第4話 い、いつから起きてたのおおお!?
フワフワとした足取りで家に帰り、 布団に潜り込んだあとも、顔が熱くて眠れなかった。
「……私、なんで“うん”なんて言っちゃったのよ……!」
枕を抱きしめてジタバタ転がり、思い出してはまたにやけて、結局ろくに眠れないまま夜が明けていく。
——ピンポーン。
けたたましいチャイムの音に飛び起きた。
時計を見れば、まだ朝6時前。
(な、なに!? こんな早朝に……何か事件!? それとも宗教勧誘!?)
再度、チャイムが鳴る。
恐る恐るインターホンのモニターを覗き込むと——。
そこに立っていたのは、にこにこと手を振る
(……はあああああ!?!?!?)
声にならない悲鳴が喉に詰まる。
驚きで心臓が暴れるのに、不思議と胸の奥がじんわり温かい。
その混じり合った感情のまま、気づけばオートロックの解除ボタンを押していた。
(やばっ……寝ぐせ&すっぴん……!)
玄関に碧が来るまでのわずかな時間——
慌てて髪を整えたが化粧をする余裕はまったくなかった。
とりあえず洗顔だけして、伊達眼鏡をかけて誤魔化す。
ノーブラなのも気になって、慌ててパジャマの上からカーディガンを羽織った。
「……家に来てもいい、とは言ったけど。まさかこんなすぐに来るなんて」
頭を抱える私に、玄関先の碧はにこにこと笑って言う。
「来ちゃった」
ズキュウウウン
心臓を直撃する破壊力。
とりあえずリビングに通して、慌てて飲み物を差し出す。
「でも、勤務先のバーの近くに住んでるんじゃないっけ? なんでわざわざ……」
碧はにこっと笑って答えた。
「おねーさんに会いたかったから」
背後で子犬のしっぽがパタパタと揺れているのが見えた気がした。
「おねーさん、眼鏡もかわいいね」
真正面から無邪気に見つめられて、胸が詰まる。
「ングッ!!」
「ご、ごめんちょっとトイレ!」
慌てて席を立ち、洗面所に駆け込む。
鏡に映った自分の顔は、真っ赤に染まっていた。
(かわいすぎる! これだけで心臓もたん! これでまたキスとかされちゃったら……)
口元を押さえた瞬間、鼻の奥がツンと熱くなる。
(もしかして……鼻血、出る……!?)
……だめだ、このままじゃ本当に倒れる。
必死で頭を冷やそうと、私はあの“蛙化現象”を思い出す。
シェイカー二刀流でマラカス芸人よろしくリズムを刻んでいた碧の姿。
しかもノリノリで、ちょっとドヤ顔つき。
(ぷっ……あれはさすがに笑った……)
思い出した瞬間、胸の高鳴りが少しだけ落ち着いていく。
(……うん、大丈夫、まだ正気を保てる……はず)
洗面所でどうにか落ち着きを取り戻し、リビングへ戻る。
そこでは
そこは私のジョ〇ョコレクション棚。
コミックス全巻はもちろん、アニメのDVDやゲームソフト、さらにフィギュアやグッズまで整然と並んでいる。
「すごい!全巻そろってるんだ!」
目を輝かせている碧は、さっきまで私をドキドキさせていた相手とは思えないほど無邪気だ。
視線はコミックスから順に、DVD、ゲーム、フィギュアへと移っていく。
「これっ!!」
指さしたのは、一番くじのラストワン賞——ココ・ジャ〇ボのフィギュア型ボックス。
「去年の一番くじのやつですよね。僕も欲しかったやつだ」
そんなふうに感動している碧を見て、私はちょっと誇らしくなる。
「碧くんもジョ〇ョ好きなんだね?」
碧は小首をかしげて笑った。
「やっぱ覚えてないんだ。おねーさんが初めてバーに来たとき、ジョ〇ョの話で盛り上がったんですよ」
「えっ、そうだっけ!?」
「ほら、僕の髪色。ジョ〇ノに憧れてこの色にしたんですよ」
「えええー!! まじか! ちょっと前髪にカーラーつけてみてほしいわ」
「……この間とまったく同じ反応するんですね」
クスクス笑う碧に、胸の奥がほんわか温かくなる。
「おねーさんち、落ち着くなぁ。……実家に帰ってきたみたいに居心地いいんだよね」
ソファに腰を下ろしながら言う碧の顔は、魔性のオトコどころか完全に子犬。
(……なんか、悪い意味じゃなく。やっぱりこの子は子犬なんだ)
張り詰めていた心がふっと緩み、肩の力が抜けていく。
そのとき、碧がふわぁと大きなあくびをした。
「あ、そうか。碧くん、いつもはこの時間寝てるんだよね」
「どうする? シャワー浴びてから寝る?」
何気なく言ったつもりが——。
「それって……誘ってる?」
一瞬、碧の瞳がふっと色を変える。
ぞわりと背筋を撫でるような気配に、思わず固まった。
「ち、ちがうゥゥーーッ!! そういう意味じゃあないィィーーーッ!!」
慌てて両手をぶんぶん振ると、碧はクスクス笑って肩を揺らす。
「冗談ですよ〜。……眠いんで今日はもう、ここで寝ます」
そう言ってソファにごろんと転がり、まるで子犬のようにあっさり寝息を立てはじめた。
(……あれれ? なんだ。やっぱりワンコじゃん)
拍子抜けしたように笑いながらも、その無防備な寝顔に胸がきゅっとなる。
ソファで眠る碧の寝顔を、私はついじっと見つめてしまった。
(……やっぱり可愛い。寝てると完全にワンコだな……)
気づけば、人差し指をそっと伸ばして——ほっぺをツン、とつつく。
「……柔らかっ! この張り! さすが二十代……!」
思わず興奮して、もう片方の頬もムニムニ。
(うわぁ、楽しい……!)
そのとき。
碧が寝返りを打ち、ツンと伸ばしていた私の指先に、唇がかすった。
「ひゃっ……!!」
心臓が跳ね上がる。
(な、なに今の……キスされた、みたい……!)
目の前の唇は、形がよくて、柔らかそうで。
もっと触れてみたい——そんな衝動に駆られてしまう。
そして吸い寄せられるように、私は顔を近づけていた。
そっと重ねた唇は、想像以上に優しくて、ほんの一瞬触れただけで全身に熱が走る。
「……っ!」
自分からしたくせに、心臓が破裂しそうになる。
慌てて顔を離そうとしたそのとき——。
ぐいっと手首を引かれ、ソファに押し倒される形になる。
(うそっ……起きてた!?)
驚きで頭が真っ白になる。
至近距離にある碧の顔、掴まれた手首、組み敷かれる体勢——すべてが非日常すぎて息が詰まる。
(このまま、キスされちゃうの……!?) 鼓動が爆発しそうなほど高鳴り、全身が熱くなる。
唇に意識が吸い寄せられ、時間がゆっくり流れていくみたいで——。
——でも次の瞬間。
碧の体重がドサッと覆いかぶさってきて。
「……すぅ……すぅ……」
耳元に届いたのは、規則正しい寝息だった。
(……寝ぼけてただけ……?)
張りつめていた力が一気に抜ける。
胸を押さえながら、熱のこもった頬を隠すように目をぎゅっと閉じた。
(よ、よかった……けど……顔が熱い……。私、何やってるのよ……)
安堵と照れで胸を押さえながらも、状況は何ひとつ解決していなかった。
——碧の身体はまだ、しっかりと私の肩にのしかかっている。
(……重い、でも起こしたら絶対気まずい……!)
そっと肩に手を添え、できるだけ音を立てないように横にずらそうとする。
——その瞬間、ふいに顔が近づいてしまった。
碧の吐息が頬をかすめて、心臓が跳ね上がる。
(うそっ……近い、近すぎる……!)
頬にかかる息だけで理性が溶けそうになり、思わず目をぎゅっと閉じてしまう。
必死に気を取り直し、もう一度そろりと腕を持ち上げる。
(お願いだから起きないで……! 今これ見られたら、私、死ぬ……!)
ようやく抜け出し、ソファの端にぺたりと座り込んだ。
(……もぉ……自爆で心臓止まるかと思った……)
恐る恐る振り返る。
本当に寝てる……よね?
規則正しい寝息を確認して、私は思わずふう~~っと崩れ落ちる。
(ああ、やってしまった。吸い寄せられてしまった……恐ろしい子……)
脳裏にゴゴゴゴ……と効果音が響く。
気を落ち着かせながら、ぐったり寝ている碧に視線を向ける。
(それにしても碧ったら、寝相悪すぎない? ベッドに移したいけど……無理、だよね)
せめてと思い、タオルケットをそっとかけてやる。
(今日は休日だから良かったけど……仕事ある日にも来てくれたりするのかな……)
そんなことを考えながら、私は着替えやら化粧を済ませ、碧が起きた時のために軽く食べられるものを作っておく。
「……よし、完璧」
一通り準備を終え、ソファの下に座って寝ている碧を見上げた。
その無防備な寝顔に胸がときめく。
(これって……まるで恋人同士みたいじゃない!?)
気づけば、そっと碧の頭をなでていた。
柔らかい髪が指に触れる。
そのとき。
「……そんなに撫でたら、止まらなくなりますよ?」
「ッッ!?!?」
耳元に落ちた声に、全身が跳ね上がる。
「い、いつから起きてたのおおお!?」
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