ。だいたいの流れはそんなところだな」


 通信越しに、彼女が短く息を吐くのが聞こえた。


 『ふぅん、レインブルグの娘のチップから、そんな話に繋がるとはねぇ……』


 その声には呆れと興味が半々といった調子が混じっている。


『あんたも災難だねぇ。疫病神でも憑いてんじゃないのか?』


 カラカラと笑う声。まったく、笑いごとじゃないんだがな。


「かもな。そろそろ除霊でも頼むか?」


『この街で? そんな職業、三日も持たないだろうね』


 軽口を交わす間にも、車はじりじりと上流区画へ近づいていく。

 外の風景が変わった。

 街灯の数が減り、代わりに無骨なバリケードと装甲車が並ぶのが見えてきた。

 以前、ルシアと通ったときは煌々と輝いていたゲートが、今は無数の警告灯を赤く瞬かせている。


「……まぁ、そういうわけだ。細かいところまではまだ見えないが、レインブルグ、第九、ヴィーラ社――この三つの線は繋がってる」


 しばらくの沈黙。

 ロゼリアの低い声が返る。


『確かにね。あのアンドロイドの首の件もそうだ。ヴィーラが関係してる可能性は高い。

 ……けど、仮にそうだとしても、どんな目的で動いてるのか、さっぱり見えないね』


「そうだな」


 その時だった。

 フロントガラス越しに、遠くの空で閃光が走った。

 続いて、鈍い爆音。

 暗くなってきた街を焼くようなオレンジの光が、低い雲を照らし出す。


「……見えたか?」


『ああ、見えた。ヘリが墜ちたな』


 遠目にも分かる。

 上流区画の中心――レインブルグ邸の方向。

 炎に照らされ、空を舞う複数のホバリング機が見えた。

 そのうちの一基が火を噴きながら傾き、ゆっくりと落ちていく。


 一拍遅れて、ドウンッ!と爆発音。


「……ずいぶん派手にやってるな」


『まったくだ。警察機構の本部でも手を焼くレベルの相手かもね』


 橋の袂まで来ると、検問が張られていた。

 バリケードの間に警備車両が並び、兵士たちが慌ただしく行き来している。

 武装は実弾仕様――完全な戦闘態勢だ。


 ロゼリアの車両が先に停まり、ウィンドウを開ける。

 後続の俺の車を見た検問の兵士が、眉をひそめて何やら話し込んでいる。

 まぁ、無理もない。俺は警察の正式な所属じゃないし、場違いにもほどがある。

 普通なら通してくれっこないが――


『心配すんな。こっちは顔が利く』


 通信越しにロゼリアが言う。その声の直後、兵士の顔色が変わった。

 彼女の身分証がホロに浮かぶ。

 階級章と、第七戦術統制課のエンブレム。


 ……現場の指揮系統だとロゼリアの方がダントツで上だからなぁ。


 やがて、前方のゲートが開く。

 兵士が駆け寄ってきて、敬礼しながら俺の車の窓際に立った。


「お疲れ様です! この先での通行許可を一時的に発行しました。IDに紐づけますので腕をお願いします」


「あいよ」


 左腕を窓の外に出すと、筒状のデバイスがカチリと嵌められた。

 ピッと電子音。淡い光が皮膚の下で走る。


「――はい、登録完了です。本日二十四時まで有効。位置情報は共有させていただきます」


 軽く手を上げて、再びアクセルを踏む。


 前方では、ロゼリアの車両がすでに動き出していた。

 彼女の黒い車体が、警告灯を反射しながらゆっくりと橋を渡っていく。

 俺も続く。


 橋の向こうは、赤と黒の世界だった。

 閑静な街を裂くサイレンの音。

 焦げた鉄と煙の匂い。

 ドウン、とまた爆音。火柱が立ち昇る。


「……おいおい、警察機構、ちゃんと仕事してるか?」


『さぁね。少なくとも、パーティには間違いなさそうだ』


 ロゼリアの声は、どこか楽しげですらあった。

 おいおい、これだから脳筋は。


 俺は苦笑しながら、彼女の車を追ってアクセルを踏み込んだ。

 ヘッドライトが火煙を切り裂き、戦場へと差し込む。





 * * *





 レインブルグ邸に着いたが、状況はかなり悪い様子だ。


 轟々と燃え上がる炎。爆風で千切れた樹木。空を切り裂くように漂う灰と煙。

 あたり一帯が、まるで戦場のように赤黒く染まっている。

 焦げた鉄とオゾンと血の匂いが混じり合い、肺の奥が焼けつくようだ。


 車を降りると、足元に転がるヘルメットに足が当たる。"中身"は入っていない。

 目をやれば、そこかしこに散らばる装備品と――人。


 瓦礫の下で呻く兵士。腕を失い、仲間に担がれて運ばれていく者。

 そして、完全に動かなくなった者。


 ……ひでぇな。


 口の中で呟く俺の目の前で、墜落したヘリの機体が黒煙を噴きながら横倒しになっていた。

 ローターの一部はレインブルグ邸の外壁を削り取って突き刺さり、火の粉があたり一面に飛び散っている。

 そのさらに奥、巨大なゲート前では、ひっくり返った戦闘車両が炎に包まれていた。

 装甲が剥がれ、金属が溶け出して滴っている――まるで鉄の雨だ。


 民間人の死体が見当たらないのが幸いだが、それ以外の惨状がひどい。

 特に警察機構側の被害は目を覆うレベルだ。

 簡易戦闘ジャケットに走る裂け目。爆風でねじ曲がった義肢。

 一部には、腕どころか胴体ごと吹き飛ばされた死体もあった。


 ……おいおい、何が暴れてやがる。


「隊長ッ!」


 声をかけてきたのは、邸宅前の警戒線に立っていた一人の若い女性隊員だった。

 短い金髪をまとめ、まだ義体化はしていない――おそらく新人だろう。

 ロゼリアの姿を見るや、ピンと背を伸ばして駆け寄ってくる。

 俺の方は一瞥だけ。見事にスルー。はいはい、そういうタイプね。


「状況報告!」


 ロゼリアの声が一瞬で現場の空気を張り詰めさせる。

 低く、鋭い。

 新人ちゃんは一瞬びくりとしたが、すぐに姿勢を正して報告を始めた。


「は、はいっ! 我々が到着した時点で、邸宅付属の警備兵および外周の警察機構部隊はほぼ全滅。すでに邸内への侵入を許しています! レインブルグ邸内の民間人の安否不明!」


 彼女の声が、爆発音とサイレンの中で掻き消されそうになる。


「外部カメラの解析では、襲撃者は複数の人型反応を確認。車両はなし。妨害センサーを発しており、ID確認も不可。ですが……!」


 言葉を詰まらせ、視線を邸宅に向けた。

 その瞬間、――ドンッ!!

 轟音とともに建物の上階が吹き飛び、火の玉が曇り空を焦がした。


「……現在、内部で交戦中のチームは三つ。総勢十二名。

 ですが、すでに半数が撤退を余儀なくされています。

 生身の人間がやれる規模じゃありません……!」


 ロゼリアが鼻で笑った。


「なるほど、上等じゃないか」


 ガチィン――。

 義手の拳がぶつかり合い、火花が散る。

 ……完全にスイッチが入ってるな。


 それを見て、さっきの新人がうっかり目を輝かせてるのが見えた。

 おいおい、君、その道行くのはあんまりおススメしないぞ。


「時間が惜しい、突っ込むぞ」


 俺がそう言った瞬間、ようやく新人の視線が俺に向く。


「……隊長、この方は?」

《隊長と馴れ馴れしく、一体どこの馬の骨だ》


 吹き出しからも不信感が漂っている。仕方ないよね。


「ん? ああ、知らんか。"修理屋"だ。いずれ顔を合わせる機会も増える。覚えとけ」


 紹介の仕方がざっくりすぎる。いや、確かに俺の肩書はそうだけどさ。

 新人の視線が微妙に刺さる。


「……よろしくお願いします」


 まるで喉に砂を詰め込んだような声で言い残し、すぐ前を向いた。

 ロゼリアは気にも留めず、彼女を含めた部下に通るように大声で指示を飛ばす。


「私と修理屋で突入する! 邸宅内の隊員には民間人救助を優先しつつ撤退! 残りは入口を固めろ。増員がないとも限らん」


 言うが早いか、脚部のブースターが唸りを上げた。

 ギュイン、と圧縮空気が吐き出され、地面を砕いてロゼリアの巨体が前方へ跳ぶ。

 爆炎を背に、まるで砲弾のように邸宅へ一直線。


 ……ほんと、いつ見ても人間やめてんな。

 

 俺もその背中を追い、炎の中へと駆けだした。

 熱気が肌を焼き、焦げた金属片が足元でジャリ、と音を立てる。


 さて、何が待ち構えてるかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る