第37話 偽アデル一味の茶番劇

王都の中央市場は、昼時を迎え、活気に満ち溢れていた。

新鮮な野菜を並べる店主の声、香辛料の異国情緒あふれる香り、子供たちの楽しげな笑い声。

その平和な光景を、けたたましい怒声が引き裂いた。


「ヒャッハー!俺たちは、救世主アデル様の直属部隊だ!道をあけろ、道を!」


現れたのは見るからに柄の悪い十数人の男たち。

彼らは、子供が描いたようなアデルの似顔絵が描かれた、粗末な旗を振り回しながら市場の店に押し入った。


「うおお!このリンゴはアデル様への献上品だ!」

「この布もいただくぜ!逆らう奴はぶっ殺すぞ!」


しかし、その行動はどこかちぐはぐだった。

本気で略奪するというよりは、「悪事を働いている俺たちを見てくれ!」と言わんばかりの大げさな身振り。


「おい、てめえ!旗が逆さまだぞ!」

「うるせえな!それより、アデランス様の名前を間違えんなよ!」

「アデル様だよ、バカ!」


統制は全く取れていない。

市場の民衆たちは最初は驚いて逃げ惑ったが、すぐにそのあまりの拙さに足を止め、遠巻きに様子を窺い始めた。


「…なんだ、こいつら?」

「アデル様の一味にしては、ずいぶんと間抜けじゃないか…?」


その時、偶然、市場の近くをチナツとシエルが歩いていた。

チナツは研究用の鉱石を探しに、シエルは子供たちのための食材を買い出しに来ていたのだ。


「あ?なんだぁ、あいつら。アデル先生の名前と旗を汚しやがって…」


シエルが眉をひそめ、拳をポキポキと鳴らす。

一方、チナツは冷静に状況を分析していた。


「…なるほど。我々の評判を落とすための、稚拙な偽旗作戦ですわね。あまりにもお粗末すぎて、逆に涙が出そうですわ」


深いため息をつくチナツの横で、シエルはもう我慢の限界だった。


「よし、俺が一発殴って…」

「待ちなさいな、脳筋」


チナツは、その肩をポンと叩いて制した。


「ただ殴り飛ばすだけでは芸がありませんわ。それに、私たちの手で直接制裁を下せば、『やはりアデル一味は暴力的だ』と、思う壺。ここは、もう少しエレガントに参りましょう」

「エレガントぉ?」


チナツは、にやりと、意地の悪い笑みを浮かべた。


彼女は懐から小さな水晶玉を取り出すと、そこに微量の魔力を注ぎ込む。

彼女が使ったのは、ごく小規模な、しかし極めて精密な幻術魔法『イリュージョン・ミスト』。

誰にも気づかれぬまま、術はゴロツキたちだけに作用した。


次の瞬間、ゴロツキたちの目に、奇妙な光景が映り始めた。


「て、てめえ!なんで俺のリンゴを盗ろうとしてんだ!」

「あぁ!?こいつは金塊だ!お前こそ、俺の金塊に手を出すんじゃねえ!」


目の前の果物が金塊に見え、仲間が自分を罵倒しているように見える。


「うるせえ!団長は俺だ!」

「ふざけんな!王子様から直々に指名されたのはこの俺様だ!」


市場の衛兵が自分たちを応援している幻聴まで聞こえ始め、彼らは完全に同士討ちを始めた。

互いを殴りつけ、持っていた旗で叩き合い、盛大に滑稽な仲間割れを演じ始める。

その光景を見て、市場の民衆たちはもはや恐怖心を忘れ、あちこちから失笑が漏れ始めた。


「おい、見ろよあれ」

「アデル様の旗で殴り合ってるぞ」

「仲間割れか?」

「ただのバカの集まりじゃないか」


ゴロツキたちが全員、互いに殴り合って地面に伸びきった頃、チナツは静かに魔法を解いた。

シエルは呆れた顔で、どこからか持ってきたロープを彼らの上に投げかける。


「はい、おしまい。ったく、手間かけさせやがって」


この一部始終を見ていた民衆は、全てを理解した。

これは、アデル様を陥れるための、どこかの誰かさんが仕組んだ卑劣で、そして最高に間抜けな罠だ、と。

そして、その茶番をアデル様の部下である、あのすごい魔術師の少女が、鮮やかに、そして面白おかしく解決してくれた、と。


この事件は、ルキオン王子の狙いとは全く逆の結果を生んだ。


民衆の、アデルへの信頼は、より一層強固なものになった。

そして、こんな卑劣な手を使う黒幕に対する、静かな怒りと軽蔑が確実に王都の人々の心に広がっていくのだった。

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