第6話

 あれから十年の月日が流れた。

 私は高校を卒業して大学に入り、更に院に進んで研究室に入った。

 私の目的はただ一つのことを解明するため。


 そう、あの白い壁に発生した青い光がなんなのか、それを知るためだ。


 あの事件が起こってから幾たび同じ日・同じ時刻を迎えたことだろう。

 そのたび私は怯え・壁から遠ざかり・・・あるいは人ごみに逃げ、あのことを忘れ去ろうとしていた。

 でも。

 月日が経ち、次第に冷静に過去を見詰める私の胸に残っていったのは、

 紛れもない「美奈の死」。

 美奈の死は事実だ。そして、あの日、あの時、あの場所に居合わせたことが原因だったことに間違いはない。


 あの晩。

 美奈が壁に吸い込まれ、そして唐突に翌朝私の目の前に現れるまでの間に、

一体彼女になにがあったのだろう?

 死ぬ寸前に(あれは不幸な事故だった、)彼女は確かに、何かを私に伝えようとしていた。

 だのに、突然のあの事故で会話は途切れた。

 美奈が死んでしまった今、彼女が壁に吸い込まれてから、あの後どこで何をしていたのか。

永遠の謎になってしまったのだ。

 私はこのこと(事実)から、目をそむけることはできない。

 目の前で起こった彼女の死は、成人してからの私の生き方をすべて定めてしまった。



 「やっぱりここだったんだ」

 研究室のドアを開けて、吉彦が入ってきた。

 「急にいなくなったから。どこに行ったのかと思ったよ」

 「べつにあなたまで抜けてこなくてもいいのに」

 「いや。年が明けたとたん、みんな・あけましておめでとう!!ってバカ騒ぎさ。

その前から随分みんな飲んでたし。ちょうど気が抜けて、帰る奴らやそのまま寝ちゃう奴とか、

いきなりばらけてきたから。俺もいいかと思って抜けてきたの。・・・きみは多分、ここだろうと思ったしね。」

 そう。

 夕べから研究室のみんなが集まって、一人の学生のアパートに押しかけ、

私達は大晦日の年越しパーティをやっていたのだ。

 私も誘われて最初の頃(大晦日の夜)は一緒に飲み食いしていたけれど、

そろそろ年が変わる時間になって私は一人、そっと抜け出してここ(研究室)へやって来たのだ。


 「ふう」

吉彦はそばにあった椅子を引き寄せて、そこに座った。

 「あけましておめでとう、亜紀」

真っ直ぐに私を見て、彼は言った。さらっとした髪が細面にかかり、切れ長の瞳が涼しげに私を映している。

 私はそんな彼を見つめ、言葉を返す。

 「おめでとう、吉彦」

 「こんなとこで新年初めての挨拶をかわすなんて、色気ないなぁ」

 ため息まじりに、彼は言った。

 私は、小さく笑って瞳をめぐらした。


 研究室には、私の手元を照らす淡いオレンジ色のランプがひとつだけ。

 あとはすべて灯りを消してある。

 薄暗い中にあるのは、いくつかの学生の机と本棚・・・そして・白い壁が。大きく空間を開けて、そこにある。


 「これから、実験するのかい?」

 私が見つめているその視線をたどって、吉彦は言った。

 「ええ」

 私はうなづいた。

 「ちょうどこの研究室が入った棟も新築されて、白い壁ができたのはほんとにラッキーだったわ。どうせしばらくすればすぐ、汚れたり物で壁は埋まってしまうだろうから・・・」

 「きみの頭の中は、そのことしかないんだね」

 吉彦は苦笑しながら私に言った。

 「ね、亜紀。今とっても星が綺麗なんだ。ちょっと外に出てみないか?」

 「え?」

 「もし・流れ星でも見つけたら願かけできるじゃないか」

 「吉彦ったら」

 私はつい、微笑んだ。いつもながら、彼のロマンティックなところにはまいってしまう。

(私とまるで反対だ)だけど、私はそんな彼の夢見るようなところが好きなのだ。

 時計を見る。まだ、一時十一分には間がある。ちょっとくらいつきあってあげてもいいか。

 「・・・いいわよ、行きましょ」

 私は立ち上がった。


~つづく~

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