はぐれ者たちの夜2
宴が少し落ち着き、俺たちが焚き火を囲んで、燃え盛る炎をぼんやりと眺めている時だった。
「ていうか、そもそも、この部活ってどうやって始まったんすか? なんか、面白そうだけど、何やってんのか、よく分かんねえし!」
大地の、純粋な質問。その場にいた全員が、答えを知らない、協会の根源に関わる問い。
栞先輩を除くメンバーは一年だ。つまりこの部活は栞先輩が結成したことになる。
彩良も、詩織も、響も、みんな、自然と栞先輩の方を見ていた。
彼女は、すぐには答えなかった。ただ、燃え盛る焚き火の炎に、自分の過去を重ねるように、じっと視線を落としている。パチパチ、と、薪が爆ぜる音だけが、夏の夜の静寂に響く。
やがて、彼女は、顔を上げた。
「……私の祖父母が、昔、この街で、小さな喫茶店を営んでいたんです」
「え、喫茶店!?」と彩良が声を上げる。
「はい。お店の名前は、『純喫茶ランプ』。駅前の再開発でなくなってしまった、あの古い商店街の一角にありました。琥珀色のランプの光が綺麗な、本当に素敵なお店でした」
「ああ、なんか、覚えてるかもしんねえ……。すげえ美味いナポリタン出す店、なかったすか?」
大地の言葉に、栞先輩は、嬉しそうに、少しだけ泣きそうに、微笑んだ。
「……はい。祖母の、自慢のナポリタンでした」
彼女は、ぽつり、ぽつりと、語り始めた。
コーヒーの匂い、レコードの音、祖父母の笑顔。彼女の世界の全てだったという、その場所。
再開発で、その店が失われた時の、無力感。大好きだった場所が、自分の記憶の中からさえ、少しずつ薄れていってしまう、恐怖。
「その時の、喪失感と、無力感。それを、どうすればいいか分からなくて。私は、失われた喫茶店の記録を、ただ必死に集めて、一冊のレポートにまとめたんです。そうでもしないと、私は、私の一部を、完全に見失ってしまいそうだったから」
詩織が、無意識に、自分の手をぎゅっと握りしめるのを、俺は見逃さなかった。彼女は、栞先輩のその痛みを、誰よりも深く、理解しているのだ。
「そして、一年生の冬。そのレポートを、美術教師だった九条先生に、提出しました。ただ、誰かに、その場所が確かに存在したということを、知っておいてほしかったんです」
「うわ……なんか、今の私たちと、似てる……」
彩良が、感嘆の声を漏らす。
「先生は、それを読んで、『面白い』とだけ。そして、私が『活動場所が欲しい』とお願いすると、こう言ったんです」
栞先輩は、そこで一度、俺たちの顔を、一人一人、順番に見回した。その視線が、俺の瞳の上で、一瞬だけ、長く留まる。
「『その代わり、あんたはこの活動を「同好会」にしな。そして、あんたみたいな変わり者の受け皿になりな。私も、そういう連中を観察するのは嫌いじゃない』……と」
その言葉が、語られた瞬間、俺の呼吸が、一瞬だけ、止まった。
俺は、炎に照らされた仲間たちの顔を、ゆっくりと見回した。
音にしか世界の真実を見出せない男。
太陽のように笑う、秘密を抱えた少女。
記憶と向き合い、必死に戦う少女。
そして、論理という名の鎧で、世界から心を閉ざしていた、俺。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。これまで感じてきた、この場所での居心地の良さ、その全てのピースが、カチリと音を立てて嵌まったような気がした。
◇◇◇
栞先輩の話が終わり、一瞬、焚き火が爆ぜる音だけが響いた。
誰もが、今語られたばかりの、この場所の「始まりの物語」を、自分の心の中で反芻していた。
最初に口を開いたのは、この物語の唯一の「部外者」である、大地だった。
「……すげえな、栞先輩」
彼は、いつもの軽口とは全く違う、心からの尊敬を込めた声で言った。
「俺、なんか、ただ昔のものを撮ってるだけの部活なんだと思ってた。……違うんすね。先輩の、宝物を守るための、戦いだったんだ」
その言葉に、栞先輩は、少しだけ照れたように、はにかんだ。
「大げさですよ、夏川くん」
「でも、そっかー!」
次に、彩良が、何かを吹っ切るように、大きな声を出した。
「『変わり者の受け皿』ってことはさ! つまり、わたしたちは、栞先輩が見つけてくれた、はぐれ者の『仲間』ってことだ! なんだか、秘密結社みたいで、カッコよくない!?」
「……ああ。この場所の音は、最初から、そう鳴っていた」
響が、目を閉じたまま、静かに同意する。
「……ありがとうございます、栞先輩。ここを作ってくれて」
詩織が、心の底からの感謝を、小さな、しかし、凛とした声で告げた。
変わり者。はぐれ者。
そうだ。俺たちは、全員、何かが欠けていて、何かが歪んでいて、普通の世界からは、ほんの少しだけ、はみ出してしまった人間なんだ。
だが、ここでは、それが許される。いや、それこそが、ここにいるための資格なのだ。
やがて、それまで勢いよく燃えていた焚き火の炎が、少しだけ、弱くなった。
それまで俺たちの顔を明るく照らしていた光が揺らぎ、夜の闇が、ほんの少しだけ、俺たちの輪郭を濃くする。ふっと、潮風が吹き抜け、彩良が、小さく肩をすくめた。
俺は、その輪から少しだけ離れた場所で、静かに立ち上がった。
そして、そばに積んであった薪の中から、一番、形の良いものを一本だけ選び出すと、弱くなった焚き火の中心に、そっと、くべた。
パチッ、と、新しい火の粉が夜空に舞い上がる。
炎は、再び勢いを取り戻し、俺たちの顔を、より一層、温かく照らし出した。
俺は、何も言わずに、また、元の場所に戻って、座った。
ただ、それだけだった。
彩良が、その俺の行動を見て、ニッと、いたずらっぽく笑ったのを、見ないふりをした。
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