第12話
魔獣を前にして、まずその大きさ圧倒した。
「何を食べたらこんなに大きくなるんでしょうね」
呟かずにはいられなかった。
「この状況でその言葉が出てくるのは貴女ぐらいですよ」
「好奇心旺盛だと言って下さい」
「はははっ……」
すぐ隣で聞いていたラリウスは、もう突っ込む体力が残っていないのか、その時間すら惜しいと思っているのか反応は薄かった。
まあ、それはシャルルも同じこと。レオナードを治療するのに大分力を消費してしまった。ここは短期戦で片づけたい。
「さて、調教のお時間です」
シャルルはパンッと手を叩くと、鋭い眼光で睨みつけた。
「躾の基本は、自分より力が強いと思わせて主従関係をはっきりさせる事」
そう前置きし、唸り声をあげる魔獣に手を翳した。
「伏せ!」
その言葉を口にした瞬間、ドンッ!と大きな音を立てて魔獣が地面に食い込むように突っ伏した。これにはその場にいた全員が自分の目を疑っているように大きく見開いた。
当の魔獣も見えない力に戸惑っているようだったが、それもほんの一瞬。すぐに力を弾いて立ち上がり、天に向かって咆哮をあげるとお返しとばかりに爪を立ててくる。
「あらら、やはり駄目でしたか」
「あれでいけると思ってしまった私も私なんで何も言えません…」
ラリウスは素早くシャルルを抱え、鋭い爪を躱していく。
「ふむ。こうなれば物理攻撃しかありませんね」
「……嫌な予感しかしませんが?」
「ラリウス様、私をあの子の背中に乗せてくれませんか?」
「はぁぁぁぁ~~……」
力が抜けたような長い溜息が聞こえた。
「正気の沙汰ではありませんよ?」
「元より正気でいられる状況ではありませんので」
「貴女という方はまったく……」
呆れるように呟く声が聞こえたが、次に聞こえたのは「分かりました」と渋々だったが、はっきり聞こえた。
「ただし、チャンスは一度きり。二度目はありませんよ」
「勿論、そのつもりです」
シャルルはラリウスの腕に抱かれ、壁のように立ちはだかる魔獣を睨みつけた。
「……因みになんですが、勝算は?」
「そんなもの、生き残った方が勝ちです」
「は、間違いない。……行きますよ」
ラリウスは地面を思い切り蹴り、猛スピードで魔獣の背後に回り込み、素早くシャルルをその大きくな背中に乗せた。と同時に、ラリウスは大きな尻尾に弾かれ吹き飛んだ。
「ラリウス様!!」
安否を確認したいところだが、土埃が舞っていてその姿は見えない。
だが、他人を心配している場合でもない。
背中にしがみついたシャルルを振り落とそうと、必死に体を揺らしてくる。こうなると、攻撃所ではなくなる。なんとかしがみついているのがやっと。
(これでは……)
眉間に皺を寄せて、考えを巡らせていると
『熱い…苦しい…助けて……!』
頭に直接語りかけるように声が聴こえた。
「これって……」
こちらまで感情に呑まれそうになるほどの悲痛な叫び。間違いない。これは
「レオナード様!この子には自我があります!」
「自我、だと?」
「この子は苦しんでる!原因を突き止めれば、きっと大人しくなるはずですわ!」
口早に説明するが、その原因を突き止めるまでの時間がない。このままでは、この子は苦しいままに死んでいく。そんなのは悲しすぎる!
「きっと何か手がかりが!」
助かる命があるのなら助ける。こんなの、聖女じゃなくとも誰でもその考えに行き着く当然のこと。
「ッ!見つけた」
意識を魔獣の体内に集中させてみた。すると、一箇所だけモヤがかかっている場所があった。
そこは……
「心臓」
それに気付いた瞬間、もう無理なんだと希望が絶望に変わる。
他の方法を探せばいいのかもしれない。だけど、その探している時間が無い。探している間も、この子は苦しみ堪え忍んでいる。それなら、一秒でも早く苦しみのない世界へ誘ってあげた方がいいのかもしれない。
生かしたい……けど、それが叶わない。心の中が葛藤で苦しくなる。
「──ッレオナード様、私が一時動きを止めます。そこを剣で突いて下さい!」
意を決して叫ぶと、レオナードは黙って剣を握った。
「助けてあげれず、ごめんなさい……」
大きな背に額をつけながら一言伝えると、暴れる魔獣の体に光の鎖を巻き付けた。魔獣は引きちぎろうと必死にもがくが、動くことで腹の部分が丸見えになる。
「今です!!」
レオナードは躊躇なく魔獣の胸目掛けて全力で剣を射なった。
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