034 命ヶ為タクミの決意。
――俺の、せいだ。
俺が、身バレを怖がったから。
誰も錬金できないエリクサーが作れる俺を、皆が必死に探してたのを、怖がったから。
いつ家凸されるのか分からなくて、怖がったから、……それが、いけなかったんだ。
……俺は、自覚するべきだったんだ。
あれだけネット民が騒いでるって事は、それだけ俺の錬金の腕に、価値があるんだって。
騒がれ、目立ってしまった以上――たとえ、ミルクちゃんの作戦で大半の人が俺の捜索をやめたとしても――必死に俺を探る人は、どうあがいても、必然的に存在してしまうんだって。
あそこまで俺の捜索に必死になるのは、それなりの理由があって。
抑えきれない程の感情が、そこにはあって。
フラスクは絶対、祖父を助けたいんだろう。
だからこそパーティーメンバーを病院送りにしてまでメガポーションを手に入れたし、レモンちゃんを痛めつけてまで、カハイさんの足を生やした伝説級アイテム【世界樹の樹液】を手に入れようとしている。
「レモンちゃん、レモンちゃんレモンちゃんレモンちゃんレモンちゃん……」
ダンジョンビル近くでタクシーを降りた俺は、再び走り出した。
筋肉痛に加え、運動不足の身体に苛つきを覚えつつも頭にあるのは、レモンちゃんの安否ばかり。
彼女の事を考えるだけで、彼女が今どうなってるかを想像するだけで、苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、気が狂いそうになる。
レモンちゃんの現状が知りたくて知りたくて、たまらない。
あまりにも気が急いて急いて、仕方ない。
「……レモンちゃんも、まさか、こんな気持ち、……いや、これ以上、なのか?」
ふと考えるは、レモンちゃんの、ザクロ義姉ちゃんに対する気持ちについて。
レモンちゃんがフラスクに攫われた程度で、俺は、ここまで気が狂いそうになっている。
一時間でも一分でも一秒でもコンマ一秒でも、可能な限り出来るだけ早く、早く早く早く、レモンちゃんを助け出したいと、滅茶苦茶気が急いている。
けど、よく考えたら、実の母親が行方不明になったレモンちゃんは、この比じゃないくらいの苦しみを味わってる、という事にならないか?
「レモンちゃんが、仮に地下二百一階で行方不明になったら、俺…………」
もし、レモンちゃんがザクロ義姉ちゃんと同じ状況になったら、俺は、絶対、必死になって、ダンジョンアタックに精を出すだろう。
たとえ命がけだとしても、それこそ血眼になって、文字通り死んでも、レモンちゃんを探すだろう。
いてもたっても居られなくなって、会社を辞めてでも、何があっても、なにがなんでも、無理矢理にでも、誰に何を言われようと、レモンちゃんを捜索し続けるだろう。
「俺は、レモンちゃんに、なんて事を……」
ザクロ義姉ちゃんは、もともとアタッカー志望だった。
たから、いつどこで死んでも自己責任だっていう思考が、俺の頭の片隅にあった。
でも、レモンちゃんにとっては、世界でたった一人の母親なんだ。
なにものにも代えられない、唯一の存在なんだ。
レモンちゃんにとっては、俺なんかよりもっともっともっと、とてつもなく大切な存在なんだ。
そう、俺にとってのレモンちゃんみたいに、果てしないレベルの、かけがえのない存在なんだ。
そんな存在を、ケント義兄さんも俺も、まともに探そうとせず、唯一まだ手伝っていた俺に、俺に、……ザクロ義姉ちゃんはどうせ死んでると言われ、挙句、お前がやってる事は無駄だとまで言われて、……レモンちゃんは、どれだけ悲しかった事だろうか。
どれだけ、苦しかっただろうか。
どれだけ、泣きたかっただろうか。
そして、レモンちゃんの気持ちにまともに寄り添わず、大人の勝手な都合を押し付けようとした俺は、どれだけ、どれだけ馬鹿だったのか……。
今思い出すだけで、自分にクソ程ムカついてくる。
「結局、レモンちゃんの言ってた通りかよ……」
俺は、レモンちゃんじゃなくて、俺を大切にしていただけなんだ。
レモンちゃんが死んだら嫌だからと、危険なダンジョンアタックは辞めて大学に入れと、ケント義兄さんと一緒になって意見を押し付けようして。
自分がレモンちゃんと同じ立場だったらなんて、一切考えもせず。
レモンちゃんがフラスクに攫われるなんて、とんでもない事件が起こるまで、それに気づけなかった、俺は、俺は……、本当にどうしようもない、大馬鹿野郎だ。
でも、そんな馬鹿をレモンちゃんは今も守ってくれようとしている。
助けようとしてくれている。
「……レモンちゃんに助けてもらうの、これで、二度目、か」
一度目は、俺がリストラされた時。
パソコンを買う為に貯めていた三十万を、レモンちゃんの全財産を俺にくれた、あの時。
当時の俺は、もうなにもかもどうでもいいと、心の底から、本気で思ってた。
伝えるつもりもなかったけど、大好きだった上司にミスをなすりつけられて、裏切られて、自暴自棄になって、なげやりになって、家に引きこもっていた。
もう、なにもかもが、全部がどうでもよかった。世界がどうでもよくなってた。
それくらい、俺は、上司が……好き、だったんだ。
そうやってふさぎ込んでた俺に、レモンちゃんは、真心のこもった、優しい言葉をくれた。
――おじさん? お金、これだけじゃ足りないかもしれないけど、使い切るまでは、せめてお金の事気にしないで、ゆっくり休んでね?――
当時小学六年生の女の子が、たった十一歳の子供がだぞ!?
ありったけのお金を俺に差し出して、ここまで言ってくれたんだ!
俺の身も心も、ほんっとーにまるごと! レモンちゃんは救ってくれたんだ!
そして今も、レモンちゃんは俺を守ってくれている!
俺が身バレしたくないっていう気持ちを尊重してくれている!
フラスクに何をされてもおかしくない状況でだ!
俺の心も身体も全て守ろうと――命をかけてくれている!
「だったら俺も、レモンちゃんの全部を救わないでどうする!」
ありったけのお金と命を、惜しむことなく俺の為に使えるレモンちゃん。
そんな彼女の我儘を、お母さんに生きて帰って欲しいと言う願いを俺が叶えてやらないでどうする!?
それ以外に、家凸や身バレの恐怖から命を張って守ってくれている彼女に、何が返せるっていうんだ!
ここまでしてもらっておいて! さんざん助けてもらっておいて!
彼女の心からの願いを叶えてやれないで、何がレモンちゃん以外どうでもいいだよ!
「レモンちゃんは、絶対に俺が守る!」
本当にレモンちゃんを想うのなら――ダンジョンアタックなんて危険な行為、全部引き受けろよ!
ザクロ義姉ちゃんの救出を、俺自身が見事達成してみせろよ!
錬金術をよく分かってないのに、世界樹の樹液を作れるんだから!
これからは錬金術もダンジョンアタックも頑張ってこなして!
たとえザクロ義姉ちゃんが死んでいたとしても!
たとえ肉体がなかったとしても!
たとえ魂さえなかったとしても!
必ず、何があっても必ず!
ザクロ義姉ちゃんを――レモンちゃんの元に帰してみせろよ!
俺を助けようとしてくれているレモンちゃんの為に! 叔父の俺が頑張らないでどうするよ!?
正真正銘、命を懸けられないでどうするよ!?
お母さんに会いたいと泣き叫んだレモンちゃんに、アタッカーを引退しろと言ったこの俺を!
あれだけお母さんに生きていて欲しいレモンちゃんに、お母さんは死んでると言ったこの俺を!
彼女の何かもを救わなかった! 救おうともしなかったこの俺を!
レモンちゃんは今でも――想って、くれているんだぞ!?
だったら、だったらもうさ! 覚悟決めろよ!
だって、だって、お前はさあ!
「レモンちゃんの――」
ばつん。
俺は自身の顔面を、両手で覆う様に思いきり叩き、そのまま、前髪を乱暴にかき上げた。
「――叔父さんだろう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます