第12話 ミト・ルスコール
テオのことを深く知る為の大事なアイテム? 気になる言葉を告げる霊体のフィオルに従って私は近くの掃除用具箱に歩み寄る。
木こり用の斧や箒などがあるだけの置き場と箱に見えるけど……ドキドキしながら底板の穴に指を突っ込んで外してみると中には縦横15センチほどの法螺貝に似た見た事のない金属と金属に付着する木箱がある。随分小さいけど、形状から察するにこれは……
「蓄音機……に似てるみたいだけど……」
「一目でよく分かったね。そう、それはミーミル領でも数少ない小型蓄音機だよ。そもそも蓄音機自体が周辺国でも数えるほどしか存在しないから知らない人の方が圧倒的に多いと思う。スミレのいた世界には既に蓄音機が普通にあるんだね」
蓄音機どころかスマホで録音できちゃう世界だけど……仮に1から説明してもピンとこないと思う。私のいた世界について話すのはもっと時間がある時にしよう。
「うん、まぁそんな感じかな。ところでこの蓄音機をどうすればいいのかな?」
「えっとね、横移動のレバーを左端に動かした後、丸いボタンを押してみて。そうすれば今、私たちのいる場所で話していたテオの会話が聞こえるはずだから」
こんなに小さい蓄音機で会話レベルの距離を録音できるなんて、異世界の物質だから集音性能が高いのかな? 私はフィオルの指示に従いボタンを押した。すると音質の悪い環境音と共にテオの声が聞こえてきた。
「つまり、ここに墓を作ればいいわけだな、ミトさん?」
墓を作る? ってことはフィオルの墓を作ったのはテオってこと? そもそもミトさんって誰? いきなり驚きの言葉を口にされて情報整理もできないまま、テオの話し相手の声が聞こえてくる。
「ええ、フィオルの魂が遠くに離れていかないようしなきゃいけないから。墓に刻む名前は見えないように内側へ掘るといいわ」
テオの話し相手は大人の女性っぽいけどゲーム内で1度も聞いたことがない声だ。少し低くて落ち着いた品のある声だ。
テオは大きく溜息を吐いた後、ミトさんに問いかける。
「墓なんて縁起の悪いものを建てたくないのだがな。まだフィオルが復活する可能性だってあるのだからな」
「そうね、私も復活して欲しいわ。でも、2年も眠っていては復活する可能性の方がずっと低いわ。だからこその保険なの。墓がないと魂が完全に体から離れた後、一カ所に留まることができないと言われているのだから」
「フン、どうだかな。そもそも現実と死後の世界を行き来した者などいないのだぞ。魂の定着だの、吸着力だの、どこまで信じられるものか。ほとんど宗教……いや、先人が残した願望みたいなものだと思うが」
「それでもやれることは全てやっておく方がいいんじゃないかしら? フィオルのことが大事なのでしょう?」
「…………」
ここで録音は止まっていた。このやりとりを聞く限りテオはちゃんとフィオルの復活を望んでいたみたい。
だけどテオは2年前ぐらい前からフィオルの見舞いには来なくなったとエリクから聞いている。もしかしたらミトさんから『次にフィオルが復活した時は別の魂が宿っている可能性がある』と聞かされていたのかも?
そう考えれば4年ぶりに会った中身が偽物と分かり、辛辣な物言いをしていた可能性も考えられる。いや、1人で考えていても埒が明かない。とりあえずフィオルとモーズさんに話を聞こう。
「フィオルさん、モーズさん、教えて。会話をしていた2人のことを。一体どこまで知っているの?」
私は縋るように問いかける。だけど帰ってきた言葉は……
「ごめんなさい。私はミトさんがどこの人なのかすら知らないし、蓄音機を置いていった人も理由も知らないの。私の魂が肉体から完全に離れたのは墓が完成する少し後だから2人のやりとりを直接見てはいないの」
「……我も同じようなものだ。フィオルの魂と出会ったのは墓が完成した後だからな」
収穫は0みたい。でも、逆に言えばミトさんは街の人が知らないような遠くの人物だと推測できる。テオと同等に会話ができていて話し方にどこか品を感じるから貴族である可能性は高いと思う。狙いを絞るという意味でもエリクやグスタフの人脈を辿った方が近道かも。
だけど、いきなり『ミトという女性を探しているのだけど』と尋ねたら怪しまれないかな? 正直不安だ。
次にどう動くべきか分からず硬直してしまう私。するとフィオルは……
「エリクとグスタフの力を借りてみるといいわ。転生のことだけは伏せたうえで、あとはありのままを話したとしても、きっと力になってくれるわ。スミレならね」
「フィオル……そうだね。今まで積み上げてきたフィオルの信頼があれば少しぐらい怪しい質問でも……」
「違うよ、フィオルじゃなくて“スミレが積み上げた信頼”だよ。まだ転生して100日も経っていないけど、貴女が彼らと積み上げてきた思い出は間違いなく本物なんだから。ちゃんとスミレとして築き上げた友情に自信を持って!」
スミレとして……フィオルはずっと私をスミレとして応援してくれている。私は自分に自信が無いタイプだけど、それでも大好きなフィオルが太鼓判を押してくれたのだから胸を張って進むことにしよう。
「分かった、ありがとうフィオル! じゃあ、明日早速2人に聞いてみるよ。またね、フィオル」
「うんうん、良い顔になったね。またね、スミレ!」
名残惜しい気持ちを抱きつつフィオルに別れを告げた私は蓄音機を抱え、再びモーズさんの力を借りて帰宅する。
※
フィオルの魂と会話を交わした翌日――――ミーミル学房で昼食の時間を迎えた私はエリクとグスタフを食堂の隅に呼び出して蓄音機の音声を聞かせた。
「…………という訳で、これが私が偶然見つけたテオとミトさんって人の会話なの」
たまたま蓄音機と墓を見つけたって強調することで転生者だと思われないようにしたつもりけど大丈夫かな? 背中に汗が流れるのを感じているとグスタフは大きく溜息を漏らす。
「テオの奴、1人で墓なんか作ってやがったのか。万が一に備えて動くのはテオらしいが、俺たちにも一言ぐらい掛けて欲しいもんだぜ。そうすれば手伝ったのに……お前もそう思うだろ、エリク?」
「グスタフの気持ちは分かりますが、テオの気持ちも分かりますよ。きっとテオは僕たちにフィオルの死を連想させないよう気を遣ってくれたのではないでしょうか? 2年前あたりからテオは僕たちとの接触を極端に減らしていますし」
「まぁ、テオならそう考えるかもな。だが、それならフィオルが復活した今、俺たちと仲良くしてもいいんじゃないか? アイツは今も俺たち3人全員と接触を避けているんだぞ?」
耳が痛いけどグスタフの言う通りだ。私に至ってはテオから『ずっと眠っていてくれても良かったのだがな』と辛辣な言葉までかけられた始末だ、相当嫌われているのは間違いない。
テオは恐らく何らかの方法で私が転生者だということを知ったのだろう。そう考えないと辻褄が合わないから。
そもそもテオが私の正体に気付いていても気付いていなくても次にとる行動は変わらない。私はミトさんに会って話を聞かなきゃいけないのだから。2人にミトさんのことを知っているか尋ねよう。
「ねぇ、2人はミトさんを知ってる? 私、ミトさんに直接会って墓作りを手伝った理由を聞きたいの」
私が尋ねるとエリクが頷きを返す。
「ええ、知っていますよ。彼女のフルネームはミト・ルスコール。海を越えた先にある南方の港町シレーヌの貴族です。僕が海洋学を学んでいる時に数回だけ屋敷にお邪魔したことがあります」
「ホント!? じゃあどこかの連休で行ってくるよ。詳しい場所を地図で教えてくれる?」
「ちょっと待ってください。シレーヌ行きの船は滅多に出航しません。帰りはともかく行きの航路がかなり荒れていますからね。ここ数年は50日に1回ぐらいしか出航していないのです」
「ご、50日! そ、それでも私は行くよ!」
「海が荒れていると言ったでしょう? 船に乗り込むのも荒海に慣れた屈強な男たちばかりなんです、フィオルは止めておいた方がいいでしょう。どうしてもミトさんから話を聞きたいなら僕が行ってきますよ」
エリクの気持ちは有り難いけど、転生者である私でしか聞き出せない情報があるかもしれない以上、彼だけに任せる訳にはいかない。でも、彼は私を大事に想ってくれているからこそ絶対に行かせてくれないと思う……どうすれば。
「行かせてやればいいじゃないか、エリク」
困った私が指先を弄っていると意外にもグスタフが賛成の意思を示してくれた。彼はエリクの肩に手を置いてから爽やかな表情で提案する。
「危ないなら俺たち2人が死ぬ気で守ってあげればいいんだよ。船が大揺れしようが、海の怪物が現れようが安全安心な旅にしてやるさ」
グスタフぅぅ~~! と抱き着きたくなる気持ちを必死に抑えて私は彼に礼を伝えた。エリクも最初のうちは反対していたけど数的不利に押されたのか、それとも船旅がしたくなったのか「しょうがないですね、フィオルの両親が反対しなければ構いませんよ」と許してくれた。
「やったー! ありがとう、2人とも!」
私は改めて2人に礼を告げて昼食を済ませてから午後の授業を終えた。
後は両親を説得するだけだ。シレーヌに着くのが何十日先か、何百日先になるかは分からない。それでもテオの異変の理由を知れる可能性があるか大事なチャンスだ、今から出航の日が楽しみ!
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