第40話 緊急査問会。王子、終わる

外の喧騒とは隔絶された王城の大広間は、水を打ったように静まり返っていた。


緊急で設えられた査問会の会場には、国王コレチトを筆頭に宰相、大臣たちが重い表情で席に着いている。

その視線はただ一点、被告席に立つ一人の少年に注がれていた。

衛兵に両脇を固められたルキオン王子は、蒼白な顔でカタカタと震えていた。


「…では、査問を始める」


国王の低く、威厳に満ちた声が響く。彼は手にした密偵の報告書を広げ、淡々と読み上げた。


「ルキオン。まず、アデル・スターロの追放理由。お前は彼から執拗なパワハラを受けたと報告したが、真か?」

「は、はい!真実にございます、父上!あいつは私の類稀なる才能に嫉妬し、事あるごとに私を貶めようと…!」

「では聖騎士団への討伐命令は?」

「奴らは裏切り者です!ジラルド団長はとうの昔にアデルに買収されており、私の正当な命令に背いたのです!」

「貧民街への焼き討ち命令も、聖騎士団の裏切りが原因だと申すか?」

「そ、その通りです!アデル一派が貧民街に潜伏しているという確かな情報を掴んでおりました!国を脅かす芽を摘むための苦渋の決断で…!」

「国璽を偽造し、国庫の金を盗んでまで隣国の傭兵団と密約を結んだのも、国のためだと?」

「全ては父上のお手を煩わせまいとする、私の忠誠心から出た行いでございます!決して私利私欲のためでは…!」


次から次へと繰り出される、見え透いた嘘と責任転嫁。

そのあまりの往生際の悪さに、聞いていた大臣たちから深いため息が漏れる。


ついに、玉座に座る国王の堪忍袋の緒が切れた。


「黙れぃっ、この愚か者めがっ!!」


雷鳴のような一喝が、大理石の床を震わせた。

ビクリ、とルキオンの肩が跳ね上がる。


生まれて初めて聞く父親の激しい怒声に、彼の口は金魚のようにパクパクと動くだけで、もう何の言い訳も紡ぎ出せなかった。


「…衛兵」

「はっ」

「証人を入れよ」


国王の冷徹な声に衛兵が一礼し、大広間の扉を開く。

そこに立っていたのは、質素な旅装をまとったアデル・スターロだった。


「ひっ…!な、なぜ、お前がここに…!?」


アデルの姿を認めた瞬間、ルキオンは幽霊でも見たかのように顔を青くし、思わず後ずさった。

アデルは動じることなく真っ直ぐに国王の前へと進み、静かに膝をついた。


「アデル・スターロ。面を上げよ」

「は」

「お前に問う。全ての始まり…あの訓練初日、一体何があったのか。この場で、ありのままを話せ」

「…御意」


アデルは一度、困惑したようにルキオンに目を向けたが、やがて意を決したように口を開いた。

その声は、この緊迫した場にそぐわないほど、静かで客観的だった。


「走ることは下賤のものがすることだと開始数秒でランニングを中止。剣の素振りも『意味がない』と数回で中止。魔力制御もうまくいかず、『教え方が悪い』と中止。最後に、私にクビを言い渡し、訓練所を去っていった……私がご報告できるのは、以上です」


何の脚色もない、淡々とした事実の陳列。


だからこそ、その証言には揺るぎない真実の響きがあった。

ルキオンの全ての言い訳の根幹が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。


「ち、違う…!嘘だ!こいつが嘘を言っているんだ!」


しかし、もはや逃げられないと悟ったルキオンはその場にへたり込んだ。

そして、堰を切ったように、子供のようにわんわんと泣きじゃくり始めた。


「う…うわーん!父上は僕の言うことだけを信じてくださればよいのです!こいつは敵なんです!」


その無様な姿に国王は静かに目を閉じた。

そして、最後の問いを投げかける。


「ルキオン。なぜ、このようなことをしたのだ。全ての始まりは、お前がアデルについて、私に嘘の報告をしたことだ。その動機を申せ」


大広間にいる誰もが固唾を飲んだ。

国家を転覆させかねない、これほどの大事件の発端だ。


そこには、王位継承を巡る根深い確執か、あるいは、何か想像を絶するような陰謀が隠されているに違いない、と。

だが、涙と鼻水にまみれて、王子が絞り出した言葉は、その場にいた全員の想像をあまりにも情けない形で裏切るものだった。


「だ、だって…だっでぇ…!」

「申せ!」

「…訓練を、サボりたかったんだもん!朝早く起きるのも、走ったり剣を振ったりするのも、ぜんぶ、めんどくさかったんだもん…!」


『…めんどくさかったから』


静まり返った大広間に、その一言が虚しく響き渡った。

大臣たちは、もはや呆れて言葉も出ない。

宰相はこめかみを押さえ、深いため息をついた。


国家の危機。民衆の怒り。裏切られた兵士たちの忠誠。

その全てが、たった一人の少年の「めんどくさい」という、あまりにも自己中心的で幼稚な感情から始まっていた。


コレチト国王は怒りを通り越した深い脱力感に襲われ、ゆっくりと天を仰いだ。

そして、王として、一人の父親として、最後の、そして最も厳しい決断を下すことを心に決めた。


この愚かなる我が息子に、王位を継がせることは断じてできない。

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