生真面目な委員長が不良に更生するよう説得したら、あっさり不良をやめちゃった!ナンデ!?

砂嵐番偽

第1話 笹川織子は不良生徒を注意する

天野あまのさん!天野あまの七星ななせさん!」


「……ハイ、なんすか委員長」


 朝、次々とクラスメイト達が教室に入ってくる中、私——笹川ささかわ織子おりこは、目の前で私を見下ろしてくる、背の高い不良女に注意を呼び掛けていた。


(不遜な態度で私を文字通り見下してくる、この女を!)


 クラスメイトが私の大声に何だなんだと目を向けてくるが、気にしない。


「なんすか、じゃありません!何ですかその……髪!」


 天野さんの髪。金髪に染まっていて、外ハネも激しい。

 見ようによっては非情に挑発的な髪型!


「あと、そのピアス!チョーカー!」


 イヤリングではない、しっかり穴をあけてつけている、十字架のアクセサリーが付いたピアス。


 それに、首に巻かれた黒のチョーカー。


「それに、その服装!」


 学校指定の制服でこそあるが、シャツは第三ボタンも開いていて、露出が多い。

 さらに、スカートも短くなっていて、ショーツが見えるか見えないかギリギリのところだ。


「全部!完全な校則違反です!という事を何回も言ってます!もう何回目ですか!?」


「……えっと」


 すると、天野さんは私の目の前でスマホを取り出し、何か画面を触るでもなくなぞるように指を動かした。


「……えっと、あの日からだから……さん、しー、ごー」


「は?」


 どうやら、カレンダーを数えているらしい。

 ふざけているのかと思ってしまうが、彼女は真剣な表情で数えている。


 そういえば、私が彼女を注意する様は、もうとっくにこのクラスの日常風景になっているらしい。

 みんな「お~やってるやってる」「今日も元気だね」と言いながら、何も言わなくなっていた。

 ふざけるのも大概にしてほしい。


 天野さんが一つ日数を数えるたびに、私の中の怒りのメーターがどんどん上がっていった。


「……18回くらい、です」


 天野さんは、何でもない事のように言い放った。


「18回!?……18日も毎日注意してるのに、一度も直してないの!?」


「スイマセン」


「まるで誠意のない謝罪!それに、天野さん⁉一度も直さないどころか、日に日に悪化してます!」


 最初に天野さんを注意した時は、首に一つアクセサリーをかけていたくらいで、髪は染めていなかったし、服装もまだきっちりしていた、と思う。


「……あなたは、私の注意を聞くつもりが、ないんですか?もう、無視したほうがいいですか?」


 ここまで毎日注意しているのに、全く聞くつもりがないのなら。

 しつこさ、我慢強さが自慢の私でも、流石に白けてきたというか、もう疲れたというか。


 クラス委員としてあるまじき行為ではあると思うけど、流石に我慢の限界というものがある。

 もう、後は全部先生に丸投げして、天野さんを視界に入れないようにしてやろうか。


 そう思ったのだけど。


「……えっ?」


 天野さんは、私が知る限り。

 初めて動揺するように、ぽかんと口を開けている姿を見せた。


「……む、無視?」


 明らかに、天野さんの声が震えていた。


「え、ええそうです!もう注意しません!よかったですね、もう二度と大声で怒鳴られることもありませんよ!」


 なんだか様子がおかしいけど、私は一度決めたことは曲げたくない。


 もう天野さんに注意するのは疲れたし、ずっと怒鳴られるのは彼女の為にもならない。


「……い、嫌だ」


「へ?」


 天野さんは、唇を噛みしめながら、目をうるうるとうるおわせていた。


「無視されるのは、嫌、です」


 視線を落とし、グッと拳を握りながら、そう言った。


 無視を、されたくない。


 普段は寡黙な彼女がここまで私に言葉を発するのは、出会ってから初めての事だった。

 それほど、彼女は言葉で感情を表さない。


 そんな天野さんが言葉で訴えてくるという事は。


「そ、そんなに無視されるのが嫌なんですか?」


 思わず私は聞き返してしまった。自分を曲げないってさっき決めたばかりなんだけどね。


「いや、です」


 天野さんは背が高い。多分、190cmはあると思う。

 そんないるだけで威圧感を感じる彼女が、服装も挑発的で威圧的な彼女が。


 震えながら私に怯えていた。


 少し罪悪感が出てきた。いや、そもそも悪いのは校則違反を繰り返す天野さんなんだけど?


「どうしたら、無視しないでくれるんス……ですか?」


 こちらにずいっと近づいてきながら、天野さんは私にか細く言った。


 これだけ大きな人がこんなに幼い子供っぽく怯えているのは、少し異様な光景に見えてしまった。


 それで、どうしたら無視をしないで済むか、か。

 別に、私は天野さんを無視したい訳じゃないし。


 そんな事されたら私だってひどいと思うし、できれば穏便に済ませたい。


「いや、別に服装を正してくれたら、私はそれでいいんだけど……」


 これは心からの本音。

 これだけやってくれたら、私は何の文句もないし、天野さんに注意もしなくて済むし。


「わかったッス」


「へっ?」


 先ほどまで怯えていた天野さんの表情は、きりっとしたものに変わっていた。

 そして、真っすぐに私を見ていた。


「委員長が構ってくれるなら、この恰好やめます」


「かっ、構う……?」


 どういう事だろう。


 分からないけど、この人は私に構って欲しい?らしい。


 天野さんの真意はつかみきれないけど、まあそれだけなら。


「……それくらいなら、別にいいけど……」


「わかったッス、じゃあスイマセンけど、今日体調悪いんで早退します」


「は?」


 え?早退?なんで?


 私が呆然としている間に、ささっと天野さんは教室から出て行ってしまった。


 え?確かにさっき元気なくなってたけど、それは私に叱られたからだよね?

 さっきまで別に普通そうだったよね?何で?何で?

 全く理解ができない、何をしに帰った??


「おはよ~、おりこちゃん~……あれ、どうしたの~?」


 クラスメイトに話しかけられるまで、私は呆然と立ち続けるしかなかった。

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