第20話 拒絶

「……逃げる気はないんでしょ?」

真輝の声は低く、確信めいていた。


茉優はふっと笑みを浮かべる。

「逃げる? 違うわ。これは“演目”よ。観客も、舞台も、すべて私が用意したの!」


 その瞬間、街角の街灯がパッと消えた。茉優が仕掛けていた電波妨害装置が作動し、通りの照明が一斉にダウンする。闇の中で、ただ二人の息遣いだけが響く。


「……っ!」

真輝は身構えた。だが次の瞬間、頭上から落下する鉄パイプが音を立てて地面を叩く。茉優の仕掛けたワイヤートラップだった。


「そんな小細工で……!」

真輝は跳ね退き、短剣でワイヤーを断ち切る。


 しかしその隙に、茉優は背後へと回り込む。

「ねぇ、わかる? あなたも私も、同じ気持ちを抱いてるの。――勇者を間近で見たい、ただそれだけ」

耳元で囁き、刃をかざす。


 真輝は振り返りざまに短剣を弾き、茉優を押し返す。

「違う! 私は守るために剣を振るう。君は壊すために行動してる!」


「壊す? 違う、愛でてるの」

茉優は嘲笑を浮かべながら、もう一つのスイッチを押した。

 遠くで火花が散り、停めてあった車の警報が一斉に鳴り響く。街全体が混乱の音で包まれ、まるで舞台の演出のように。


「見えるでしょ? これが私の舞台! 私が主役で、あんたたち勇者は客席から拍手しとけばいいの!」


 真輝は一瞬言葉を失う。しかし強い眼差しを崩さず、短剣を構え直す。

「……間違ってる。けど、君の心の奥にあるものは――確かに私と同じなはず!」

雨上がりの路地で、静かにそう告げた。


 茉優の笑顔が一瞬だけ凍る。胸の奥に、ざらつくような苛立ちが広がった。

「同じ? ふざけんな……! 私の気持ちを、あなたなんかに分かるはずがない!」

いらだつ茉優の行動はさらに荒々しくなる。


 「ねぇ、君の気持ちの何が私をそこまで拒絶するの?」


 真輝が茉優の攻撃を受け止めながら茉優に問う。


  茉優は背筋に冷たい怒りを感じながら、笑みを張り付け、短剣を振るう

「拒絶……? 違うわ、ただ、私は――私は自由を求めてるのよ!」

 茉優の声は高鳴り、興奮と怒りが混ざった音色だった。刃が真輝の防御をかすめ、火花が散る。


「自由……?」

 真輝は刃を交わしながら茉優を見据える。静かな声なのに、確かな意志が宿っていた。

「君が求めているものは、闇の中で生きる力。だけど、それを暴力や罠に変えてしまったら、君自身を壊すだけだよ」


 茉優は一歩踏み込み、笑いながら短剣を振るう。動きは荒々しく、じぶんでも予測不可能だ。

「壊れる? ……もうとっくに壊れてるのよ、私なんて!」


 真輝はそれでも受け止める。茉優の刃を刹那に弾き、腕を掴んで制す。

「……君の怒りも痛みも、理解できる。けれど、だからこそ……止めたいの」


 茉優は振りほどこうとする。だが真輝の握力と体勢保持力は強く、しっかりと受け止められる。

「なにが理解できる、あんたに……?」


 胸の奥で、怒りと狂気が渦巻く。視界が赤く滲み、雨に濡れた街灯の光が歪む。

「私の気持ちを、誰が決めるのよ……!」

 叫ぶ茉優の手が真輝の腕を振りほどこうとする瞬間、周囲の街の騒音を利用し、巧妙に罠を起動する。カメラセンサーが光を反射し、小さな爆発音が響く。


「……ああ、もう……!」

 真輝は眉をひそめ、茉優の暴走を制しようと全力で剣を振る。だが茉優の怒りの奔流は、ただの戦闘ではなく、まるで感情の奔流そのものだ。


 茉優は背後に飛び退く。雨で濡れた路地に光る水滴を蹴散らしながら、姿を消した。

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