第16話

 聞かなきゃよかった……


 そんな空気が部屋に充満している。この場を上手く収めたいところだが、肝心のシャルルは再起不能の傷を心に負っていて使い物にならない。


 ルイスですら、この結末は想定外。まあ、皇女と聞いた時点で面倒事だと、ある程度の覚悟は出来ていた。それにしたって、この事実は……


(参りましたね)


 母親だと言う証拠はないが、見た目と瞳の色からしてほぼ確定だと言ってもいい。リオネルだって、死んだと思われていた母親が現れたら嬉しいに違いない。


(問題は)


 チラッとシャルルに目をやると、死んだ目をしながら床を見つめている。その周りを心配したユキが走り回っている。


 シャルルにもリオネルには母親と同じだけの愛情がある。だが、それ以上にレオナードの事を想っている。母親に会わせてやりたいと言う気持ちと父親であるレオナードが手の届かない存在になってしまったことに頭が追い付いていないのだろう。


 いつもなら明るく笑い話にするダグらも、かける言葉見つからないようで目を泳がせている。


(まったく……世話の焼ける)


 ルイスは「はぁ~」と小さく息を吐くと、一度すべてを飲み込んでリンファを教会の方へ連れて行くことにした。




 ***




 教会へ連れてきたはいいが、皇女であるリンファの事は公には出来ない。秘密裏に国王への連絡と当事者であろうレオナードの連絡、そしてリオネルへの連絡を済ませた。


 返事はすぐに来たが、レオナードはすぐにはこちらには来れないらしく、先にリオネルを向かわせると連絡があった。


 日が暮れる前にはリオネルが教会へやって来た。


「リオネル……大きくなりましたね」

「ほ、本当に母様?」

「ええ。そうですよ」


 リンファは目に涙を溜めながらリオネルを抱きしめた。当のリオネルはまだ実感が持てず、どうして接していいのか分からない様子だった。当然と言えば当然だろう。今まで父と二人で生きて来たのに、急に母だという女性が現れたら大の大人でも戸惑う。


 感動の再会。見ているこちらも目頭が熱くなるが……約一名だけを除いて。


「聖女様、これは喜ばしいことなんですよ」

「分かってますわよ」


(分かってないでしょ……)


 目を逸らし、二人の姿が視界に入らなようにしているシャルルを見て、ルイスは困ったように眉を下げた。


 シャルルは教会に着くと私室に籠り出てこなかったが、その眼で見て自分の気持ちに決着をつけなさいとルイスに引きずり出されて今この場にいるのだが、未だ気持ちに整理がついていない様子。


「しっかりなさい。貴女がそんなではリオネル様の新たな門出が暗いものになってしまいますよ」

「……」


 ルイスが軽く叱責するが、唇を噛みしめたまま黙っている。


(これは、重症ですね)


 こんなシャルルは今まで見たことがなく、流石のルイスもどうしていいのか分からない。


 正直、レオナードの事は単なる憧れだと思っていた。外見はいいが内面に癖のある子連れの騎士なんて不良物件のなにもでもないのだが、シャルル彼女はそうは思っていなかったという事になる。


(見る目があるのかないのか……)


「遅くなってすまない」


 ──と、ルイスがお手上げ状態の中、職務を終えたレオナードがようやく姿を現した。


「……久しぶりだな」

「ええ、貴方も変わりなく安心しました」


 レオナードとリンファは再会するなり、距離を縮め見つめ合った。それだけで、この二人の間には我々が知らない絆がある事が分かる。


 誰も敢えて口にはしなかったが、リオネルの母という事はレオナードの妻という事。その現実を目の当たりにしたシャルルは堪らずその場から逃げるように姿を消した。

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