はぐれ者たちの夜1
気まずいような、でも、どこか温かいような、不思議な沈黙が、部屋に落ちた。
その沈黙を、破ったのは、やはり彩良だった。彼女は、何かを吹っ切るように、バンッ、と大げさに自分の膝を叩いた。
「ねえ! なんか、しんみりしちゃったね!こういう時こそ、パーっと楽しまなきゃ! 夕ご飯、バーベキューにしない!? お肉いっぱい食べて、元気出そうよ!」
その、あまりに唐突で、しかし、力強い提案。それは、この重苦しい空気をどうにかしたいという、彼女なりの、不器用な優しさだった。
「……いいですね。外の空気を吸うのも、気分転換になりますし」
栞先輩が、静かに同意する。
「……うん、楽しそう」
詩織も、小さく頷いた。
全員の視線が、ソファの隅の、響に集まる。彼は、毛布の中から、少しだけ顔を上げて、こくりと頷いた。
その態度には、まだ弱々しさが残っていたが、拒絶の色はなかった。
こうして、彩良の鶴の一声で、俺たちの夕食はバーベキューに決まった。
混沌とした午後の部は終わり、夜の部の、新たな混沌が、始まろうとしていた。
◇◇◇
夕食の準備が全て整い、火床にかけられた網の上で、じゅう、と肉の焼ける香ばしい匂いと音が、夏の宵闇に立ち上り始めていた。
俺が半ば強引に立てたプランの下、誰もが自分の役割を黙々とこなしている。その、静かで効率的な光景に、俺はトングを片手に、静かな満足感を覚えていた。
「おーーーっす! いい匂いしてんじゃんか!」
その完璧な静寂を切り裂くように、聞き慣れた、能天気な声が響いた。
振り返ると、そこには、サッカー部の練習着のまま、汗だくの夏川大地が、ニヤニヤしながら立っていた。俺の肩が、無意識にこわばる。
「な……なぜ、お前がここにいる」
「彩良ちゃんに呼ばれたからに決まってんだろ? 『凪が、仲間外れにされて、いじけてるから助けに来て』ってLINEが来たんでな!」
「なっ……! 彩良、お前……!」
「えへへ、サプライズ大成功!」
彩良が、悪戯っぽく舌を出す。
俺の日常の象徴であり、最大のノイズ源。それがまたもや、俺の非日常であるこいつらと、混ざり合う。
俺は、自分がどちらの世界に属しているのか、その立ち位置が、急に曖昧になるような、強烈な居心地の悪さを感じた。
「うっす! 凪のダチの、夏川大地です! ポジションはフォワードです! よろしくお願いします!」
大地の、太陽のような自己紹介。彩良と響が、すぐに大地を輪の中に招き入れる。栞先輩も、詩織も、楽しそうに微笑んでいる。
俺は、その輪から一歩だけ引いた場所で、ただ、その光景を見ていた。握りしめていたトングの金属の感触だけが、妙にリアルだった。
バーベキューは、大地の参加で、さらに賑やかさを増していた。
肉の焼ける音、仲間たちの笑い声、遠くから聞こえる波の音。それら全てが、夏の夜の闇に溶けていく。
「凪、お前、ちゃんと食ってんのか? ほら、肉焼けたぞ!」
大地が、分厚い肉を豪快に俺の皿に放り込んでくる。
「よせ。俺は自分のペースで……」
「いーじゃんいーじゃん! 凪くん、司令塔で頑張ったんだから、いっぱい食べなきゃ!」
彩良が、ピーマンの丸焼きを俺の皿に追加する。俺の完璧だったはずの食事計画が、彼らの善意という名の無秩序によって、いとも容易く破壊されていく。
「うまっ! この肉、やっぱ炭火で焼くと違うな!」
大地が、口いっぱいに肉を頬張りながら叫ぶ。
「でしょー! わたし、お肉にはちょっとうるさいんだから! あ、響、ちゃんと食べてる? あんた、すぐご飯食べるの忘れるんだから!」
彩良が、少し離れた場所で、マイクを片手に肉を凝視している響に声をかける。
「……考え中だ。牛肉の脂が炭に落ちて蒸発する際に発生する音響スペクトルは、非常に興味深い」
「いいから食え!」
俺は、そのやり取りを、呆れた顔で見つめていた。だが、その光景は、不思議と不快ではなかった。
やがて、大地の悪気ない一言が、会話のきっかけになった。
「いやー、それにしても、凪に友達ができて、俺は嬉しいっすよ! しかも、こんな可愛い子ばっかで!……にしても、この部活、『しおり』って名前、二人もいるんすね! ややこしくないすか?」
「えへへ、よく言われるー!」と彩良が笑う。
「最初は、わたしも『しおりちゃん』って呼んでて、『はーい』って二人から返事されちゃったりして、大変だったんだよ?」
「まあ、私の方は『栞先輩』って呼ばれるから、最近は間違えなくなったけどな」
大地が「なるほど!」と頷いていると、栞先輩が、悪戯っぽく微笑んだ。
「それに、私と詩織さんは、全然違いますよ。私は、こうしてすぐに眼鏡にタレを飛ばしますし」
「あはは! 栞先輩、ドジっ子だもんね!」
「彩良さん、それを言わない約束では……」
栞先輩が恥ずかしさで顔を赤らめる。
「詩織ちゃんは、お菓子作りの天才で、すっごく優しいの! わたしの自慢の親友!」
彩良と栞先輩の、まるで姉妹のような軽快なやり取り。俺は、その賑やかな会話の熱量から少しだけ距離を置き、黙って肉を口に運んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます