甘口

ノエルアリ様:決死、花咲き乱れども

ノエルアリ様


【作品名】

決死、花咲き乱れども


【URL】

https://kakuyomu.jp/works/16818792440265797943


 作品、拝読いたしました。

『甘口』での批評をご希望とのこと、承知しました。


 これは、荒々しい戦乱の世に咲いた、一輪の桔梗のような、切なくも美しい物語でした。


 まず、作品の持つ「空気感」は特筆に値します。

 月明かりの下、戦を前にした二人の鬼が交わす、静かで、しかし深い情愛に満ちた会話。

 その情景が、極めて解像度高く読者に提示されます。

 凪いだ海、揺らぐ月、そして、数百年の時を共にしてきた者同士だけが持つ、気安さと信頼感。

 その全てが、非常に丁寧に、そして粋に描かれています。



 まず、この小説の核心を成すのは、その吸い込まれるような文筆と、そこから香り立つ、耽美で重厚な世界観です。

えんじゅ御前ごぜん」「かすがい」といった、読者の知識に挑戦するような、しかし、この物語の世界観にはこれ以上ないほど合致した言葉選び。

 難解でありながらも、それが決して読者を突き放すのではなく、むしろ、この血と鉄錆の匂いがする時代へと、我々を強く引きずり込んでいく。実に見事でした。


 そして、その世界で交わされる、魏太夫と槐御前の会話。

 この物語の真骨頂は、ここにあると感じました。


 二人が「鬼」であるという設定や、数百年の時を生きているという壮大な背景。

 それらを、安易なモノローグで説明するのではなく、あくまで自然な会話劇の中で、少しずつ、しかし確かに読者に開示していくその手腕は見事です。

『牛若と壇ノ浦で合戦した折は』『尾張のうつけが一等気に入った』といった言葉の端々から、彼らが人の世の歴史と共に生きてきた、ただならぬ存在であることが香り立ちます。

 歴史の造詣が深い読者ならば、その深みにさらに引き込まれることでしょう。


 しかし、この物語の魅力は、そうした設定の巧みさだけではありません。

 何よりも美しいのは、戦乱の世という過酷な現実を背景にしながらも、そこに流れる、静かで、どこか諦念にも似た、穏やかな時間です。


 月を見上げ、過去に心惹かれた「桃太郎」の話をする二人。そこには、長い時を生きた者だけが持つ、独特の哀愁と、互いへの深い信頼が滲み出ていました。


 派手な活劇や甘い恋愛はありません。

 ただ、月明かりの下、二人の鬼が静かに言葉を交わす。

 その情景だけで、これほどまでに読者の心を掴む。


 作者の力強い筆致と、キャラクターへの深い愛情がなければ、決して描けない世界です。

 まるで、一幅の美しい浮世絵を見ているような、素晴らしい読書体験でした。


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