第32話 暗転



 エリクから告白を受けた4日後の昼過ぎ――――私、エリク、グスタフ、モーズさんは再び私の部屋に集まり、状況を報告し合っていた。


 結局テオと話して以降、私が危険な目に合うことは1度もなかった。強いて気になったことを挙げるとすれば昨日の朝にカミラが見舞いのフリをして顔を覗かせに来たことくらいだと思う。


 ヒートアップしたグスタフが「どうしてスミレを狙うんだ!」と詰め寄っていたけれど、カミラは「何か証拠でもあるのかしら?」とシラを切る一方で事態が進展することはなかった。


 カミラが来たせいで警戒心の上がっているグスタフは私を気遣い声を掛ける。


「昨日は顔も見たくないカミラが来た訳だが……その、大丈夫か?」


「うん、平気だよ。ここ2日ぐらいは初日に比べてよく眠れたから。長期戦になっても平気だよ……と言っても大変なのはグスタフたちだから偉そうなことは言えないけどね」


「長期戦……か」


「……? どうかしたのグスタフ?」


 私が問いかけるとグスタフは何故かエリクと目を合わせて小さく頷く。再び顔をこちらへ向けると深刻な表情で口を開く。


「スミレに聞いておきたいことがある。もし俺とエリクが本気でテオと……」



――――キノリス王国兵団だ! 大人しくしろ!



 グスタフの言葉を遮るように突然、1階から男性の大声が響き渡る。


 どういうことなの? 隣国のキノリス兵がどうしてクワトロ家に? 思考がまとまらないままエリクとグスタフの後ろをついていき2階からエントランスを見下ろすと、そこには10人を超える武装したキノリス兵、そしてテオとカミラが立っていた。


 キノリス兵は階段を上がって私に近づいてきている。訳が分からないまま剣を構えるエリクとグスタフ。そんな2人をテオは鼻で笑う。


「フッ、抵抗は止めておいた方がいい。罪人を庇えば庇った者も重罪になるのだからな」


 罪人? 私が? 意味が分からない。私がいつ悪いことをしたというの? 反論しようと私が前に出ようとすると誰かが私の肩を後ろから掴んで後ろへと下がらせる。現れたのはフィオルの父ホフマンさんだった。


 ホフマンさんはかつてないほどの怒号で尋ねる。


「ふざけるな! フィオルが何をしたと言うのだッ! 幼馴染とはいえ冗談では済まされないぞ、テオ!」


「ええ、そうですね、フィオルは何もしていませんよ、フィオルはね。ですが、そこに立っている女はフィオルではないのですよ。ミーミル領を含む周辺国では偽物が貴族のフリをして暮らせば貴位偽称罪きいぎしょうざいという罪名で明確に罰せられますからね。そこの女は罪人なのです」


「何を訳の分からない事を言っておるのだ。それに隣国の兵士を連れてくるなんて大掛かりなことまで。む、娘が偽物などと……納得できる説明をしてくれるのだろうな?」


「もちろんです。その為にはまずこちらの鏡を見ていただきたい」


 テオは兵士に命令すると少し煙の出ている箱を持ってこさせて蓋を開いた。その中には鏡のように美しい長方形の氷が入っている。もしかしてあれは……


「異鏡の泉の水を凍らせたの?」


「察しが早いな偽物。貴様の言う通りだ」


「ど、どうしてテオが異鏡の泉の性質について知っているの? あの場にいたのはカイロスさんを含めても6名だけ……それに泉の周りには盗み聞きできるポイントなんて無かったはず……」


「俺が蓄音機を持っていることを忘れたか? 元々、ルーナ様とモーズの会話を聞いていたんだ、異鏡の泉が遷移神との話し合いの場所になることぐらい分かっていた。つまり事前に仕掛けていたというわけだ」


 やられた……。最初から私を潰すつもりで準備を進めていたテオを止めることなんて出来なかったんだ。


 テオは凍らせた異鏡の泉の水が真実の姿を映し出すものであるとを説明すると階段を上がって私の前に立ち、鏡を構える。


「さあ! 見てください、こいつこそがフィオルの名を語る魔女スミレなのです!」


 フィオルの服を着た私……立花スミレが鏡に映し出されている……もうお終いなんだ。


 今ならカミラの言っていた『力だけじゃ守り切れない戦い』の意味が分かる。直接殺せないなら法の下に私を殺すという意味だったのだと。


 ホフマンさんは今の私と鏡に映る知らない女を交互に見つめて言葉を失っている。テオはホフマンさんの肩に手を置くと冷酷な笑みを浮かべて告げる。


「あの魔女が何者なのか、詳しく知りたければ俺についてきてください」


「うぅ……」


 頭を抱えてうずくまるホフマンさんを兵士たちが連れていった。残った兵士も汚物を見るような目で私を睨み、あっという間に拘束されてしまう。


 今、この場で何もできないエリクとグスタフは血が出そうなほどに拳を強く握りしめている。そんな2人を無表情で見つめたテオはトドメの言葉を口にする。


「後日、スミレのいる牢獄へ来るがいい。裁判が始まり、死罪が確定すれば、もう2度と話せなくなるのだからな」


「…………」


「…………」


 エリクとグスタフは何も言葉を発さない。私の足は1歩ずつ階段を降り、エントランスを抜けて移送用の馬車へと近づいていく。


 悲しいけど、ここまでみたい。最後に屋敷を見納めしておこう。私は足を止めて後ろを振り返る。すると、視線の先には驚くことにエリクが剣を構え、迸るほどの魔力を漲らせ……



「スミレを離せッッ!」



 敬語の抜けた怒声で兵士に向かって走り出す。しかし……


「させるか!」


 テオが横から氷弾を飛ばして進路を塞いでしまう。そこからテオはエリクに向かって走り出し、拳を放つ。咄嗟にガードしたエリクは衝撃によって大きく後ろへ飛ばされる。


 空中で体を捻ったエリクは何とか両足で着地し、顔を上げる。しかし、テオはさきほどまでの位置にはいなかった。離れた位置から見ている私ですら見逃してしまうほどの駿足でテオはグスタフに近づき、喉元に刃を突き立てていたのだ。


「今回は特別に私闘扱いとしてやろう。だから剣を降ろせ。これ以上暴れるならグスタフが大怪我を負うことになるぞ? グスタフは未だ全快には程遠い。力で劣る俺でも容易く倒せるのだからな」


「くっ……分かりました」


 下唇を噛みしめながらエリクは剣を離れた位置へと放り投げた。グスタフもまた苦虫を噛み潰したような顔で「俺が弱っているせいで……すまない」と謝っていた。


「エリク! グスタフ!」


 ただただ悲しくて私は2人の名前を叫んだ。しかし、無情にも兵士たちは私を無理やり馬車へ放り投げて彼らの顔が見えなくなってしまう。


 この先の未来を暗示するかのように馬車の中は暗い。そんなネガティブな思考を吹き飛ばすように外からエリクの張り上げた声が響く。


「絶対にテオを倒してみせる! 決闘だろうと裁判だろうとな!」


「半端者のエリクに何ができる? 昔からずっと3人の中で1番力が弱く、頭脳でも俺に敵いはしなかった貴様に」


「僕はスミレを守り、未来を共に歩むと宣言したんだ。絶対に負けない」


 エリクの力強い誓いが聞こえる。絶望的な状況だけど信じよう、彼の言葉を。


 私を乗せた馬車は牢獄に向かってゆっくりと進みだす。



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