準備の朝
朝になれば生命は目覚める。海上都市たるエトモも活気が満ちていく。挨拶も程々に高みを早々に目指す者、新たな道に進む者、いつもと変わらぬ営みをする者、様々だ。
早い時間からベッド上にカードを並べて整理をし、唸りながら選びカード入れへ入れていくのはエルクリッドだ。それを隣でノヴァが見守り、同じようにリオもまた椅子に座り自身のカードを丁寧に確認している。
「うーん……防御スペル多い方がいいかな? でもクレスさんの速さ考えると切るのが間に合わないし……」
「ではブラインド系スペルはどうですか?」
「あの人躊躇うことがないから目晦ましにはならないかな……ちょっと勿体ないけど、今回はウォール系スペル使おうかな」
神獣にも恐ることなく切りかかり剣を突き立てしがみつき続ける程にクレスは躊躇いがなく、そうした相手は目晦ましをしても迷いなく突っ込んでくる。そこでエルクリッドが手に取るのは土の壁が隆起する絵が描かれたウォール系スペルのカード、銀枠のカードという事もあり入手には少しの手間がかかり発動魔力も大きい。
その反面防御スペルとしては物理的な障壁を作り出す性質やその強度、消費魔力に見合うだけの性能はある。無論連発するようなカードではないし、使ったとしてもクレスならば突破してくるのも想定できるものの、勝つ為の戦略として必要なのはエルクリッドは感じていた。
ただそれ以上に彼女の緊張感を強めているのは、数日前に出会ったレビアが今日行われる自分とリオとが組み十二星召クレスへ挑む事を観戦するという話だ。曰く、今度は王として正式に戦いぶりを観たいらしく、その事にはカードの整理を終えカード入れへ収めたリオが触れる。
「レビア様は、本当は自分で直接相対したい思いがあるのだと思われます。しかし王である以上その責務は大きく叶わない、ならばせめて……という事なのでしょう」
確かに、と返しながらエルクリッドは純粋に賑わいに誘われ街に一人で赴く程のレビアならばと思い、もし可能ならば師クロスと共に旅をしたという彼の実力を実際確かめたいと思う。
それはリスナーとして相手の心に触れること、よく知り理解するのに対峙する事は交流となると学んだから。そして、それを教えてくれた存在が同じであり、学んだ者同士として思うものもある。
「ねぇリオさん、もし王様と戦えるなら……ううん、やっぱいいや」
並べたカードを見つめつつ口にしかけた言葉を首を振りながらエルクリッドはやめ、お気になさらずと穏やかにリオは返しながらその心中を理解し、ノヴァもまたそれは感じ取れた。
高みを目指す者としてより多くのリスナーと相対する事は大きなものとなる。それが師の仲間ならば尚の事、だが叶わない事もある。
その代わりの戦いの披露の場を設けられた事や、それを通し伝えられるものがあるならばとエルクリッドは思い深呼吸をしてぱんっと自分の両頬を叩き、並べていたカードをささっと手早く束ねてまとめ自身のカード入れへと収めた。
「とにかくやるだけやるしかないよね。リオさんもせっかくやれるんだし、あたしも恥ずかしくないよう、全力でクレスさんに勝たないと」
「もちろんです。私達の力がどこまで通じるのかは未知数ですが……私も、エルクリッド達と共に研鑽した成果を示す機会と思っています、騎士として、リスナーとして」
深淵の剣士たるクレスは星彩の儀が始まってから挑戦権の有無に関わらずリスナーに挑み、死屍累々たる山を築き上げ続けている。己の身一つで、魔剣アンセリオンで戦い勝利を重ねる彼女に敗北はあるのかとさえ言われる程だ。
だがそれに挑み勝つ事はエルクリッドにとって重要課題、そしてリオもまた、秘めた思いを解き放つ相手として相応しい者はいないと感じていた。
静かに闘志が燃える二人の滾りが微かに風を呼ぶのをノヴァは感じつつ、そう言えばと挑戦権を有しながら今回は戦わないシェダに触れる。
「シェダさんは、戦わないんですよね?」
「あいつはウラナとの対話に難儀してるみたいだし、あたしみたいに十二星召全員倒すーとかではないからね。ま、あたしら全員がボロボロになったら旅に支障出るってのもあるけどさ」
エトモについてからシェダは部屋に篭もり精神統一を通して神獣ウラナとの対話に努めていた。だが相手は契約した訳ではないというのもあり、資格は有しても使いこなすにはまだ遠いと感じそちらに集中している。
またエルクリッドの言うように三人全員が召喚不可になる程に消耗してしまえば旅路に支障はある。一応はある程度のカードをノヴァも使えタラゼドもその気になれば実力行使もできるとはいえ、先々を考えると負担軽減の為の分散は必要と言えた。
それにノヴァが納得すると部屋の扉を軽く叩く音が聴こえ、返事をするとちょうど話題が出ていたシェダの声が聴こえてくる。
「朝飯できたってさ」
「わかったー、先行ってて」
おう、と答えたシェダの足音が遠くへと行くのを感じてエルクリッドは深呼吸をしカード入れを腰に備えた。
まずは腹ごしらえをする、戦うのはそれから。結果がどうであれ進む事に変わりなく、その思いの強さにエルクリッドの目はより輝きを増す。
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