第13話 出航
「ふあぁ~、よく寝た。うん、絶好の船旅日和だね」
蓄音機を見つけてから早110日――――ようやく港町シレーヌ行きの船に乗る日がやってきた。
危険な船旅になるから両親を説得するのは大変だったけど、エリクとグスタフがついてきてくれるとアピールしたことで何とか許可を得る事ができた。と言っても執事のドルフさんが同行することが条件になったのだけど。
私は荷物を纏めて両親に挨拶した後、ドルフさんと一緒に馬車へ乗り込み近くの港へ向かう。港には既にエリクとグスタフが待っていて4人で乗船した。
船が港から離れて10分ほど経ったところでドルフさんが旅の流れを説明する。
「それでは今後の予定について話しますね。まず今日から明日の夕方まで航海を続けてシレーヌに移動します。シレーヌでの滞在期間は到着日を含めて7日間、帰りは潮の流れが往路と違って楽なので1日かからずミーミル領へ帰ってこられます。海が荒れ始めたらフィオル様は他の客と一緒に船室に籠ってください。私とエリク様とグスタフ様は船員の手伝いますので」
「え? 私も手伝えることがあれば手伝うよ?」
「いいえ、じっとしていてください。万が一、甲板から放り出されたり、海の魔物の攻撃を喰らってしまう事態となれば私は屋敷をクビになるどころでは済みませんから」
「……はーい、分かったよ」
仕方がないことなのかもしれないけどちょっと寂しい。ゲーム内でのフィオルは水魔術だけじゃなくて氷魔術も使えて戦える人だったから私がもっと器用に魔術を扱えて氷魔術を使えていたら頼ってもらえていたのかも。
って、無い物ねだりをしていてもしょうがないよね? 今は穏やかな海域を楽しんで英気を養っておこう。私は船の前方に移動して手すりに手を掛ける。
「わあ~、綺麗な海。旅の許可を貰えて本当によかったよ」
私の眼下に広がっていたのはエメラルドグリーンの美しい海だった。サンゴに似た海棲生物をはじめとした景観は少し沖縄の海を彷彿とさせる……沖縄に行ったことなんてないけど。
はしゃいでいる私の横に立ったエリクは物珍しそうな視線をこちらに向ける。
「随分と楽しそうですね」
「へへ、海と旅の相乗効果かな。目的を忘れちゃいそうだよ」
「海洋学を好む僕からすれば海で喜んでもらえてとても嬉しいです。じゃあ、もっと喜んでもらう為に僕の釣りで美味しい海鮮料理をご馳走しましょうかね。よっと!」
エリクはナイフへ雑にロープを括りつけると風を纏わせて海面へと放り投げた。するとナイフが1発で魚に突き刺さり、手首を返すと宙を舞った魚が甲板に落下する。
釣りと言うより銛漁と呼ぶべきかな? 手際が良くて凄くカッコいい! その後もエリクが次々に海の幸を捕まえると腕まくりをしたドルフさんと船員さんが調理してくれる流れとなった。
1時間半後、昼飯時となった船内食堂の机にはシチュー、魚の盛り合わせ、パエリアなどなど沢山の料理が並べられていた。犬のように匂いを嗅ぎつけたグスタフも合流し、お楽しみの昼食タイムが始まる。
私は「どれから食べようかなぁ~」と迷っているとグスタフは何故か私の手前にある魚の乗った皿を別の皿へスッと入れ替えていた。乗っている魚の種類は一緒なのにどうして入れ替えたのかが分からない。私が理由を尋ねるとグスタフは両手の人差し指を立てて説明してくれた。
「サーレ・フィッシュはサイズが小さくなるほど塩っ辛くなるからな。大きい方をフィオルに渡したんだ。フィオルは塩っ辛いのが苦手だろ? サーレ・フィッシュの味の記憶を失ってたら知らずに口へ入れちまうと思ってな」
「優しいねグスタフ。グスタフと結婚できる人はきっと幸せだね、私が結婚したいぐらいだよ」
「そうか? はっはっは、ありがとな。褒めてもらったお礼にガツガツ食べていいぞ。俺が作ったわけじゃないが」
「じゃあ冒険という意味で、ちょっとだけグスタフの皿の魚を貰おうかな。そのぶん私の切り身を食べていいから。ってことで頂きます!」
私は塩辛い方の魚を口に入れる。確かにそこそこ辛いけど、はしゃいで汗を掻いた身にはとても沁みる塩味だ。凄く美味しい、この場に白米がないことが悔やまれる。
そんなやりとりをしているとエリクは何故か私のことをジッと見つめていた。いつもなら目が合ったらニッコリ微笑んでくれるけど、今は凄く真剣な目で見つめてくる。
もしかして、私がグスタフのことを凄く褒めたから嫉妬してくれていたり……そんな訳ないか。多分、食い意地が張っているところを見て驚かせてしまったのだと思う、控えないと。
楽しい昼食を終えてから更に時間が流れ、空が少しだけ赤くなってきた頃。船室で椅子に座ってウトウトしていた私の体が突如ぐらりと揺れる。
「な、なに!?」
怖くなった私は船室の窓から外を眺める。すると数分前まで快晴だった空は暗雲に包まれ、激しい風と雨に襲われていた。マストの上に立っていると思われる船員は客室にいる私がびっくりするぐらいの大声をあげる。
「魔の嵐だ! 取舵一杯! 早くしろ、間に合わなくなるぞ!」
間に合わなくなるってどういうことだろう? それにエリクたちは無事なのかな?
どうしても気になる私は船室を出てすぐに帆柱と自分にロープを巻き付けて放り出されないように準備を整えてから2人を探していた。
視界が悪くて分かり辛いけど前方にエリクたちはいない。ということは後方? 体を反転させて顔を上げると、そこにはエリク、グスタフ、ドルフさんの後ろ姿があった。
安心した私は嵐の中でも声が聞こえるよう大声を出すために腹へ力を入れる。しかし、私は声を出せなかった。何故ならエリクたちが斜め上を見上げて立ち尽くしていたからだ。
彼らにつられて私も視線を斜め上に向ける。そこには決して遭遇したくなかった存在がそびえ立っていた。私はアイツを図鑑で見たことがある……10年に1度程度しか現れないと言われている、あの化け物は……
「10本足の海の魔王……クラーケン」
見た目は大王イカに似ているけど横幅が広く、足も太い。縦の長さは50メートルを超えている本物の化け物だ。CG映画のクリーチャーがそのまま目の前に現れました、と言わんばかりの光景は私の両膝から力を奪う。
まさか、クラーケンが現れるなんて聞いてない。ゲームにも存在していない怪物を前にして私たちは生きて帰れるのかな?
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