第13話
コツコツとシャルルは城を闊歩し、医務室の前へとやって来た。軽くノックをし、ドアを開けるとそこにはレオナードが上半身裸の状態で椅子に座っていた。
「眼福……」
脳への攻撃と目への刺激が強すぎる。が、この機会を逃すまいと目と脳に焼き付ける。レオナードの冷たい視線が突き刺さるが、いつもの事なので気にしない。隣では綺麗な顔に相応しくない、大きめのガーゼを付けたラリウスが笑っている。
あの後、レオナードの剣は見事
レオナード自身も限界だったが、何とか持ちこたえたと安堵の表情を浮かべていた。ラリウスは数か所骨が折れていたが、なんとか無事だった。
そして、魔獣の方は……
「一体どうしてこんなことに…」
「コイツは、力が強すぎて暴走してしまったのだろう。こればかりは仕方ない事だ」
沈痛な面持ちで瀕死の魔獣に触れていると、レオナードがその答えを教えてくれた。
頭に語り掛けてきた声は幼い子供の声だった。体は大きいが、この子はまだ幼い子供のはず。そう思うと余計に心が痛む。
「聖女と呼ばれていても、こういう時役立たずでは意味がありませんわ」
「貴女は充分役目を果たした。貴女がいたから、この場を収めることが出来たんだ」
「……」
今はレオナードに褒められてもちっとも嬉しくない。
その顔から笑みが消え、悲しみに暮れているシャルルを見たレオナードは「はぁ」と小さく息を吐いた。ポンとシャルルの頭に手を置くと改めて伝えた。
「シャルル、君はよくやった。もう充分だろ?安らかに逝かせてやろう」
レオナードの優しい声がシャルルの心に響き、涙が込み上げてくる。レオナードは黙って、シャルルを抱きしめると宥めるように頭を撫でてくれた。
ほんの少しの間、レオナードの胸を借りて自分の気持ちを落ち着かせた。シャルルはゆっくりと魔獣の元へ行くと、寄り添うように真黒な毛に顔を埋めた。
「お、おい」
「ん?」
レオナードの狼狽える声が耳に聞こえ、顔を上げると魔獣の体が光っていた。
「な、なに!?」
慌ててその体から離れると閃光が走った。あまりの眩さにその場にいた全員が目を覆った。
「え?」
目を開けて驚いた。
魔獣がいた場所には仔犬ほどの大きさの狼が横たわっていた。しかも、その毛並みは黒ではなく雪のように真っ白なものに変わっている。
小さな体を抱きかかえてみれば、鼓動の動きと体温の温もりが感じられた。そして、持っている魔力も先ほどまでの魔獣と同じもの……あの子だ。そう実感するまでに時間は要らなかった。
「一体どうして……」
戸惑いながら仔狼の胸元をみた。その胸元には剣の傷跡がしっかり残っている。通常、核を奪われた魔獣は生きていることが出来ない。消滅か死ぬかの二つしかない。
では何故助かったのか?そんな難しい事は分からない。けど、腕の中にいる小さな命は確かに存在している。
「良かった……」
理由や原因なんて解らなくていい。
シャルルは愛おしそうに抱きしめ、そのまま連れ帰ることにした。
まあ、魔獣を連れ帰る聖女なんて前代未聞。ちょっとしたお小言は覚悟の上だったが、レオナードが口添えしてくれたおかげで口煩い上官らを黙らせることが出来た。
「本当にレオナード様には感謝ですわ」
「私も驚きましたよ。まさか魔獣を飼うのを了承するとは思いませんでした」
シャルルの言葉に同調するようにラリウスが口を挟んでくる。レオナードは横目でチラッと見ると、面倒臭そうに口を開いた。
「今回の件は貴女のおかげだと言っただろう。借りは作りたくないんでな。それだけだ」
相変わらず冷たい言葉をぶつけてくるが、お互いに助かったのは本当の事なのでこれはこれでいいと思う。
「それで?そのチビ狼は何処に?」
「ああ、今はリオネル様と中庭で遊んでます」
シャルルは仔狼に『ユキ』と名付けたのだが、この名前を決める時にも一悶着あった。
「姉御って、ネーミングセンス皆無だな」
「雪みたいだからユキって」
「ダサいっス」
「お前、可哀想だな」
ダグらに散々罵られ
「この人は黒い犬なら『クロ』と名付ける人ですよ?頭の中が幼児なんですから仕方ないでしょう」
ルイスには馬鹿にされる始末。
流石に頭に来たが、それ以上の名前が浮かばず「私が決めたんだからいいでしょ!」と突っぱねてやった。
「ユキ、ですか……く、くくく」
「なんです?」
「いえ、すみません。そのままだなと思いまして」
まさかラリウスにまで笑われるとは思わず、ムッと顔を顰めた。
「俺はいい名だと思うぞ」
「え?」
「分かり易くていい」
そう言うレオナードの表情は少し柔らかく見えた。
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