深淵の剣士

 水の国アンディーナ首都エトモは四大国の中で最も規模が小さい。といっても必要施設は十全に備え、あくまで立地関係や首都ととして見た場合であり都市としては十分すぎる程だ。


 それでも海上都市という関係から限られた面積をどう活用するかは首都建設時から考え抜かれ、各種災害等への対応案等あらゆる事を当初から研究しながら作られている。

 そうした案の一つとして、一部の施設は海中に存在している。もちろんそこは普段は使われず、行政等様々な機関を置くという形だ。


 そしてその中にある闘技場がある。半球状の特殊な格子と硝子とで覆った中に作られた四方に昇降通路を持つその舞台は、特別な時にだけ使われる競いの場であり、そこに先じて佇む十二星召クレスは目を閉じながらその時を待ち、やがて気配を察し目を開きゆっくりと通路を通り向かってくるエルクリッド達を見据えていた。

 かたやエルクリッド達はというと水中にある舞台と言う事に目を丸くしながら海の世界が見える事に興味津々であり、戦いの緊張感も一気に失せる程に様々な魚群が泳ぎ水棲の魔物が大きな身体をくねらせながら泳ぐのを眺め心が躍る。


「すっごい……こんなとこあったんですね」


「ここは本来は王族の鍛錬や騎士の試験の場として使われる場所で、今回はレビア様が観戦することやエタリラ全土でも屈指の堅牢さを誇る事もあり、相応しい場でしょう」


 目を輝かせ感動するエルクリッドへこの場所についてタラゼドが語り、それには聞いていたノヴァも納得しつつも硝子越しにギロリと睨む大きな魔物と目が合い少し竦みエルクリッドの手にしがみつく。

 シェダも今回は観る側として初めての海中が見れる事に目を輝かせ、同舞台を知るリオは仲間達の反応を見て微笑み楽しんでいた。


 エルクリッド達が舞台へ辿り着くと、ちょうど横の通路を通り騎士団長ジュダルを引き連れた王レビアが姿を見せる。質素なサークレットをつけ青を基調とした王たるその姿は数日前とは違う空気を纏いキリッとした顔立ちで少し高い位置にある席につき、それと共に舞台の外側に観覧用の席が音を立てて現れ仕掛けが作動する。


 それに合わせてエルクリッドから手を離してノヴァは彼女を見上げ、ニコリと微笑んで頭を撫でて応えた彼女が前へと進み、リオも深呼吸をしながら舞台へと上がる。同時にタラゼドが指先に赤い光を呼んで宙に文字を描き、舞台全体に赤の魔法陣が一度現れると広がりながらふっと消えていく。


「タラゼドさん、何したんすか?」


「元々展開されている防御結界を強化しておきました。ここはご覧の通り四方を海に囲まれた空間ですから通常の屋内闘技場より頑強ではありますが、此度は少し不安が残るので取り除いたということです」


 水中闘技場という環境は美しくも死と隣合わせ、シェダに答えたタラゼドがさらに指で文字を描きさらに結界を施して不安要素を消していく。


 それだけ激しい戦いとなるという前触れ、予想を立てているとも思え見守るノヴァも背筋を伸ばし緊張感を高めた。


 そうして舞台にエルクリッドとリオが並び立ち、佇むクレスもまた組んでいた腕を解いたのに合わせノヴァ達も席につくと、レビアがゆっくり立ち上がり王として開戦の言葉を語る。


「これより星彩の儀における十二星召クレスへの挑戦を行う。双方のリスナーは研ぎ澄ませた己とアセスの力と技を存分に振るい、さらなる高みへ挑む姿勢を示す事を期待している! 準備が出来次第、始めるといい」


 レビアが言い切ると共にエルクリッドとリオが臨戦態勢となりカードを引き抜き、クレスもまた腰に携え常時召喚している魔剣アンセリオンを引き抜く。そして間もなくエルクリッドとリオのアセスが召喚された。


「仄暗き深淵より頭を上げ星に祈りを捧げよ! お願いね、ローレライ!」


「氷解せし祈りよ、凛々しき刃にその思いを乗せ詠い奏でよ……共に戦いましょう、霊剣アビス」


 エルクリッドは白い煙を巻き上げながらぬるりと半透明の身体を太く長い体を持つ魔獣ローレライを、リオはクレスより借り受ける霊剣アビスを手にして剣を引き抜き一歩前へと進む。


 リオはともかくローレライを召喚した事にはノヴァはやや目を見開き、エルクリッドの気持ちの入りようを感じ取り、クレスもまた初めて見るローレライを見上げながらほうと感心の声を漏らしつつ剣を構えるリオを見つめた。


「少しは強くなったらしいが、無様な戦いはするなよ……!」


 魔力の滾りが冷気となり、語気の強さが寒波の如き重圧となりエルクリッドらを襲う。刹那に舞台を蹴ってクレスが瞬時にリオの懐へ潜り込み切りかかり、即応するリオが受けて立ち鍔迫り合いを展開する。


 ローレライが動き始めるとすかさずクレスはその場から下がりカード入れに手をかけて引き抜き、エルクリッドもまた合わせるようにカードを切った。


「スペル発動アースバインド!」


 石畳を突き破り生える木の根を切り刻んで強引にクレスが突破し再び前へと駆け、それを見越すようにリオもまた切りかかりに行き舌打ちと共にクレスがカードを使う。


「スペル発動プロテクション」


 青き薄い膜が霊剣アビスによる一閃を防ぎ止めるが、その間に白い煙が足元に広がりローレライが泳ぐようにクレスの後ろへと回り込み口を開き赤き光で彼女を包み込む。


 瞬間、リオが跳び退くと共にローレライの熱線がクレスを焼き切った、かに見えたが想像以上の速さで離脱しており、同時にクレスは容赦なく自身諸共致命傷となり得る攻撃をされた事に笑みを浮かべていた。


(殺すつもりで来れるようになったか)


 以前エルクリッドと相対した時に感じた詰めの甘さが今はないとクレスは感じつつ、しかし心の何処かで避けてくれるという信頼のようなものも感じられ、その点には少しの苛立ちも感じ入る。


 だが確実にエルクリッドは以前とは違う。そしてリオもまた剣を手に自ら戦うという戦術をものとしてると改めてクレスは感じつつ、肩に羽織る薄手の外套を脱ぎ捨て大きく息を吸う。


(クソ神の出番はない。その前に、終わらせてやる……!)


 息を吐くと共にクレスがリオを捉え一気に走り、ローレライが再び光を浴びせようとするもその時にはクレスは光の外におり、迎え撃つ姿勢を取るリオもまた危険を察し素早くカードを切る。


「スペル発動ソリッドガード!」


「そんなもの如きで、止められると思うな」


 物理攻撃を防ぐ結界を展開するソリッドガードが発動されリオを守るも、構わず突っ込んだクレスが魔剣アンセリオンを縦一文字に振り抜く。

 刹那、咄嗟にリオは霊剣アビスを受けの姿勢で構え、次の瞬間に右肩から血が飛びソリッドガードをクレスが切り裂き攻撃してきたのを感じ取る。


(ソリッドガードを破るとは……いえ、彼女ならば、そのくらいやって当然でしたね)


(そうだよリオ。深淵の剣士って言われるクレスはガーネット家で最も強い剣士、大抵のスペルなら魔力の流れを見切って切るから)


 霊剣アビスの言葉を受けてなるほどと納得しつつ、それほどの技量というのを改めてリオは認識しエルクリッドもまた通り名に違わぬ実力者とクレスを認識し直す。

 かたやそのクレスは小さく舌打ちし、何かをぼやきつつ剣を握る手に力を入れ再度駆け出す。


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