創造主

 クレスが倒れ伏す姿に思わずレビアとノヴァが声を上げて立ち上がり、だがすぐに落ち着きを取り戻して席につく。

 舌打ちしながらクレスも身体をゆらりと立ち上がらせて晴れていく白煙の中に凛とし佇むリオと、その後方でローレライをカードへと戻すエルクリッドとを捉えた。と、同時にぴしっと音を立てて魔剣アンセリオンの刃にヒビが走り、その具合を確認してクレスは鞘を腰から外しアンセリオンを収めた。


(使いたくねぇが、やむを得ないな……)


 そう思ってクレスはアンセリオンをカードへ戻して左手首のカード入れへ収納し、その動作には誰もが驚いた。これまでクレスがアンセリオンをカードへ戻したというのは見た事も聞いた事もない事で、同時に、彼女のアセスがアンセリオンだけではないという事を暗に示す。


 そして、水の国の騎士たるリオは少し下がってエルクリッドの隣へと戻り、ローレライを切られた事で足から血を流す彼女の傷が大した事はないのを確認しつつある事を伝え始める。


「クレス様の、巫女の一族たるガーネット家には二振りの剣が代々受け継がれているという話があります。一つは今私が預かっている意志を持つ霊剣アビス、もう一つはかつてこの世界の神が使ったと言われる剣……」


「エタリラの……創造神クレスティアの?」


 えぇ、とリオが答えるとクレスが右手首のカード入れからカードを引き抜く。その絵をじっと見つめる姿には苛立ちとも、怒りとも取れる雰囲気があり意を決したようにエルクリッドらの方へ向きながらクレスはカードへ魔力を込め、渋々といった様子で口を開く。


「アンセリオンを使い物にならなくしたのはデミトリア以来だ、一応はその力を認めてやる」


「素直に認めてくださいよ」


「あ゛?」


 苦笑しながら返すエルクリッドへ威圧的に答えながらクレスは深呼吸をし、やがてカードが光を放ちそれは姿を現す。


 真白の鞘の翼象る鍔を持つ剣、それを手にしたクレスはため息をつきながら剣を両手に乗せて片膝をつき、祈るような仕草をしつつ目を閉じた。


「この剣は、一族に伝わる神の剣……その身に神を降ろした時だけに使える。使う前に倒すつもりでいたが……エルクリッド・アリスター、てめぇと会いたがってる奴が使えとうるせぇから使ってやる」


「あたしに会いたがってる人……?」


「今からこの身体に降ろす、ここから先は、私ではなくそいつの意思……」


 エルクリッドにそう伝えたクレスの雰囲気が変わる。荒々しさが消え氷の世界の如く静寂が世界を包み込み、静かに、クレスはその詩を口ずさみ始める。


「氷解せし祈りよ心に祈れ……冷徹なる剣を手に覚悟を胸に刻み、凛とし愛を抱きのぞみとし、歌姫の名に下に我は誓い、女神の名において我は詠う……神剣クレアーレよ、今一度我の手の中へ……!」


 静かに詩が言葉にされる都度、クレスは静かに神剣クレアーレを握りそして引き抜く。やがて全ての口上を終えると共に彼女は立ち上がり静かに目を開け、その刹那に、クレスではない何者かが宿った事を、神を降ろす儀式が完了したのをエルクリッド達は察し身構える。


「不思議なものですね、自分が創りし世界に人の身として降り立つ事は……」


 明らかにそれはクレスのものではなかった。優しく穏やかな口調、柔らかな微笑みをしながら感慨深そうに周囲を見る眼差し、その一つ一つの動作も可憐であり優雅にも感じられる程に。


 クレスや彼女自身の言葉から、エルクリッドはその名前を口にする。この世界の、創造主の名前を。


「クレスティア……あなたが……?」


「初めまして。そしてようやく会えましたねエルクリッド・アリスター……」


「どうしてあたしの事を……」


 創造神クレスティア。エタリラを創り出した存在、そのあまりの穏やかすぎる雰囲気にエルクリッドは手を強く握り締めながらも溢れる思いを抑え話し、察したクレスティアもまたごめんなさいと一言謝罪を述べ、エルクリッドも一度握った拳を解く。


「えと、その……なんというか、色々文句とか言いたい事とかたくさんあるんですけど……もうちょいふんぞり返ってるというか、偉そうなのかなって思ってたからなんか……」


 創造神クレスティアはエタリラを知るもの、全てを知るもの。だが何もせずにいた事やそれにより起きた事等への思いはエルクリッドの胸の中にはある、自身の出生を始めとした多くの事も。


 しかし、今、クレスティアを名乗る存在が本心からごめんなさいと言ったのを心から感じ取れ、また、神であるが故の過干渉を避けていた事などの事情も汲めたしわかっていた。それでも込み上げたものは、謝罪の一言であっさり打ち消され戸惑いへと変わり、クレスティアは微笑みつつ鞘を腰へ差す。


「色々な事をお話したいところですが、クレスの身体を借りていられるのは長くはありません。いずれあなたが然るべき場所へ辿り着いた時に話すとして、今は、あなた達の強さを、私に見せてください」


 すっと神剣クレアーレの切っ先をエルクリッド達の方に向けて静かにクレスティアはそう言って剣を下ろし、肩幅に足を開き臨戦態勢となる。


 一見すると構えがない状態ではあるが、リオはそれがクレスティアにとっての自然な構えと察して息を呑む。


「リオ、神憑きをしたクレスは、創造神クレスティアはほんとに強いからね。あの剣は……」


「存じています、かつてクレスティア様が人だった頃に使っていた剣と伝えられているものだと」


 アビスからの忠告に答えながらリオはクレスティアの隙のなさを感じ身動きが取れなくなる。それはエルクリッドも同じ、クレスのように鋭い氷のような鋭利な闘志や敵意はなく、穏やかな清流とも静かな新雪の世界のようにクレスティアの佇まいは落ち着いていた。


 それがいかに恐ろしいものか、秘めた力を全く感じさせないというのがいかに警戒すべきか、エルクリッドとリオはよく知っている。しばしの静寂の後に、すぅっと軽く息を吸ったクレスティアがふわっと一歩踏み出し、刹那にリオの前へ距離を詰めると素早く振り抜かれる神剣クレアーレの刃がリオを捉えた。

 否、間一髪反応ができた事で鍔迫り合いとなり、だがその中でクレスティアがカードを引き抜いて既にスペル発動態勢となってるのを察しすぐに距離を取るも、それに合わせるような軽やかな足捌きで追従してくる。


「氷結する祈りよ、立ち塞がる敵を穿つ矛となりて静寂をもたらせ……スペル発動、ティリス・ジス・レギス!」


 詠唱を口ずさみながら力強い一閃でリオを弾き飛ばし、それと同時にスペルが発動されリオの足元が凍てつき鋭い氷の刃が一気に生えて襲いかかった。何とか直撃は避けるも身体を何ヶ所も切られ血が流れ、すぐにエルクリッドが次のアセスを呼び出し援護に入った。


「お願いします、スパーダさんっ!」


 華麗なる足捌きと無駄のない動きでリオに迫るクレスティアの前に黄金の風と共に大剣が突き出され、切っ先で受け止めながらも姿を見せる幽霊騎士スペクターナイトスパーダがそのままグッと剣に力を込め押し切る。


 くるんと宙返りをしてクレスティアは距離をとり、スパーダは着地際を狙って一気に接近し剣を振り上げ逃げ場を奪いながら両断しに行く。

 が、クレスティアは左手首のカード入れをスパーダの刃に一瞬触れさせ、受け流す形で避ける神業をして回避し着地。スパーダが驚愕する間もなく反撃の一閃がスパーダを切り裂いた。

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