第五十六話 それはまだ道の半ば

 何故ハヤトがあのような化け物に変わってしまったのか。それはわからない。しかし、ハヤトの意思とは関係なく発生したように見えたあの黒い閃光は。魔族が使う闇の魔力に似たものを感じて。


 かと言って、魔王討伐を目的としていたハヤトが、魔族と通じていたというのは考えづらく。結局、あの黒い閃光の正体が何だったのかと、頭を抱える他なかった。


 それはそれとして、戦闘のどさくさに紛れて、俺はウィルテイシアへの想いを口にしてしまったのだから。今はそれについて、彼女と話をせねばなるまい。


 ふと見下ろせば、彼女もこちらを見上げたところで。ばっちりと視線が絡み合う。


 お互いに目に映る自分の顔は、きっとどちらも似たようなもので。並んで立っていた姿勢から、正面から向き合う形になるのにそう時間はかからず。どちらからともなく、顔を寄せ合って。


 唇と唇を、そっと触れ合わせた。


 先ほどの戦闘中には得られなかった、充足感と多幸感。こんな時に元カノとのキスを思い出すなんて無粋にもほどがあるだろうけど。フィオナとしていた時の比ではない、明らかな胸の高鳴りを感じたのである。


「ウィルテイシア……」

「……ライオット」


 溢れる想いは、一度だけでは収まらず。お互いに名を呼び合ってから、もう一をキスを交わし。その触れ合ってる時間と、触れ合う深さは、回数を重ねるごとに、徐々に増していった。


 そして五回目のキス。俺たちはお互いを強く想い合い、より深く繋がることを求めて。お互いを抱きしめ、頬に触れ合い、貪るようにして、深く、激しく愛を交わした。


 このキスでいったん満足できたのか。お互いに唇を離すと、ツゥーっと唾液のかけ橋がかかる。


 それが切れてしまうのが惜しくて、切なくて、苦しくて。


 でもここで致してしまう訳にも行かず。


 二人で残念そうに苦笑いを浮かべながら。今後の方針について話し合うことにした。


「……ライオット、これからどうする?」

「う~ん。とりあえず俺が重症のフィオナに治癒魔法をかけつつ、ウィルテイシアにはそこら辺に転がってるアレクとティオを回収してもらって。一度、前の町まで戻ろう。たぶんあの黒い光の柱とか、俺たちが放ったあの極彩光ごくさいこうの光も見えてただろうから。それについては触れずに、知らぬ存ぜぬの方針で」

「まぁ、あの場を直接目撃しない限り、話を聞いただけでは理解できないだろうからな。そういうことなら了承した。アレクとティオとやらを回収しに行ってくるから、貴方あなたは彼女の治療を」


 駆け出そうとしたしたウィルテイシアがすぐに止まったので、何かあったのかと視線をやったら。


「治癒魔法をかけるだけだぞ? それ以外に何かをしたら、浮気と見なすからな!」


 そんな風に俺に釘を刺して。耳の先まで真っ赤にしながら、いそいそと二人の回収に向かったウィルテイシア。


 それがあまりに可愛かったので、俺は――。


「普段凛々しいくせに俺の前では美し可愛い英雄エルフが嫁でいいんですか!?」


 そんな風に、声を大にして言わずにはいられなかった。




 しばらくして、ウィルテイシアが戻って来た頃には、フィオナの治療はだいたい終わっていて。たぶんこれも星婚ステラリガーレを結んだことによる能力の向上の結果なのだろうと。そんな風に思いながら。


「おかえり、ウィルテイシア。二人はどうだった?」


 左右の手で襟首を掴まれて、乱雑に引きずられて来た二人の格好が。何だか少しおかしくて。俺は笑いをこらえながら、ウィルテイシアに尋ねてみる。


「貴方が相手にしたのだから、そちらの方が状態はよく知っているんじゃないか? どちらも命に別状はない。この様子だと数日は気絶したままだろうが……。まぁ、命があっただけでも儲けものだろう」


 そう言ったウィルテイシアの顔は冷ややかで、二人への嫌悪感は抜けていないことがうかがえる。


 それでもこうして連れて来てくれるのだから。やはり彼女は、優しくて、生真面目な性格なのだと。改めて認識させられた。


「そちらはどうだ?」


 フィオナの様子も気にはかかっているらしい。そういう慈悲深いところも素敵で、俺はますます彼女のことが好きになる。


「こっちも問題ないよ。傷は完璧に塞いだし、これ以上状態が悪くないことはないだろう。まぁ、出血がひどかったから、こっちもしばらくは動けないだろうけど……」


 とりあえず、生き残った彼らを安静にできる環境に置くため。俺は「それじゃあ、戻ろうか」と、ウィルテイシアに声をかけた。


「俺はアレクとティオを担ぐから、ウィルテイシアはフィオナをお願いしていいか?」


 俺がフィオナを担当するのは、ウィルテイシアが嫌がるだろうと思い。そう提案する。


 すると彼女は、「流石、わかっているな」とでも言いたげな様子で、ふんすと鼻を鳴らしながら、目を見開き、耳をピコピコと動かした。


(たぶんこれ、本人は耳が動いてることを知らないんだろうな~)


 それを伝えてしまったら、もう見れなくなってしまかもしれないと思い。俺は静かに最愛の彼女を見つめながら、頬をほころばせる。


「何をニヤついているんだ、ライオット! いくら愛しい貴方あなたでも、その顔はちょっといただけない!」

「え、そうか? 俺はウィルテイシアのふくれっ面も大好きだけど?」

「――――――っ!? そういうところだぞ! 旦那様!」


 顔を沸騰させて恥ずかしがる彼女が、これまた大層可愛いので。俺はたぶん、この先もこういうやり取りをすることをやめられないだろう。たぶん俺とウィルテイシアは、こういう関係でいるのが、一番しっくり来るのだ。


 そんな風に、少しだけじゃれ合って。たぶん三人に意識があったらドン引きされていただろうけど。


 ポコポコと殴って来るウィルテイシアの手を、俺は左腕で受け止めて。


 ふと太陽光を反射した指輪に視線を送る。


(この指輪。あのタイミングで買っておいてよかったな……)


 俺にとって、この指輪の意味は一つじゃない。


 ここにいる彼女と。星の胎内に残ったままの彼女。その両方を俺と繋いでくれている、かけがいのない。この世界で唯一無二の、二重の愛の証。俺にとっては、もう外すことのないであろう、俺の愛の形そのものなのだから。


(待っていてくれ、ウィルテイシア。も絶対に幸せにするけど。も。いつか、絶対に。幸せにすると誓うから!)


 空に向かって掲げた左手に輝くのは、薬指に光る指輪と、手の甲に浮かんだ人間とエルフ、二つの種族の婚姻を示した星痕ステラインデクス。これは俺の愛の証明であり、二人の彼女ウィルテイシアを幸せにするという、誓いそのもの。


 これがある限り、俺の愛は変わらず。


 俺につられて空を見上げた彼女に左手の薬指にも、また同様の輝きがあって。


 つか、想う。あの白い世界を。そして、あの場に残ることを選び、今頃はきっと泣いているであろう彼女を。


 今はまだ手が届かなくても、いつか必ずこの手で取り戻すのだと。あの真っ白な世界に残ることを決めた、美しく、健気で、そして強い愛する女性ウィルテイシアを……。


 いつかこの胸に再び抱くために。きっと。


 俺は大きな誓いを胸に、隣にいるウィルテイシアの手を取った。


一旦いったん町には戻るけど、そのあとはすぐに出発しよう、ウィルテイシア! 魔王を討伐して、魔族を亡ぼして。平和な未来を切り開いて、その先で俺たちも、俺たちの周りにいる人たちも。みんなが笑っていられる世界を作るための、そんな、希望に満ちた旅路を!」

「……ああ。ともに行こう! ライオット! 私たちの愛の果てにこそ、星の導きが……。星婚ステラリガーレの輝きがあるのだから!」




 これは、俺が彼女とともに歩み、彼女とともに記す。


 人生の全てをかけて愛そうと誓った相手を。守り、救い。そして愛し合い。その先の未来をともに歩んで行くための。長く果てない、旅路の記録。


 やがては星婚ステラリガーレの真実へと至る。異種族同士の愛の、その先の未来を紡ぐまでの。俺と彼女と、彼女の――。


 運命の愛の物語ステラリガーレ



                            第一部・完



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 最後まで読んでくださった皆さま。どうもありがとうございます。


 本作はいかがでしたでしょうか?


 面白いと思っていただけたなら、応援、コメント、星評価、レビューなど頂けたら幸いです。


 本作は『第一部』と銘打っておりますが、これはコンテスト用の書下ろしであり、連載を続ける予定はございません。


 もしこの作品が受賞するようなことがあれば、その時は書籍という形で、この物語の続きをご提供できる機会もあるかも知れませんので。とりあえず読者選考へのご協力をたまりたく思います。


 何卒なにとぞ、本作への応援のほど、よろしくお願いします!

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最強魔導士の星婚《ステラリガーレ》~異世界から召喚された勇者に恋人を奪われた上にパーティーを追放されたけど、英雄エルフを嫁にしたら最強超えて究極になった~ 源朝浪(みなもとのともなみ) @C-take

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