第15話
ルイスが言う南の国と言うのは、ある一国を示している。
その名は『キュラサ皇国』
南地方にある国で最も大きく、最も権力を持ち、最も質の悪い連中が揃う国。どの国も関わりたくないと口を揃えて言うほど、頭のおかしい奴らが国を治めている。
そして、目の前で眠っている女性も皇国に関りがある人物。マントの留め具として使用されていたブローチが皇国の紋様が入っていた。それを目敏くルイスが見つけたのだ。
普段なら人助けで文句など言わないルイスだが、今回ばかりは相手が悪いと思ったのだろう。それはシャルルだって分かっている。だが、助けられる命を無駄には出来なかった。
(知られたら煩いだろうから黙っていましたのに……)
恨めしそうにルイスを睨みつけるが、睨み返されて小さくなる。
「今、あちらの国は干ばつで水不足が深刻な状態。そんな時期にこの国に足を踏み入れるなんて碌な事を考えていない証拠」
「そうは言っても、生きている者を見逃すことは出来ません」
「その考えは素晴らしいですが、時と相手と場所を考えてください」
シャルルとルイスの攻防は一方通行で中々決着がつかない。そんな中、ケレンが恐る恐る手を挙げた。
「あのぉ、ちょっといいですか?この人、もしかするとキュラサの皇女様では?」
「「は?」」
思わず声が被った。
「ほら、頭覚えてないか?何年か前に身分を偽って行商に紛れた事があったろ。そん時、皇女様の列に出くわして一瞬だけ顔が見えたじゃないか」
ケレンがダグに覚えているだろと訊ねると、しばらく呆けていたダグが「あぁ!」と声をあげた。
「そう言われればこんな綺麗な顔してたな……」
ダグが女性をまじまじ見つめながら呟いた。
キュラサの皇女と言えば、気性が荒く傲慢。気に入らない事があればすぐに癇癪を起し、罪のない者まで裁くという噂。
もし、この女性が件の皇女様となれば……言わなくてもその場にいる全員が分かっている。
──これはマズイ状況なのでは?……と。
(王族に関係ある者とは思ってましたけど……)
親切心で助けたはいいものの、この事態は想定外。
さて、どうしたものかと頭を悩ましていると、女性の瞼がゆっくりと開いた。
「……ここは……」
「ここは、私の隠宅です」
誰もが彼女に怯えて声をかけられない中、シャルルが優しく声をかけた。
「貴女は?」
「私はシャルル・デュラック。この国の聖女ですわ」
極めて冷静に、敵意はないと分かってもらわなければならない。背後ではダグがすぐに剣を抜けるように手を後ろに回している。
彼女はジッとシャルルの目を見ていたが、ゆっくり体を起こし頭を下げた。
「助けて頂いて感謝します。……紋章を見てお気付きかと思いますが、私はキュラサの皇女。名をリンファと申します」
丁寧で落ち着いた口調。噂で聞いていた人物と似ても似つかない様子に、誰もが驚き言葉を失ってしまった。
「あ、いえ、お礼など結構です。当然のことをしたまでですわ」
ハッとしたシャルルが慌てて言葉を返した。
シャルルの背後ではひそひそと「おい、本当に同一人物か?」「いや、まだ起きたばかりで混乱しているから」なんて話し声が聞こえる。
まあ、そう思うのも無理がない。私だって本人なのか疑っている。
肌の色からしてキュラサというのは間違いない。影武者という線も捨てきれないが、彼女が纏っている気品と雰囲気は簡単に演じれるものではない。
考えれば考えるほど沼にはまっていくように答えが浮かんでこない。
「私は自分の子を迎えに来たんです」
「子、供?」
キュラサの皇女が子を産んでいたなんて話は聞いたことない。チラッとケレンに視線を向けるが、首が取れそうなほど横に振っている。それはルイスも同様。
「ご存じないのも仕方ありません。
目を伏せて憂い気に話す姿は、子を心配する親そのもの……とても作り話には聞こえない。
それに、この人には何故か妙な親近感がある。
「ねぇ……あの人、誰かに似てるっスよね」
「あ、俺も思った」
そんな会話が耳に入る。
整った顔立ちに、宝石のような綺麗な翡翠色の瞳……どことなく感じる親近感。
(………)
多分、この場にいる全員が察している。空気が信じられないほど重い。
「あの、貴方の子供のお名前は?」
聞きたくない。けど、確かめなければならない。
「リオネルです」
目の前が真っ暗に染まった。
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