第9話 暴走する波動

### 第9話「暴走する波動」


 竜種の咆哮が空を裂いた。黒炎が吐き出され、街並みが瞬く間に焼け落ちていく。境界守たちの結界が必死に炎を押し返すが、衝撃波の余波だけで石畳が砕け、市民が消えていく。


「ガラン、左翼を抑えろ! セラは修復を優先、持てるだけ命を繋げ!」


 アルマの声が戦場に響く。巨刃を振るうガランが竜の翼を切り裂き、セラの光壁が崩壊した建物を繋ぎ止める。しかし修復の代償で、境界士たちが次々と命を落としていった。光の粒となり、街の基盤に吸い込まれていく。


 蓮はその光景に目を見開いた。頭の奥で何かが共鳴し、視界が赤黒に染まっていく。竜の鼓動と自分の心臓が同じリズムを刻み、世界が歪んでいく。


「――おまえは我が子。こちらに来い」


 竜の咆哮に混じり、明確な言葉が脳に突き刺さる。蓮の足が勝手に動き、炎の中へ踏み出した。ユリスの叫び声が背後で響く。


「蓮! 戻って!」


 だが彼の耳には届かない。赤黒い波動が全身を駆け巡り、指先から光が奔る。それは竜の波動と酷似した、破壊の衝撃だった。地面が裂け、炎が一瞬にして吸い込まれる。影獣の残骸が周囲ごと消滅し、空間が崩れた。


 境界守たちが息を呑む。セラが血を吐きながら修復術を繋ぐが、蓮の波動は修復すらも押し返す。アルマの瞳が鋭く細まり、イオが符を刻みながら叫んだ。


「一致率九十! 完全に主系波動だ!」


 蓮の視界に竜の姿が滲む。赤黒い瞳孔が重なり、境界が曖昧になる。腕を振るえば、竜と同じ衝撃波が奔る。巨体を吹き飛ばし、鱗を砕き、竜の咆哮が途切れた。


 勝利が見えた瞬間――街の中心部が丸ごと消滅した。建物も人々も存在ごと消え、黒い穴が空いた。蓮の力が暴走し、都市を削り取ったのだ。


「やめろ、篠森!」


 アルマの声が結界を響かせる。ガランが必死に蓮を押さえ込もうとするが、赤黒い波動が彼を弾き飛ばす。蓮は立ち尽くし、息を荒げる。自分の力がもたらした惨状を、理解した瞬間だった。


 竜は深い傷を負い、黒炎を撒き散らしながら裂け目へと退いた。戦場に残されたのは、半壊した首都と、消滅した街区。修復の光が走り始める。だがその代償は境界守の命であり、屍の数は数え切れなかった。


 蓮は膝をつき、手を震わせた。ユリスが駆け寄り、必死にその肩を支える。


「……蓮、大丈夫。あなたは人間だよ……!」


 だが蓮の耳には、まだ囁きが残っていた。――おまえは、こちらだ。


 心臓が赤黒く脈打つたびに、自分がどちらに属するのか分からなくなっていく。

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