詠い奏でる者ーDivaー

闇に喰らう

 氷解せし望みよ心に祈れ。


 冷徹なる剣を手に覚悟を刻め。

 

 凛とし愛を胸にのぞみとなれ。


 歌姫の名の下に我は誓い、女神の名において我は詠う。


 彼女はかつて剣を手にした者。


 彼女はかつて思いを詠い奏でた者。


 彼女は今、世界を見守りながらその時を感じ再び舞台に降り立つ。




ーー


 真夜中の海上に建つ十二星召リリルの城、主たる彼女の部屋に響くは悦楽の声と軋む音。やがて静寂となる中で、息を切らし一糸まとわぬ姿で寝そべるリリルは隣で同じように横たわり座り舌打ちする十二星召クレスを見つめ、そっと後ろから抱き締め靭やかな身体を触る。


「まだ足りぬか? 今日はいつになく獰猛というのに……」


 唇に触れるリリルの指をクレスは咥え、そのまま舌を這わせつつぐっとリリルへ体重をかけ身を委ねた。

 妖しくリリルが背中より青い翼を広げ閉じる中で二人は口づけを交わすと、そのままリリルの肢体を喰らい尽くすようにクレスが噛みつき、手で強く掴み、その都度喘ぐリリルがぞくぞくと肌を震わせながら快楽に身を捩らせていく。


「いいぞ、それで、いい……! やはりお主は最高だ……! 神獣より獰猛で貪欲なる者……っ!」


 びくんっとリリルの身体が跳ねるもクレスは抑え込むようにその身を犯し、喰らい続けていく。腹を満たすように、心を満たすように、美しき妖魔に己の印を刻み込むように容赦なく歯を突き立て爪を立て、全てを呑み込みながら暗闇に身を震わせていた。



ーー


 微かに身体をけいれんさせぐったりとするリリルの隣に目元を手で抑えながら寝そべるクレスが舌打ちをし、宥めるようにリリルが身を寄せ頬擦りをしクレスもまたそれを受け入れつつ口を開く。


「妖魔相手でなきゃ心満たされない巫女……被肉も良いところだ、我ながら……」


「お主は加減を知らぬからの……それにわざわざエトモからここに来て妾を喰ったということは、それなりの相手とやり合うつもり、だろう?」


 あぁ、とひと呼吸置いて答えたクレスはリリルの頭を撫でながら引き寄せ、その感触を味わうように引き寄せそのまま自身の上に乗せる。


 ちらりとクレスが目を向ける先には自身の服をかけた椅子とその上に置かれたカード入れがあり、リリルが鎖骨に触れると共にある事を話す。


「神憑きをしろと、神託が来た」


「なるほど、それで……か。相手は?」


「エルクリッド・アリスターと、リオ・フィレーネ……あのクソ神が興味あるのはエルクリッドの方のようだ」


 ほう? と目を細めながらクレスの身体を指先でなぞり小さく彼女が喘ぐのに合わせゆっくりリリルも身体を動かし、ベッドが軋み二人の悦楽の声が暗闇に微かに響く。


 エルクリッドという存在を求める者、その存在にクレスは苛立ちリリルがそれを諌めるように身を差し出すように、二人の交わりは朝方まで続いた。


 やがて力尽き一時の睡眠を経てクレスが目を覚ましてベッドから起き、静かに服を着替えカード入れを両手首と腰と二の腕とに装着しカードを引き抜き魔剣アンセリオンを召喚し腰に携え身支度を終えると、後ろから首に手を回すリリルが名残り惜しそうに耳を甘噛みしクレスも特に嫌がらず手を触れる。


「もう行くのか? もう少し戯れても良いのだぞ?」


「一晩抱いて気が済んだ。エルクリッドどの戦いが終われば神託も少しは減って余裕ができる……その時にまた喰ってやる」


 両手でリリルの頬を掴み唇を重ね舌を絡ませるクレスに躊躇いはなく、リリルも受け入れ思わず抱き締めてしまう。巫女と妖魔の交わり、一夜の情事にひとまず終わりを告げてクレスが離れリリルも手を引く。


「エルクリッドは以前よりもエルフの、火の夢の力を完全に制御している。お主に限って油断はないと思うが……」


「まずはいつも通りやる、神憑きはそれからだ。あれをすると、自分が自分でなくなるのは気に入らないがな……」


「そういう所は生真面目だの……ガーネットの一族の者は過去何人も会って来てはいるが、お主は特に、な」


 フンと悪態をつくようにクレスは返しリープのカードを用いてその場から姿を消す。それを見送ったリリルはため息をつきながらぐったりとベッドへ横たわり、クレスの残り香がつく中に包まれながら目を瞑る。


(エルクリッド……お主はクレスに勝てるのか見物だな……この目で確かめたいが、今は妾も動けぬ、な)


 身体についた無数の噛み跡と爪痕に触れていくとリリルの傷も消えていくものの、体力が尽きたように動けずにいた。そんな中で思うのはエルクリッドの存在、それと相対するクレスとの戦い。


 初めてクレスと出会った時の事をリリルは振り返る。平和な時代に生まれた戦姫とも言えるほどに強者とわかれば構わず挑みかかり、自分が傷つく事も死をも厭わない存在にリリルは戦慄し、喉元に剣を突き立てられ後一歩というところでクレスが力尽きた。

 猛毒を受けようとも、傷つこうとも、体力魔力を消耗し満身創痍となろうとクレスは決して剣を手放さない。そして彼女の真の力が、どれだけ恐ろしいものかというのも、初めての邂逅の後に知りその時は五体を切り飛ばされあやわという所まで至ったのも思い返す。


「クレス……巫女の剣士、戦姫、神の依り代……か……」


 ぽつりとそう言ってリリルは眠りにつく。そして朝焼けの空の下にクレスがエトモに到着し、登る朝日の中で凛と佇み静かに歩き進む。


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