035 命ヶ為タクミ、ダンジョンに足を踏み入れる。
ビルに入る前から周囲はざわついており、地下一階は妙に混雑していた。
普段全く利用しない俺でさえ分かる込み具合だ。
これは多分、レモンちゃんをフラスクが誘拐したのが原因だろう。
「なんでアンタが助けにいかねえんだよ! アンタ女神様だろ!? 頼むから棘姫を助けてやってくれよ、なあ!?」
受付あたりから、聞き覚えのある大声が響いてきた。
この声は多分、赤城君だ。
とりあえず受付まで向かいつつ話に耳を傾ける。
「ワシはダンジョンからモンスターが出て来ぬ為の蓋役にすぎん! 女神アルカナ本体を二十万八千六十一分割したうちの一人でしかないワシに、フラスクを倒す力はない!」
「んだよ畜生、つかえねえ女神だな!」
「ちょ!? つかえねえとはなんじゃお主、こんないたいけな女神をつかまえて! いや別に倒せなくとも封じられるが!? 余裕で封じられるが!? ちょちょいのちょいじゃが!? ここの蓋役を放り出せばの話じゃがな!?」
女神さまのクセして、赤城君のあんまりにあんまりな台詞に子供っぽく突っ込んだあーちゃん。
「だったらさっさとやってこいよ! モンスターならオレらが出て来ない様に見張ってるし!」
「……お主、まさかとは思うが、ワシがダンジョンの出入り口だけを蓋してるとおもっとらんか?」
「は? 違うのか?」
「んな訳ないじゃろが。ワシはの? 各階のモンスターが上の階にも下の階にも行けない様に封じとるんじゃ。でなきゃ、下層なんぞとっくにもっと強いモンスターどもに支配されておるわ。お主らが気軽にダンジョンアタック―なんて出来る状態じゃなくなっとるわ」
なるほど。
つまり、階ごと強さ別に整理整頓してモンスターを封じてるから、誰もが割とレジャー気分でダンジョンアタック出来る訳だ。
「この世界にダンジョンを生やす時はよう気を遣ったわい」
「そっか、わりい」
「分かれば良い。ともかく、ダンジョンを現状維持するだけで、ワシは手一杯じゃ――お?」
いくら混雑してても、俺が「すみません、通してくれますか?」と声をかけるだけで、皆が皆、剣聖だ剣聖だと驚きつつあっさり道を開けてくれた。
剣聖という恥ずかしい呼称が役に立った瞬間だった。
なっててよかった剣聖!
「おお、タクミ! ようきたの! して何用じゃ? まさかレモンを助けにきたとかか?」
「話が早くていいね! アタッカーの再申請もしてないし再講習も受けてないけど、今すぐダンジョン入れてくれる?」
無理だってんなら強引に押し通るだけだけど。
誰に止められても絶対にダンジョン入るから、念のためネクタイを引っ張って緩めておく。
隣で赤城君が「むちゃくちゃだな、おっさん」って呆れてるけどどうでもいい。
「だとよ? どうじゃ皆の衆?」
あーちゃんは後ろを向いて、他の受付嬢に聞いてみたが、全員が首を横に振った。
……そっか、まあそうなるよね。分かってたけどね。
となるとやっぱ、問答無用で押し通るしかないかな!
「全員の許可が取れたぞ! 行ってくるが良い!」
「うそでしょ!? 明らかに駄目って感じだったじゃん!?」
ごりっごりに首を真横に振ってなかったっけ!? みんなしてさあ!
「そうですよアルカナ様! わたしたち駄目だって言ってんですよ! なにパチこいてんですか!」
「お気に入りの方だからって、変に贔屓しないでくださいよ!」
「手続きとってない人を嘘吐いて通そうとするとか、アルカナ様馬鹿なんじゃないの!?」
首を振っていた人たちにガン責めされているあーちゃん若干涙目。
「それに、エリクサーを作った棘姫さんのおじさん、すぐ来るかもしれないじゃないですか! 待った方が早い可能性大ですよ!?」
あ、その説明、した方がいいかな?
――なんて思っていると、赤城君と一緒に俺を若干サンドイッチにしてた、眼鏡が似合う長身痩躯の金髪碧眼美女が声をあげた。
「来てくれたら、助かります! ほんと助かります! これで会長が助かるかもしんないんですし!」
「ほーえんはいまー社のお主からしたら、そうじゃろうの」
え、この人があの、フラスクが寄越した会長の秘書?
ぱっと見、結構若いな? 新卒って言われても不思議じゃないくらいだ。
ポニーテールがゆらゆらと魅力的に揺れている。
顔色が悪いのだけがちょっと気になるけど。
「医者にはエリクサーでも治らないと匙をなげられましたからねえ! フラスクぼっちゃんは、人として絶対にやっちゃいけない事してますけど! それでも、……申し訳ないですけど、嬉しいんですよこちらとして――ほぐうっ!?」
大変申し訳ございません。
苛つきすぎて脛を蹴ってしまいました。
おやおや、尻餅をつかせてしまって、失礼致しました。
謝罪は後日、改めてさせて頂きたくなんて全然ないと存じます。
「なにするんですか貴方!? 社会的に抹殺しますよ!?」
とんでもない発言をする彼女に対して、俺は自身の正体を示した。
「どうも、エリクサー作ってるレモンちゃんのおじさんです」
「……あっ」
――ざわり。
周囲の視線が一気に俺に集まったのは気のせいじゃないだろう。
今までこの事は隠していくつもりだったけど、もう必要ない。
隠していたからこそ、レモンちゃんがフラスクに攫われる悲劇が起きたんだ。
矢面に立つのは、俺だけで十分だ。
「ま、まま、誠に申し訳ございません! うちのフラスクぼっちゃんが、このような事件を引き起こしてしまい! 大変申し訳御座いませんでした!」
彼女は見事な土下座をかまして、必死に謝って来た。
「……フラスクが欲しがってる回復薬、俺、彼の為になんかわざわざ作りませんからね? これから俺が直接レモンちゃん助けに行くんで。必要ないんで」
「それは――」
俺の言葉に思わず頭を上げた彼女は、ぐっと、何かを飲み込んだような、酷く苦しそうな表情を見せた。
それでももう一度地面に額を擦り付け、今にも泣きそうな声で、はっきりと言った。
「――当然です! 作って下さらなくて結構です! 本当に、本当に本当に本当に本当に! この度は、誠に、申し訳御座いませんでした!」
なんだろう、この謝りっぷりを見るに、彼女はフラスクに巻き込まれただけなんじゃないかと思えて来た。
いや、まあ彼女も会社もフラスクとグルになってる訳無いか。
「そして、ホーエンハイマー社は、貴方と、レモンさんと、そのお父様に、それ相応の賠償をお約束します! なんでもおっしゃって下さい! 出来る限りの事はさせて頂きます!」
この言い方だと多分、彼女も会社も、フラスクに巻き込まれただけなんだな。
まあそりゃそうか。会社がフラスクとグルになる意味が無いしな。会社は信用が大事だろうし。
だとしても今回の件で、ホーエンハイマーの株価、どんだけだだ下がるんだろうな。
株の事は良く知らないけど、想像しただけで凄い事になりそうだ。
「レモンちゃん達だけじゃなくて、俺にもですか?」
「はい! 既に会社の上役とも相談済みですので! ご安心ください!」
あーはい、それならまあ、そうだなあ。
……あ、良い事思いついた。
「なら、一つお聞きしますが、そちらの会社で、錬金術等を研究してたりしてませんか? 薬草を育てたりは?」
会社的に多分してると思うけど、実際は分からないから聞いてみる。
「し、しておりますが、それがどうかされましたか?」
「俺に対する賠償は、そちらの会社の錬金術の設備を使わせてもらう、というのは如何でしょう?」
これから俺は、ザクロ義姉ちゃんがどんな状況になっても生き返す覚悟で錬金に挑む。
だとしたら、いつまでもプランターでちまちま薬草ばっか育ててる訳にもいかないだろう。
三億程度の魔法の窯を使ってる訳にもいかないだろう。
「俺、これから錬金術頑張らないといけないんですけど、もちょっとちゃんとした設備でやりたいんですよね」
「承りました! 上にはそのようにお伝えしておきます ――あ、すみません申し遅れました! 私、こういう者です!」
すっかり忘れてた名刺交換を、俺達は済ませた。
ええっと、なになに?
会長秘書の、パイン・ジャムローションさんね?
「ホーエンハイマーを代表して、再度謝罪をさせて頂きます! この度は、誠に申し訳ございませんでした!」
名刺交換の際に顔を上げて立っていたパインさんは、再び土下座をしてくれた。
秘書が代表するのもどうかと思うけど、まあそのツッコミはどうでもいいとして。
なにはともあれ、ここまでやってくれるのなら、ホーエンハイマー社も悪い会社じゃないんだろうなって思う。
ただ、フラスクがちょっと異常だっただけで。
「いえ、こちらこそ、脛を蹴ってしまって申し訳ございませんでした」
「とんでもございません! なんでしたら、私の脛くらい、お気が済むまでいくらでも蹴って下さい! どうぞ!」
パインさんはそう言って立ち上がり、俺に背を向け、壁に手を当てた。
脛を蹴りやすい様に、若干前傾姿勢になってくれた、のかな?
「さあ、どうぞ! 存分に! 私の脛をご堪能下さい!」
……ちょっと、なんかな、相手にするのが面倒になってきた。
正直今は急いでるし、このまま放置しておこう。放置プレイを存分にご堪能下さい。
「――だから、駄目ですってアルカナ様! いくら剣聖さんでも、緊急事態でも! 手続きは踏んでもらわなきゃいけません! 講習だって最低十時間は受けて頂かないと!」
俺がパインさんを放置プレイしている間に、あーちゃんは他の受付嬢に言い詰められていた。
「しかし、そうなるとレモンの救出が遅れるぞ? なんせ、深層に潜れるアタッカーが必要なんじゃからな?」
そういえばフラスクは、地下百一階のセーフルーム?で待ってるって言ってたっけ。
「深層に潜れるアタッカーは未だ数が少ないのは分かっておろう? 他のダンジョンの深層冒険者を募っておるが、まだまだ時間がかかるし、正直集まるかどうかも分からん。おまけに、そやつらに渡す報酬の問題もある。移動時間も人員選出の問題もある。強さのバラつきの問題もある。よって、他の者にレモン救出をまかせておったら、早くても明日からになろう」
明日って、遅すぎない!? ……いやでも、それでも早い方か、よく考えたら。
今回はただモンスターを倒すだけじゃなくて、深層のパーティーメンバー全員を病院送りにしたあのフラスクから、レモンちゃんを助け出す必要があるんだもんね。
だとしたら、人員は入念に選出する必要がある。
それを一日で済ましてくれるってんなら、早いっちゃ早い。べらぼうに早い。
早いけど――俺は、そんなに待てない。
一秒だって、待ちたくない。
こうして会話を聞いている時間さえ惜しいくらいだ。
さっきのパインさんとのやりとりだって、ぶっちゃけゲームばりにスキップしたかったくらいだ。
でも、焦っちゃだめだ。
こういう時こそ落ち着いて行動しろ、俺。
それが結局最短ルートだったりするんだから。
「お主、緊急事態だと分かってて、手続きだ講習だとぬかしておるのか?」
「そうですよ! だって! 剣聖さんが地下百一階に到着するの、絶対無理じゃないですか! だったら明日からでも問題ないはずです! 焦る必要なんてないはずです! 実力はともかく、剣聖はダンジョン入った事ないんですから! だから剣聖さん――」
受付嬢は、俺がダンジョン地下百一階まで辿り着けない――致命的な欠点を指摘してきた。
「――ダンジョンの地図、一階だって頭に入ってないでしょう!? 各階の出入り口の位置、ご存じないでしょう!?」
そっか、全然その事頭に無かったよ。
確かに、今すぐレモンちゃんを助けたい気持ちはある。
でも、ダンジョン内で迷子になる可能性があるんだ?
ダンジョンって、そんな広いんだ?
「剣聖さんを地下百一階まで道案内出来る人がいるなら、アルカナ様の意見に賛成してもいいですけど! でもそんな人、居ないじゃないですか! アルカナ様のおっしゃる通り、深層アタッカーは数が少ないですし! 報酬の話も人員の選出の話もありますし、まだまだ時間がかかるんですから!」
「むむむ、正論を言われてしまっては、どうしようもないわ……」
真っ当な言葉でやりこめられたあーちゃんは、申し訳なさそうな瞳で俺を見て来た。
でも、そうだな。
道案内してくれる人が居ないと、確かに無理があるか。
俺が迷って、結局何日もレモンちゃんを待たせる事になるのは嫌だ。
……いや、でも、待てよ?
カハイさん、なら?
彼女なら、地下二百階まで行ってる筈だから、案内、出来そうだけど。
ここは一旦家に帰って、カハイさんに協力を申し出る必要があるか?
彼女、外出してなきゃいいけど……。
「カハイさん、こんな時、居てくれたらいいのになあ」
――なんて、ぼやいた瞬間だった。
ぼふん。
目の前で爆発が起き、大きな煙があがった。
あまりに突然が過ぎて驚いた俺は、たたらを踏み後方にバランスを崩しかけた。転びそうだった。
俺がそうやって戸惑っていると、煙の中から何故か――美しき巨乳シングルマザー、カハイさんが現れたあ!?
彼女はいきなり俺の首めがけて飛びつき、優しく抱きしめてくれた!
崩れかけていたバランスは完全に崩壊し、俺はカハイさんに押し倒される形となった!
「はあい♡ 呼びましたあ?」
呼んだよ!? 呼んだけど、いきなり目の前に出て来るとは思ってなかったよ!
いや確かに、世界樹の樹液を使った時、俺が呼んだら秒で来るって言ってたけど、マジだとは思わないじゃん!?
いや、そんなの今はどうでもいいか!
それよりもまず彼女に聞かなきゃいけない事がある!
「呼んだ呼んだ! カハイさん、地下百一階のセーフルームまでの道のり、分かる!?」
「ええ、二百階まではマッピング済なので最短ルートをお教えできますよ?」
彼女は眼前の虚空を指に引っかけ、まるで下に引っぺがすかの様に指を動かし、魔法かスキルかでホログラム的なミニマップを表示してくれた。
「アタッカーを引退した身なので転移スクとかは売っちゃいましたけど、ルート案内ならお任せ下さい!」
多分、カハイさんも事情を把握しているんだろう。
だからこそ、こうやって前の約束通り、秒で来てくれたに違いない。
ありがたい。実にありがたい。
「おお、これで問題なさそうじゃの! のう、どうじゃ!?」
あーちゃんはさっき言い争ってた受付嬢に、どこか得意げにそう聞いた。
「…………許可します」
本当は許可したくないんだろう、どこか苦い表情をしているの受付嬢さん。
臨機応変な対応、ありがとうございます。
「では、はい、剣聖さん。これを貸し出させて頂きます。ちゃんと生きて戻って、お返し下さいね?」
受付嬢から、小さな……ドローン?みたいなのを受け取った。
「アタッカーは配信が義務となっております。いざという時の救出の為や、行方不明者を出さないための処置です。今回は緊急の貸し出しですので、ウチの公式チャンネルで配信されます。それと、剣聖さんは配信用ドローンカメラの使い方がお分かりでないと存じますので、配信は既に開始させて頂きました。現在、公式チャンネルで生配信中です。ご了承下さい」
なるほどね。
アタッカーは全員、怪我とかで動けなくなったり、その他色んな緊急事態に対応する為とかに配信してるんだね?
だとしたら、モンスタートレインに巻き込まれたミルクちゃんをレモンちゃんが助けたのって、割と偶然じゃないって事なのかな?
いやしかし、生配信がもう始まってるのは、面倒がなくていいや。
「よし、では行ってこい! あとは転移のスクロールか! どうせだれぞ持っとるヤツおるじゃろ! 渡してやるが良い!」
ダンジョンの入り口に急ぐ中、見るからに俺より年配のおっちゃんが気前よく【八十一階層への転移スクロール】をくれた。
やった、これでだいぶ時間を短縮できる!
「剣聖様よ! アンタの活躍、期待してんぜ!?」
ばしん。
おっちゃんに景気よく背中を叩かれ――俺は、カハイさんと共に――ダンジョンアタックに挑むのであった。
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