第3話 なんで、そこまでするの?
天野さんが仮病で早退した、その次の日。
私は、なんとなくいつもより早く登校した。
もしあの人が、宣言通り本当に変わると言うのなら。
その姿を、私がいち早く見届ける必要があるんじゃないかと思ったからだ。
(別に、あの人に期待なんかしてないけど)
そんな事を想いながら、自分のクラスにたどり着いた。
教室の中には、まだ誰もいなかった。
いつも笑いや会話が絶えない教室も、今はとても静かで、どこか寂しさを感じた。
(昨日の復習でもしていようかな)
今は特に何もすることがないし、カバンから教科書とノートを取り出し、復習をすることにした。
私はよく、周りから優等生だと褒められることが多い。
でも実際の私は、頭の回転が速い訳でも、記憶力がいいわけでもないし、察しがいいというわけでもない。
それでも優等生という評価をもらえるのは、それは私がいい子を演じているのと、必死に勉強をしているからだろう。
他人に親切にするよう心掛け、他人が嫌だと思う仕事も引き受ける。
家に帰っても直ぐにその日の授業の復習を何度もして、翌日の予習もする。
他の人が交流に使っている時間を使って、ひたすらに自分をいい子にする。
前に、すずちゃんには「もっと自分を大切にしてほしい」とか、「もっと楽しいことをしてもいいんじゃない?」と心配されたことがある。
でも、私はこのいい子になるための苦労を嫌だと思ったことはない。
誰かに頼ってもらえるのは嬉しいから。誰かに褒めてもらえるのが楽しくて仕方なかったから。
(だから、あんな風に
ペンを走らせながらも、私はあの人の事を考えていた。
天野さんは、あまりいい噂を聞かない。
ケンカが強いだとか、負傷事件を起こしたとか、因縁をつけられたとか。
(私が見た限りでは、そういう暴力問題を起こしたことは無かったと思うけど)
もしあの人が本当に悪い人じゃないのなら、あの恰好をしていることは損だと思う。
挑発的で派手な服装と言うのは、この学校という場ではどうしても目立ってしまう。
攻撃的に見えてしまうこともある。
私はそういう理由も考えて、今まで天野さんだけに限らず、色々な人に注意をしてきた。
(……あそこまでムキになって注意した人は、今までいなかったけど)
他の人に対しては、やんわりと注意をした程度で終わっていた。
他の人は、一回注意すれば、直ぐに服装を正したり、アクセを見えないように隠したりしてくれていたから。
でも、あの人。あの人だけは、何度注意しても直してくれなかった。
(なんで、あんなことができたのかな)
そう思った時に、ふと思い出したのは、昨日のすずちゃんの言葉だ。
「天野さんはね、きっとおりこちゃんの気を惹くためにオシャレをしていたんじゃないかな?」
ありえない。
そもそも、私は天野さんとは高校で会ったばかりだ。
初めて会話したのも、三週間前のあいさつ運動の時が初めて。
その会話も、ただあいさつと、アクセを隠してくださいってやんわり注意しただけの事。
(それだけの事で、誰かを気になるなんてこと、あるの?)
私にはわからなかった。
私の親しい友人は、すずちゃんしかいないから。
彼女以上に、親しくなりたいと思ったクラスメイトは今までいなかったから。
私の頭の中が、
そう思った時、私はふと復習をするためのペンが止まっていることに気が付いた。
(いけない、集中しなきゃ)
あの人の事を考えるのを止めて、気持ちを切り替える。
——ガラッ。
切り替えようとしたその時、教室のドアが開いた。
「……おはようッス、委員長」
ドアの前には、聞きなじんだ声と。
馴染みのない姿の女子生徒がいた。
「えっ……?」
馴染みのある声がする方を見た瞬間、時が止まってしまったかのように、私は動けなくなった。
その姿に、釘付けになってしまった。
声の主は、天野さんだった。
といっても、姿だけを見ればすぐ分からなかっただろう。
「あまの、さん……?」
「はいッス」
声は天野さん。天野さんと呼んではいと答えたから、この人は間違いなく天野さんだろう。
だけど、その姿は———。
「その、髪は……」
私はつい、指で天野さんの髪を指してしまった。
「ああ、昨日美容院で黒に染め直してきたッス。落としても良かったんすけど、美容師サンが急いでやると髪傷めるって言ってたんで」
ピンピンに外ハネしていた金髪は、綺麗な真っすぐの黒髪へと変わっていた。
「その、服装も……」
「はい、スカートも巻くのやめて、伸ばしたッス。ボタンも全部付けてるでしょ?あ、スカートとかちょっとシワになっちゃったりしてたんで、アイロンもかけてきたッス」
天野さんの制服は、自分で言っていたようにきっちりしたものになっていた。
ここまで綺麗だと、普段から気を付けている私すら劣って見えるかもしれない。
それくらい真面目で、模範となるような服装。
「その、アクセとかは……」
天野さんは、アクセサリーを付けていなかった。
チョーカーも、ピアスも、何も。
「あ、全部売ってきたっす」
「えっ⁉」
「あ、といってもアタシだけじゃ売れないんで、ねーちゃんに売ってもらったッス。休みだったのに悪かったなぁとは思うんすけど」
そんなことを言う彼女を、私は改めて眺める。
綺麗な黒髪。余計なアクセサリーもなく、アイロンをかけられたビシッと綺麗な制服。
よく見れば、履いているスニーカーもピカピカになっていた。
「……靴も、綺麗ね」
「あっ、気が付きました?どうせ綺麗にするなら靴もやっとけってねーちゃんが……あっ、これ言わなくてよかったなァ~、カッコ悪……」
天野さんの姿は、一日で不良から、私の理想とするきっちりとした生徒の姿に変わっていた。
入学直後の天野さんでさえ、もう少しオシャレをしていたと思う。
だけど、今の天野さんには、その面影は一切残っていなかった。
私の知っていた天野さんは、消えてしまった。
「……なんで?」
「えっ」
こんな言葉を出すつもりは無かったが、口から洩れてしまった。
もう、止めるのは無理かもしれない
「なんで、そこまでするの?」
アクセサリーはもちろんだけど、美容院だってタダじゃない。
天野さんは見た目こそ派手だけど、オシャレには気を遣っていたはずだ。
私もオシャレをしないわけじゃない。
学校に行く平日はともかく、休みの日にすずちゃんと出かける時はちょっとだけ化粧をしたりはする。
そのちょっとした化粧でも結構な手間がかかるものだ。少なくとも私はそう感じている。
化粧水だけ使って肌を保湿するだけでも、学生には結構馬鹿にならない出費になる。
それなのに。天野さんは私の何倍もお金をかけて、苦労して、オシャレもメイクもしていたはずなのに。
「なんでそんなにあっさり自分を捨てられるの?」
オシャレ、服装、メイク。これらは、人を明確に印象付けるものだ。
他の人に合わせることもあるけど、厳密には個人個人で異なってくる。
結局は、その人自身の個性となるものだ。
これらを捨てるという事は、自分の個性を捨てる事と同じだ。
私は、そう思った。
「……その、言い訳じゃないんスけど、委員長がしないと無視するって言ったから……」
「え?」
私が、言ったから?
ここまでしたの?
「その、委員長ッ!」
「は、はい」
天野さんは、突然私の方を掴み、叫んだ。
もともと結構な身長差があるから、迫力もあってついビックリしてしまった。
「アタシ、これからもこのカッコのままでいるんで!頑張るんで!だから……だからッ」
「えっ?えっ?」
天野さん、叫びながらどんどん顔が近くなってきてる。
え?何だコレ。
告白でもされちゃうのかな~なんて。
え、違うよね?
えっ、ええ?
「だからッ!アタシの事これからも構ってください!」
「へ」
思ってたのとは違う告白、というか宣言だった。
思わずズッコケそうになってしまったよ、天野さん。
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