033 湯之谷カハイを助けたデメリット。

 レモンちゃんが殺されるとか聞いたら、配信を見ざるを得ない。

 でも、自分のスマホで配信までたどり着く時間が惜しいので、視聴中の三人に声をかける事にした。


「ちょ、ちょっとごめん! 一緒に見させてくれるかな!?」

「リーダーも気になるんですね? どうぞどうぞ。ここにお座り下さい」

「いや立って見てるから! 君は座ってていいから! ありがとね!」


 教育係の子が椅子まで譲ってくれたけど、さっすがに遠慮する。

 新人達が「赤城との試合すごかったっす! 尊敬っす!」「リアルでマジパネエっす!」とか褒めてくれてとんでもなく恥ずかしかったけどまあそれはどうでもいいとして。

 なにはともあれレモンちゃんの配信だ。


『――んびんに済ませたかったんですけどねえ?』


 壁に背中を預け、地べたに女の子座りしているレモンちゃん。

 そんな彼女の太ももを体重をかけてぐりぐり踏み、更にロングソードの切先を向けているのは、有名アイテム会社【ホーエンハイマー】の会長の息子、フラスク・テオフラスト(18)。

 余命いくばかの会長を救う為、深層で見つけたギガポーションを、文字通りパーティー全員を病院送りにしてまで手に入れた深層アタッカーだ。

 彼はいかにも人畜無害な人当たりの良さそうな笑顔で、レモンちゃんに頼んだ。


『もう一度お願いさせて頂きますね? エリクサーを作れる貴女のおじさん、ボクに紹介して下さいませんか?』


 彼のにこにこ笑顔が、画面越しに見てる俺ですら妙に怖い。


『……いやよ』

『いったい、なにがお嫌なのでしょうか? 貴女のおじさんが有名になりたくないのは理解しました。ですので、一切他言しない事をお約束しますと申し上げておりますのに』

『アンタが信用できない』


 辛辣な評価を下されたフラスクは、残念そうな顔で剣の切先をレモンちゃんの額に軽く押し当てた。

 レモンちゃんの額から、一滴の血が溢れ出て来た。


『いくら自分のおじいちゃん?の為だからって、ギガポーションの為にパーティー全員を病院送りにした。そんな犯罪者とおじさんを会わせる訳にはいかな、いい゛っ!?』


 がりっ。

 フラスクは額に押し当てた剣をそのまま振り下ろし、レモンちゃんの右胸の前で止めた。

 彼女の額からは、さっき以上の血がだらだらと流れはじめた。


『貴女のおじさんに、乱暴な事はしません。お約束します。ですので、今一度再検討をお願い致します。おじさんをボクに、紹介して頂けませんでしょうか?』


 やってる事がやってる事じゃなきゃ好青年と勘違いする様な笑みで、レモンちゃんに再度頼むフラスク。


『アタシに乱暴しておいて、説得力なさ過ぎ! おことわりよ――お、おお゛、お゛おお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?』


 ずぶり。ずぶり。ずぶり。ずぶり。

 フラスクの剣が、レモンちゃんの柔らかな右胸に、ゆっくりゆっくりと、注ぎ込まれていく。


「レモンちゃん!? くそっ!」


 いつの間にか噛り付く様見ていたスマホに向かって、悪態をついてしまった。

 聞いたことのない程の痛々しい彼女の悲鳴に、俺は今すぐレモンちゃんを助けに走り出したい気持ちで満たされ溢れた。

 でも、彼女がどこに居るかが全然見当つかない。


「どうしたんすかリーダー? あ、まさかレモンのファン――」

「ごめんそれどころじゃない! レモンちゃん今何階いるのかな!?」


 レモンちゃんの位置情報を聞こうとしたが、思ってた以上に感情が高ぶってたのか、教育係の子の台詞にかぶせて大声を出してしまった。


「……え? いや、なん階、でしたっけ? お前ら覚えてる?」

「地下十三じゃなかったす――」

「ありがと! えと、課長! 急用で早退します! すみません!」


 とりあえず礼だけ言ってから、昼休みなのにまだ仕事をしていた課長に断りをいれておいた。


「は? え? あ、ああ、分か――」


 えらく驚いた表情をしていた課長の返事を聞き終える前に、失礼ながら俺は駆け出してしまった。


「お、おいおい! 走るな走るな! 一体何があった!?」


 あまりに気が急いているのもあって、課長の言葉に反応している時間すら惜しい。


「お先に失礼しますっ!」


 とりあえず全員に聞かせるつもりで叫んでからオフィスを出た。

 そのままエレベーターで一階まで降りて、会社の外へ。

 翼が生える薬草を使って空を飛んでいきたいが、慣れてないから途中で墜落して変に時間をくっても嫌だ。

 なので、丁度やってきたタクシーを捕まえ、レモンちゃんが普段使用しているダンジョンビルまで乗せてってもらう。

 普段タクシーなんて使わないからビルまでいくらかかるか分からないけど、時間的には電車で行くより圧倒的に早い筈。

 この際、お金なんて気にしてられない。

 それになにより、まだ配信を途中までしか見られてない!

 降りる駅とか時間とか音量を考えないで済むタクシーを選んで正解の筈!


「すみません運転者さん! イヤホンないんで音出します! すみませんごめんなさい!」

「いえいえ、どうぞどうぞお気になさらず」


 どうやって配信見るんだっけ!? なんて考えながらもたもたしてたせいか、配信は既に終了していた。

 なんとか配信のアーカイブを見つけ、またしてももたつきながらさっき見た所までシークバーを移動させてから、再生。


『――こんなに頼んでも、駄目ですか?』

『はっ、……は、…………はあ……あ゛あっ、ん゛、ぐうっ………』


 未だ胸に刺し込まれたままの剣の刃を握り締め、手を血まみれにしながらも、なんとか引き抜こうとしているレモンちゃん。


『あの、聞いてらっしゃいますか?』


 ずぶずぶずぶずぶずぶっ。

 フラスクの剣が、レモンちゃんの右胸を貫き――がきん。

 恐らく後ろの壁に、剣先が衝突した。


『あ゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?』


 レモンちゃんの悲鳴を聞いてるだけで、俺まで痛くなってくる。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。胸が苦しくてたまらない。


『素敵なお声を聞かせて頂いているところ誠に恐縮ですが、宜しければ答えてくださいますか? 貴女のおじさんを、紹介していただけませんか? ボクがこんなに頼んでも、まだ駄目ですか?』

『づあ゛あ゛めに゛、ぎま゛っでんでしょう゛、があああ゛あ゛っ!』


 歯茎から血が滲むほど食いしばり、レモンちゃんはハッキリと否定の言葉をクチにした。


『おじさんあ゛、優しい゛んだから゛! 甘いん゛だがら! アンタみたい゛なのが、近づいて、良い人じゃ、ないんだがら゛あ゛!』


 ばぎん。

 涙や鼻水で美しく装飾されたその顔で、フラスクをぎりりと力強く睨みつつ、己の右胸に刺しこまれた剣を、傷だらけの手で握り壊したレモンちゃん。


『おじざんに、近づかぜない゛がら! おじざんは、アダジが、まもる゛ん゛だがら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』


 レモンちゃんは膝に力を入れて懸命に立ち上がり――


『ごんな、ものお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!』


 ――胸に刺さっていた折れた剣を、引き抜いた。


『はっ……あ。はあ、ふっ…………はっ、はあ……ん』


 息を整えながら、腰ベルトのホルダーに入っているポーション瓶を指ではじいたレモンちゃん。

 すると、彼女の傷全てが一瞬で消え失せた。 

 よく分からないけど、多分スキルかなにかでポーションを使用したんだろう。


『一息つけましたか? では、改めてお願い致します。貴女のおじさん、ボクに紹介して頂けませんでしょうか?』

『…………おじさんね、エリクサー作った後、ネットのヤツらに探し回れてた時、誰かに家凸されたらどうしようって、すごく怖がってたのよ』

『……はて?』


 何を言い出すんだ?とばかりに戸惑いの表情を見せるフラスク。


『見ず知らずの、大勢の他人に自分が探されてる。自分と会いたがってる。それが怖いみたいでさ?』


 こうやって配信してる人に理解できるかどうか分からないけど、俺みたいなパンピーからしたら、不特定多数に探されるのがめっちゃくちゃ怖かった。

 毎晩毎晩、気が気じゃなくて寝辛かったよ。

 ミルクちゃんのおかげでそれも解消されたけど。


『ネット民相手でさえあんなに怖がってたのに、まさか仲間全員を病院送りにした深層アタッカーに探されてたなんて知ったら、おじさんどうかしらね? あんまりにも怖すぎて、アンタになんか会いたく無いって思うんじゃない?』


 正解も正解、大正解だ。

 フラスクなんていう準犯罪者には、出来れば俺の生活圏から出て行って欲しい。


『だから、おじさんの日常は、アタシが守ってあげなきゃ。アタシみたいな馬鹿に付き合ってくれるおじさんを、守らなきゃ』


 どういう意味で自分を馬鹿と言ったのかは分からないけど、こんな可愛い姪っ子に守ってもらえるなんて、叔父さん冥利に尽きるよね。

 できれば逆が理想だけど。


『今はまだ見てないと思うけど、後で知るだろうから、言っとくね!』


 しゃらん。

 レモンちゃんは、腰のホルダーからナイフを取り出し、逆手に構えた。


『おじさん! 何があっても出てきちゃ駄目だよ! アタシの事は何も気にしなくて大丈夫だから! だから、他の人に全部任せて、おじさんは大人しくお家で待っててね! 絶対だよ!?』

『…………はあ』


 白けた。

 顔でそう喋ったフラスクは、いかにもダルそうに呟いた。


『訳の分からない事をぐだぐだと、まったく。時間の無駄ですかね』


 がごおおおおおおおおん。

 フラスクは、いきなりレモンちゃんの顔面を片手で掴み、そのまま勢い良く、彼女の後頭部を壁にめり込ませた。


『――あ、あ……』


 頭から血を流し、うつ伏せに倒れ、身体をぴくぴくと痙攣させて気絶しているレモンちゃん。


『見てますかね? 棘姫さんのおじさん? まあ、見てなかったら、視聴者の誰かがクリップをいたる所に貼って下されば良いでしょう。みなさん、頼みましたよ?』


 倒れたままのレモンちゃんの頭を踏みつけ、さわやかな笑顔を披露するフラスク。


『えーと、棘姫さんのおじさん? 貴方は恐らく、湯之谷カハイさんの脚を治されましたよね? ボク、その回復薬が欲しいんです。譲っては頂けませんでしょうか? もし譲って頂けるのであれば、……そうですね。ダンジョンビルの受付に、祖父の秘書を寄越します。その方に渡して下さい』


 そう言ってから、フラスクは懐から一本の巻物を取り出した。

 あれは確か、転移のスクロール、だったか?


『棘姫さんを連れて、地下百一階のセーフルームで待ちます。待ちます。ずっと待ってます。一週間くらいは待ちます。祖父の余命がそれくらいなので。ですが、宜しければお急ぎ下さい。でないとボク、あまりに暇で暇でしょうがなくなって――』


 にこっ。

 まさかあの人がこんな事件を起こすなんて思ってもなかった。

 そんな感想が出そうなくらいの良い笑顔で、彼はとんでもない事を言ってのけた。


『――ひまつぶしに、棘姫さんで、遊んじゃいますからね?』


 ぺこり。

 礼儀正しく頭を下げてからレモンちゃんの片足を乱暴に持ち上げた。

 そして、転移のスクロールを使ったんだろう。一瞬でその場から消え去った。

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