第2話 笹川織子は幼馴染に愚痴を言う


「ええっと……さっきは大変だったみたいだねぇ、おりこちゃん」


「ホントにね、すずちゃん」


 おりこに心配そうに声をかけてくれた女の子――涼風すずかぜ鈴音すずねは、私の幼馴染で、このクラスの副委員長だ。

 昔から、何につけても私の事を気遣ってくれて、手を差し伸べてくれる。


 今も、休み時間の中、わざわざ私を心配して声をかけてくれた。


「というか!そもそも、あれだけ毎日注意してるのに、なんでいっつも直すどころかエスカレートするのよ!天野さんめぇ!」


「まあまあ、おりこちゃん。天野さんにも、きっと理由があったんだよ」


 すずちゃんは私をなだめるように、頭をぽんぽんと撫でる。

 子供のあやし方じゃないか?


「すずちゃんは甘いよ!それにあの人、今日は珍しく話を聞いてくれたと思ったら、急に帰っちゃうし!」


「う~ん、なんでだろうねぇ?疲れてそうには感じなかったけど……」


「いや、絶対仮病だよ……あれ」


 全くもって、呆れてしまう。

 先生に相談もせず、自分の判断で勝手に学校を休んでしまうなんて。


 私はああいう不真面目な人には共感できない。

 褒められたものじゃない。


「でも、珍しいよねぇ?天野さんって、今まで仮病どころか、体調を崩して欠席したこともなかったよねぇ」


「……言われてみれば?」


 すずちゃんの指摘ではっと思い、天野さんの今までを思い返してみる。

 確かに天野さんは、今まで学校を休んだことがなかった気がする。


 あの人は図体がデカくて目立つから、入学式の時から目立っていた。

 同じクラスに入ってからも、その体は嫌でも目に入る。


 最初は首にシルバーアクセを付けているくらいで、髪は染めていなかったし、服装も今と比べるとまだましな着こなしだった。


 私も最初は軽く注意する程だった。

 だけど、なぜか注意するたびに、次の日には何かアクセが増えたり、服装が乱れたり、派手なマニキュアを付けたり、金髪に染まったり。


 その度に、私は毎日毎日、天野さんを注意していた。


「……そうね、私、毎日天野さんを注意してたもん。あの人を見ない日はなかったわ」


「でしょ?だから、気になるよね。仮病を使った理由」


 すずちゃんは、かわいらしく首をちょこんと傾げた。


「……別に。不良の考える事なんて私、わかんないし」


 私は、自分で言うのもなんだが、グレていた時期なんてものはない。

 他人への助けになる事は当然の事だと思っていたし、迷惑を描けるなんて以ての外だ。


 そんな、いるだけで周りの迷惑になるような不良なんて、本音を言えば絶対関わりたくない。

 私がクラス委員長でなければ、話しかけようともしなかっただろう。


「ふふ、でも天野さんってさ、おりこちゃんのお説教は絶対最後まで聞いてたよね?」


「……説教って、そういうものなんじゃないの?」


 私はすずちゃんから投げかけられた問いかけの意味がいまいちよく分かっていなかった。


 人の話を聞くことは、少なくとも私には当たり前のことだ。

 だから、それだけで誰かを特別視することなんてない。


「そう。でもね、天野さんって絶対目を逸らしたりしないで、おりこちゃんのこと見てるよね」


「確かにそうだけど……あれって威嚇してるんじゃないの?逆ギレで」


 いつもの私の説教を受ける天野さんの顔は、悲しさや反省などの気持ちは見えてこなかった。

 むしろ、キレているというか、ムスッとしているというか、何かに耐えるような表情をしていることが殆どだ。


 私からしたら、反省の色がないとしか捉えられないんだが、どうやらすずちゃんは違う考えを持っているらしい。

 にこにこ笑いながら、すずちゃんは続ける。


「さっきおりこちゃんが注意した時、天野さんってどんな反応してた?」


「……最初はいつもみたいにムスッとしてた。けど、私がもう注意しない方がいいか、って言ったら……」


「言ったら?」


「……なんだか、この世の終わりのような、絶望したような、そんな顔をしてたかな……」


 私と天野さんが接する時は、大体は説教をするときだ。

 だから、私はあの人の表情というものは、ムスッとした表情しか知らない。


「あんな天野さん、初めて見たなぁ」


 ふと、そんな言葉が私の口から洩れた。


「なら、答えは一つだね、おりこちゃんっ」


「答え?」


 あの人の考えなど、まだ私には考えもつかない。

 そもそも、あまり接したくない類の人なのだから、正直そんな人の心なんて考えたくもない。


「天野さんはね、きっとおりこちゃんの気を惹くためにオシャレをしていたんじゃないかな?」


「は?」


 は?

 気を、惹く?

 誰を?私の?


「だって、もう注意しないって言った途端にがーん!ってなっちゃったんでしょう?それって、おりこちゃんに構ってもらえなくなるのが本当にショックだったんだよ」


 そういえば、あの人は私に構ってもらえるなら、あの恰好をやめると言っていたんだった。


 でも、おかしい。


「……ありえないでしょ。だって、私と話したいなら、もっと他にもやりようがあったはずじゃない?」


 別に、私は人見知りと言うほどでもない。

 普通に話しかけてもらえれば普通に会話するし、誰にだって説教をするわけではない。


 それなのに、わざわざあんな手段で私の気を惹こうとしていた?構ってもらおうとしていた?


「……もしそうだとしたら、不器用すぎるでしょ、あの人」


「そうだねぇ。それで、おりこちゃん。そんな不器用な天野さんを、明日からどう構っていく?」


「……そうね……」


 正直、本当に身だしなみを整えて学校に来るかどうかは分からない。

 私としても信じていない。


 でも、もし本当に。心を入れ替えたと言うのなら。


「ま、その時はオトモダチにでもなってあげるよ」


「素直じゃないねぇ、おりこちゃん」


「うるさいよ、すずちゃん」


 これでも大分本音を言ったつもりだったが。

 まあ、期待しないで待っていよう。


 その方が、変わらなくても失望が小さくなるというものだ。



       ♪



「……おはようッス、委員長」


「えっ……?」


 次の日。

 

 姿を現した天野さんを見た瞬間、時が止まってしまったかのように、私は動けなくなった。

 その姿に、釘付けになってしまった。


 彼女の姿は――

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