第10話 違和感を抱く人々

### 第10話「違和感を抱く人々」


 首都〈レグナス〉は再び修復された。瓦礫は元に戻り、消えた人々はまるで最初からそこにいたかのように笑い、歩き、買い物をしている。焼けたはずの家屋も傷ひとつなく立ち並び、街は平穏を取り戻した――ように見えた。


 だが、篠森蓮の瞳には違って映っていた。自分が暴走させた波動で消し去った街区は、確かに存在を奪われたはずだった。修復された石畳に立ち、通りを行き交う人々を見ても、胸の奥のざらつきは消えない。


「……本当に、これでいいのか」


 呟きは誰に届くこともなく、群衆のざわめきに呑まれて消えた。



 広場の一角で、老婆が店先を見つめながら首を傾げていた。


「ここにあった店は……もっと奥にあったはずだよねぇ?」


 隣の若者が笑って答える。


「気のせいだろ。昔からここだよ」


 だが老婆の目は納得していなかった。その近くでは、子供たちが言い争っている。


「昨日はあそこで遊んだんだ!」

「嘘だ、あそこは空き地じゃなかった!」


 大人たちは笑って流すが、子供の言葉は鋭く、修復の齟齬を突いていた。蓮は耳を澄まし、心臓が冷たくなるのを覚えた。



 一方で境界守たちは冷徹に動いていた。アルマの指揮で、記憶の齟齬を口にする市民が密かに選別されていく。イオは符を用いて彼らの記憶を封鎖し、疑念を“忘却”へと誘導する。


「記録結晶に残す。齟齬の拡大は進行中だ。封鎖処置を徹底しなければ、秘密は破綻する」


 イオの声は冷静だが、その眼差しには僅かな迷いがあった。セラは一人の少女の頭に手を置きながら、泣きそうに顔を歪めていた。


「……ごめんね。怖かったね。でも、もう大丈夫」


 少女の瞳から光が消え、笑顔だけが残る。何も知らぬままに。


 その光景に、蓮は強い吐き気を覚えた。助けを求める声は誰にも届かず、真実は上書きされていく。街は確かに元に戻った。だが、その“戻った”という言葉自体が虚ろに思えた。



 夕暮れ、蓮はユリスと並んで歩いた。彼女もまた違和感を覚えているように見えた。無言のまま、街の灯りを見つめる瞳が沈んでいる。


「ユリス……気づいてるのか?」


 蓮の問いに、ユリスは小さく頷いた。


「うん。みんな笑ってるけど……昨日と同じじゃない。私には分かる。だって、ここにいたはずの人が……いない」


 言葉は風に溶け、街の雑踏にかき消される。だが確かに、そこには“穴”があった。存在しながら、存在しない人々。その齟齬を、蓮とユリスだけが抱えていた。


 街は笑顔で満ちている。だがその笑顔は、屍の上に積み重ねられた幻だった。蓮は拳を握りしめ、胸の奥で赤黒い波動が軋むのを感じた。――この違和感を、決して忘れてはならないと。

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