第38話 広まる王子の愚行

地下アジトの一室。


昨日市場で捕らえられたゴロツキたちが、ずらりと並べて座らされていた。

全員、縄でぐるぐる巻きにされている。


彼らの前には、アブリルがにこやかな笑みを浮かべて、優雅に紅茶を飲んでいた。

部屋の隅には、腕を組んだカイネとジラルドが、厳しい表情で壁にもたれかかっている。


「なんだよ、ここは…。俺たちをさっさと解放しろよ!」


ゴロツキのリーダー格の男が、まだ虚勢を張って喚き立てる。


「へっ、てめえらみてえな女子供に何ができるってんだ!すぐに離さねえと、後悔することになるぜ!」


アブリルは、その言葉に、くすりと楽しそうに笑った。


「後悔、ですって?うふふ、面白いことをおっしゃるのね」


彼女はゆっくりと立ち上がると、リーダーの前に、一枚の羊皮紙をひらりと置いた。


「ここに、あなたの可愛い妹さん…ベリンダちゃんの、ここ一週間の行動記録が、分刻みで書かれているのだけれど…」

「なっ…!?」

「今朝は、パン屋のトマスさんとお付き合いを始めたとか。あらあら、お相手は少し甲斐性がないけれど、誠実な青年ですわね。お兄様としては、心配かしら?」


リーダーの顔から、さっと血の気が引いた。

なぜ、この女が。自分の家族のことを、そこまで詳しく知っているのか。背筋を、冷たい汗が伝う。


「さあ、まずはあなたから。西地区の賭場でこさえた借金、金貨五十枚。奥様には内緒でしたわよね?」

「ひっ…!」

「あなたは、東地区の酒場の看板娘、ミリーちゃんに貢ぐために横領した公金がそろそろバレそうですわね?」

「な、なんでそれを…!」

「あらあら、あなたは十歳の頃、村長の家のニワトリを盗んで、お母様に三日三晩、お説教されたとか。今でもニワトリが苦手なんですって?可愛らしいですわね」


アブリルは、他のゴロツキたちにも、一人一人、彼らが絶対に知られたくないであろう個人的な秘密を、蜂蜜のように甘く、しかし刃物のように鋭く、語り聞かせていった。

彼女の情報網の前では彼らのプライバシーなど存在しないも同然だった。


部屋は、恐怖と沈黙に支配された。

ゴロツキたちは、目の前の美しいが悪魔のような女に完全に心をへし折られていた。


アブリルは、最後に、再びリーダーの前に立つと、にっこりと微笑んだ。


「さて、お話の続きをいたしましょうか。あなた方を雇ったのはどなたかしら?」


リーダーは、もはや抵抗する気力もなかった。

彼は、涙と鼻水を垂れ流しながら、全てを白状した。


「うわああああ!王子様です!ルキオン王子様に命令されましたあああ!」


それを皮切りに、ゴロツキたちは堰を切ったように話し始めた。


「金貨百枚で雇われました!」

「裏路地で密会して、旗を渡されました!」

「『アデルの信奉者のふりをして、市場を荒らせ』と!」


偽旗作戦の、あまりに稚拙で卑劣な全貌が、ここに完全に明らかになった。


「ご協力、感謝いたしますわ」


アブリルは、その全てを記録係に詳細に記録させると、満足げに微笑んだ。


「これで、あなた方はただのチンピラではなく、王子の犯罪を告発する、勇気ある証人となれましたわね。おめでとうございます」


彼女はそう言って、ゴロツキたちを丁重に、しかし、厳重な監視付きで解放した。




そして、すぐに次の手を打つ。


「この『告白録』の写しを、今すぐ大量に用意して。そして、貧民街の皆さんに、配布なさい。お友達やお知り合いに、どんどん広めていただくように、と伝えて」


情報は、燎原の火のごとく王都中に広がった。

貧民街の住民たちが、親戚や、知り合いに、口伝えでその内容を広めていったからだ。

噂は尾ひれがつき、さらに劇的な形で拡散していく。


「聞いたか!?この前の市場の騒ぎ、やっぱり王子様の仕業だったらしいぞ!」

「アデル様を陥れるために、ゴロツキを雇ったんだと!」

「それだけじゃねえ!王子様は、外国の傭兵まで呼び寄せて、俺たちを皆殺しにしようとしてたって話だ!」

「なんだって!?」

「そんな奴が、次の王様だと!?」

「ふざけるな!」


民衆のアデルへの同情と王子への怒りは、ついに頂点に達した。

王都のあちこちで人々が自然発生的に集まり始め、その群衆は雪だるま式に大きくなっていく。


そして、彼らの怒りの矛先は、ただ一つ。

王城にいる愚かな王子へと、まっすぐに向けられていた。

王宮の門の前には、いつしか数千人規模の抗議のデモ隊が形成され、その声は地響きとなって、城内に響き渡り始めていた。

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