第33話 覚悟(グスタフ視点)
俺の目の前でスミレが連れ去られてしまった。未だに俺の体から戦う力を奪っている毒が本当に憎い。
馬車が離れていった後もエリクの目は血走っている……ここは一旦、落ち着かせた方が良さそうだ。
「冷静になれ、エリク。裁判で勝つにはお前の頭脳が必要なんだからな」
「……そうですね。ごめんなさい、暴走してしまって」
「それだけスミレのことが大事ってことだ。反省は必要だが後悔はしなくていい。それよりもこれから裁判でどう戦うのかが重要だ。何か良い考えはあるか?」
「裁判で勝つにはスミレ自身に罪が無いことを認めさせる必要があります。本当なら満月の日まで待ってもらってフィオルの墓に裁判官を呼び、フィオルの口から全て説明してもらいたいところですが、裁判は10日もしないうちに開かれてしまい判決が出てしまいますから無理でしょうね」
つまり裁判所での弁論だけでスミレの潔白を証明しなければいけない訳だ。正直、厳しい戦いになるだろう。少なくとも今の俺には何も活路が見えない。エリクは何か考えているだろうか?
「エリクは裁判に勝つ手を思いついているのか?」
「切り札のようなものはありませんが、スミレを無罪にできる小さな要素は色々あると思います」
「小さな要素?」
「ええ、例えばアナイン病のフィオルは空白期間がありますから公的には成人扱いされていません。これはつまり、まだフィオルは施政に関わる貴族ではないと言えます。よって転生者であるスミレも同じ扱いになり
「一応、筋は通っているな。他には?」
「裁判を長引かせることができればカイロスさんに事情を説明してもらうことができますね。他にもスミレはひたすら真面目に勉学に励んでいた点などを主張できれば彼女が無害な人間であることを示すことができ、心証を良くできるかと」
決定打には欠けるがエリクの言っている要素は使えると思う。あとはスミレの周りにいる人を味方に付けつつ、テオとカミラが危険な人物だと示すことができれば相乗効果で裁判に勝てるかもしれない。
きっとホフマンさんはテオから“ある事ない事を吹き込まれる”ことだろう。だから俺たちは上書きする形で真実を話し、味方になってもらいたいところだ。
「グスタフ、少しいいですか?」
エリクは眉間に深く皺を刻みながら俺に声を掛ける。現在進行形で何か凄く考え込んでいる顔だ。
「どうした?」
「これからの行動ですが、グスタフは味方になってくれそうな人を探しつつ、フィオルの両親へ全ての真実を話してきてくれませんか? もちろんスミレの人柄が素晴らしいと押すことも忘れずに」
「ああ、構わないがエリクは何をするつもりだ?」
「僕は裁判に勝つ為の情報集めに集中します。裁判で一発逆転するにはテオたちが如何におかしなこと言っているのかを証明しなければいけません。本当はテオがスミレを直接殺そうとした事実を証明できれば1番手っ取り早いのですが、それは不可能でしょう。だから、せめてテオのアキレス腱を探そうと思います」
「……当てはあるのか?」
「ええ、少なくとも引っ掛かっていることはあるんです。まとまったら後日お知らせします」
とりあえずエリクに任せておこう。俺よりずっと頭の良いエリクならきっと何とか活路を見出してくれるはずだ。
今、俺ができることで1番効果が大きいのは、やはりホフマンさんたちにスミレの潔白を伝えることだろう。となるとスミレたちのいる留置所に行かなければ。
俺はエリクに別れを告げて足先を北にある留置所の方へと向けた。するとエリクは「待ってください!」と言って呼び止め、真っすぐな目で俺に忠告する。
「今日から裁判までスミレと直接会話できる日はかなり限られることでしょう。そして、裁判で最悪な結末を迎えたら2度とスミレには会えません。だからグスタフは今日にでも本当の気持ちをスミレに伝えた方がいいですよ」
エリクの言う『本当の気持ち』が愛の告白であることぐらい鈍い俺でも分かる。確かに俺はスミレを心から尊敬している。だが、今でもスミレにフィオルを重ねてしまっている俺が告白する資格なんてあるとは思えない。
「まぁ、自分の気持ちに整理がついたら、そのうちな」
「そのうちなんて悠長なことを言っていられないから忠告したのですよッ! はぐらかさないでください! 僕はもう既にスミレへ気持ちを伝えました。だからこそフェアにいきたいのです」
エリクは珍しく本気で怒っている。それにいつの間にかスミレに告白していたなんて。弟だと思っていたエリクが立派になったものだ。だったら俺も本気で考えないと。
「分かった。怒ってくれてありがとな。行ってくるよ」
エリクと別れた俺は家に帰ってから馬に乗りこみ、30分ほどかけて留置所に到着した。
無機質な石造りの建物の外観はいつも以上に冷たく感じる。足を踏み入れて中にいる者に話を聞くと、現在テオがホフマンさんと妻のブリジットさんに“転生者スミレの悪事”とやらを伝えているらしい。怒りを超えて最早笑えてくるレベルだ。
ここで俺が乗り込んでもテオと喧嘩になって兵士に止められるのがオチだ。今はフィオルが閉じ込められている部屋に行った方がいいだろう。
警護兵に案内されて地下への階段を下ると1番奥の鉄柵の部屋でスミレが椅子に座って項垂れていた。当たり前だが相当参っているようだ。
歩いて近づいた俺は鉄柵越しに声を掛ける。
「大丈夫か、スミレ?」
「…………うん、大丈夫。それよりエリクは平気? 見たことがないほど怒っていたから心配で」
こんな時でもまず仲間の心配をするのがスミレらしい。だが、今回は疲れきっていることを抜きにしても声色がいつもと違う気がする。上手く言語化できないが、少し息を含んだような柔らかい声な気がする。
エリクが俺の背中を押していたから2人はまだ恋人関係ではないはずだ。それでもスミレは既にエリクへ恋心を抱いている気がする。だとしたら俺は兄貴分として喜ばなければいけない……はずなのに素直に喜べない。それどころか俺は……
「何だかエリクを気遣うスミレの声色がいつもと違う気がするな。こんな状況で言うのもおかしいが……エリクもスミレも素直になれたのか?」
駄目だと分かっているのに好意を見極めるような質問をしてしまった。意地悪な聞き方をしてしまう自分が嫌になる。
スミレは一瞬、目を点にした後、言葉のカウンターを返す。
「その言葉、どう捉えたらいいの? そうやって聞き返す私は意地悪かな?」
スミレが意地悪なんじゃない、俺が意気地無しなだけなんだ。
自分の気持ちすら素直に伝えられない弱い男……いや、今でもスミレにフィオルを重ねてしまって自分の恋心すら分析できていない子供なんだ。だから今も強引に話を切り上げることしかできない。
「変な事を聞いて悪かったな、忘れてくれ。俺がすぐにここへ来たのはスミレに希望を持って欲しいと伝えたかったからなんだ。エリクには裁判で勝つ為の何かが見えているらしいからさ」
「そうなんだ……それは凄く励みになるよ。教えてくれてありがとう」
「ああ、じゃあまた会いに来るよ。俺も裁判に向けて準備しなきゃいけないことがあるからな」
まだ話す時間は残っているのに背中を向ける俺。少しずつ鉄柵から離れていく俺を見つめているであろうスミレは必死に呼び止める。
「待って! じゃあ、これだけは聞かせて。さっき私の部屋にいる時にグスタフは『もし俺とエリクが本気でテオと……』って言ってたよね? あの言葉の続きは何なの?」
またもや答え辛い質問だが、俺が種を撒いたのだから答えない訳にはいかない。ましてや裁判を仕掛けてきたのはテオなのだから。
「法廷での戦いとはいえテオは全力でスミレを殺しにきている。だから俺とエリクも法の範囲内でスミレを守るつもりだ、テオを潰すことになってもな」
「……潰すっていうのは……」
「テオの黒い部分を暴くことに成功すれば今度はアイツが法で裁かれることになる。その時テオが死罪になったとしても俺とエリクに後悔はない。その覚悟を伝えておきたかったんだ」
「えっ……?」
後ろからスミレの声にならない声と膝を着く音が聞こえてきた。きっと今の彼女は泣き顔すら超える悲しい顔をしているのだと思う。
とてもじゃないがスミレの顔を直視できそうにない。俺は何も言葉を返せずに地下を後にする。
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