秋湿りの季節に

LAST GEESE

秋湿りの季節に

 英語の筆記問題を解くのを途中で諦めて、俺は机の上に突っ伏す。今日で前期の期末テストも終わりだ。英語と数学は前回に続いて赤点なのは間違いない。後日、また補習があるだろう。

 そんな俺の憂鬱な想いは、どうやら秋の空にまで届いたらしい。

 試験が終わって下校となった昼過ぎ、さっきまでの青空から一転して暗くて重そうな雲から大きめの雨粒が落ちてきた。

「今日は降らないんじゃなかったのか?」

 無論、傘など持っていない。それは他の連中も同じだ――止むまで校舎内で待つか、覚悟を決めて雨の中を走っていくしかない。一部のカップルは相合傘で帰っているようだが。

 雨の日はいつも悪いことばかりだ、俺がそう物憂げに浸っていると、背後から誰かが肩を叩いた。   

「どーした? ショボくれた姿さらしてさ」

 遠慮のないやや低めの声調で、後ろの相手が誰なのか分かった――こんなことするのは、秋穗あきほしかいない。

「別に――なんでもねえよ」俺は振り返らず、雨降り空を見上げたまま「俺はこの空と同じように暗い、日本の将来を憂いてるだけだ」

「何それ、バッカみたい。哲学者にでもなったつもり? どうせ今日のテストがダメだったんでしょ」

「うるせぇっ! ――っていうか、おまえ今日部活は?」

 いつの間にか横に並んだ秋穗に、視線をやりつつ訊ねた。

「今日まで休み。それにしても、よく降ってるわね」

 小学生の頃まで、秋穗のほうが俺より背がデカかったのを思い出す。いまの秋穗は俺の肩ぐらいしかない。いつの間に追い越したのか、自分でも憶えていない。

「えっ~、今夜遅くまで降り続くの!? 最悪じゃん」

 スマホで天気予報を見ながら、秋穗がこぼした。

 長く淡い茶色がかった黒髪を夏が来る直前に「暑くて鬱陶しいから」と、運動系男子のように短く切っていた。それが今では肩まで伸びているのに、俺はこの時になって気付いた。

「ねえ龍仁たつひと。あんた傘、持ってきてないんでしょ?」

 俺の視線に気づいたらしく、秋穗がいたずらっぽく訊ねてくる。

「私、折り畳み傘持ってるからさあ――入れたげよっか?」

「いいよ。止むまで待つか、走って帰る」

「女の子と一緒じゃあ、恥ずかしいの?」

「そんなんじゃねえ」 俺は明後日の方向に顔をやりつつ、「お前の彼氏に変に勘ぐられるだろ。面倒ごとはゴメンなんだ」

「はあっ? 彼氏ぃ?」

 秋穗が素っ頓狂な声を上げる。

 もう俺たち以外に人はおらず、雨音だけが響く。湿り気と秋の気配をまとった風が、俺と秋穗の髪を撫でた。

 傘が開く音が聞こえた――次の瞬間、俺は強引に腕を掴まれて、傘の中に引きづりこまれる。そして傘の中で俺の唇が、もう一つの唇と重なりあったと分かったは、だいぶ後になってからだ。

「ねえ、龍仁。一緒に帰ろ」

 深みのある赤く柔らかい唇からもれた、優しく甘美な囁きが耳に入ってくる。まだ頭の中がパニック状態の俺は、まっすぐ秋穗を見ることができない。

 すると、もう一度俺の耳元で秋穗が何かを小声で伝えてくる。俺は、はっとした表情で秋穗の目を見た。そこには、あの頃と何一つ変わらない眼差しが俺を見つめ返していた。

 どうやら秋の雨は、悪いことばかりではなさそうだ。

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