第14話
最近、聖女様の様子がおかしい。何が?と問われると答えるのは難しいのだが、あの感じは何かを隠している。直感がそう言っている。
先日の魔獣の一件で、レオナード様とリオネル様との距離が縮まったと喜んでいたのですけどね。
「姉御の様子がおかしい?それはいつもの事だろ?」
「むしろおかしくない時の方が心配になるっスよ」
剣の稽古をしているダグらに何か心当たりはないか訊ねてみたが、ド正論で返されてしまった。
普段の彼女を知っている者からすれば当然の反応。だが、知っているからこそ小さな変化に気付くことだってある。
「あ、そうだ。ケレンに聞けば何か分かるかも」
「あぁ、ケレンがいましたね」
ケレンとは、ダグの仲間の一人。シャルルに吹き飛ばされて気を失っていたのがこのケレン。彼はシャルルの護衛ではなく、料理長の元で料理人を目指している。
気難しい料理長を説得し、隣に立つことを許された唯一の人材とも言える。
(聖女様は調理場に入る事すら許されませんでしたからね)
料理長曰く「ここは自分の領域だから汚す者は入れたくない」らしい。まあ、その時の聖女様の怒り具合は凄まじかったが、美味い食事をチラつかせたら大人しくなったのだから案外チョロい。
「ケレン。少しよろしいでしょうか」
「ああ、ルイス様か。ちょっと待っててください」
調理場に顔を覗かせると、ケレンは真剣な表情で鍋に向かっていた。その隣では、料理長が鋭い眼光を向けている。
実はこのケレン、洞察力と観察力がずば抜けていい。運動神経もそこそこよく、加えて手先も器用だときた。そんな彼だから、シャルルに初見でコテンパンにやられたのは相当に悔しかったらしく、暫くは落ち込んでいた。
ルイス的には料理人ではなく、諜報員として育てていきたかったのが本音。だが、そこは本人の意思を尊重しろとシャルルに咎められてしまった。
「お待たせしました。何かご用で?」
「ええ、邪魔してすみません。実は……」
ルイスはケレンにもシャルルの事を訊ねてみた。
「それは通常運転では?」
予想はしていたが、ダグらと同じ答えが返ってきた。これで完全に行き詰った事になり、ルイスは溜息を吐きながら礼を言って立ち去ろうと踵を返した。
「あ、ちょっと待って。有力な情報とまでは言えないと思いますけど」
「構いません。教えてください」
──ケレンの情報によるとここ数日、夕暮れ時になると決まって教会の裏にある森へユキを一緒に連れ立っているらしい。
「散歩。……に見せかけてますね」
「あ、やっぱりそう思います?一度後をつけようと思ったんですけど、ボスに呼ばれてしまって」
ケレンの言う『ボス』は料理長のこと。
「……料理長には私から頼んでおきますので、少しお手伝いお願い出来ますか?」
「いいですよ。このままでは俺も気になって料理に身がはいりませんし」
***
その日の夕暮れ、ルイスとケレン、それにダグとそのお供二名を引き連れシャルルの後を追う事となった。
「なんで頭達まで……」
「んだよ。こんな面白そうな事独り占めする気か?」
不満そうに眉を顰めながらケレンが物申すが、ダグらはニヤニヤとなんとも楽しそう。
「しっ!気付かれますよ」
ルイスの一言で口を詰むんだ四人は黙ってシャルルの後ろ姿を追った。
暫くすると、広く開けた場所に出た。そこには、小屋のような小さな家がポツンと建っている。そこへ、シャルルが辺りを警戒しながら入って行くのが見えた。
「あの人は
狂気じみた笑みを浮かべながら呟くルイスに、流石のダグ達も掛ける言葉が見つからない。
ルイスはスっと立ち上がると、ダグ達の声も聞かず真っ直ぐ扉に向かって行った。
「現行犯です!大人しくお縄に付きなさい!」
バンッ!と勢いよく扉を開けると、高々に言い放った。
「ん?」
すぐに目に入った光景に、ルイスとダグらは驚きを通り越して狼狽えた。
そこには、急に飛び込んできた者らに驚くシャルルとベッドに横たわる一人の女性の姿。
「貴女!事もあろうに人攫いにまで手を染めたんですか!?」
ルイスは顔面蒼白になりながら問い詰める。
「ちょ、誤解ですわ!この方は森の中で倒れている所をユキが見つけたんです!」
「そんな事は分かってますよ!何故、教会へ連れこなかったのかと聞いているんです!」
褐色の肌に整った顔立ち。パッと見ただけで家柄の良さが伺える装いの女性。厄介事の匂いがプンプンする。
そんな女性をこんな場所に囲っていれば要らぬ誤解を生むのは分かりきっている。教会ならば『保護』と言う名目が立つが……
「明らかにこの方は南の国の者!あちらの情勢を知らないとは言わせませんよ!?」
ルイスが何故、こんなにもこの女性に拒絶反応を示してるのには理由がある……
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