エピローグ「ミスト村の五年後」

 あれから、五年が経った。

 俺、藤堂拓海は、ミスト村の畑の真ん中に立っていた。

 かつて痩せた土地が広がっていた場所は、今や見渡す限りの豊かな農地へと変わっている。季節ごとに色とりどりの作物が育ち、その向こうには、レンガ造りの家々が立ち並ぶ、活気ある街の姿が見えた。

 ミスト村は、もはや「村」ではない。「ミストの街」として、この地域で最も豊かな場所になっていた。

「あなたー!お昼の時間ですよー!」

 遠くから、愛しい妻の声が聞こえる。声のする方へ視線を向けると、リナが、俺と彼女の間に生まれた三歳になる息子、ダイチの手を引いて、こちらへ歩いてくるところだった。

「おとーしゃん!」

 ダイチが短い足で、一生懸命に走ってくる。俺は彼をひょいと抱き上げ、高い高いをしてやった。息子の屈託のない笑い声が、青空に響き渡る。

「ほら、お弁当。今日は新しくできたカマドで焼いたパンのサンドイッチよ」

 リナが手渡してくれた籠の中には、ふわふわのパンに、新鮮な野菜と自家製のハムが挟まった、見るからに美味しそうなサンドイッチが入っていた。

「お、美味そう!ありがとう、リナ」

「きゅい!」

 俺の足元では、五年前と変わらず元気なポチが、尻尾を振ってお弁当を催促している。もちろん、お前の分もあるよ。

 辺境伯との約束通り、俺は農業指導官として領地中を回り、この国の農業技術を飛躍的に向上させた。今では、バルトラン辺境伯領は「大陸の穀倉」と呼ばれるまでになっている。

 俺が開発した芋焼酎やジャム、乾燥野菜などの特産品は、王都でも大人気だ。ミストの街には多くの商人が訪れ、経済も大きく潤った。

 貴族にはならなかったが、辺境伯は俺を「名誉男爵」に任命し、俺は「農聖」なんて大げさな二つ名で呼ばれるようにもなった。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 俺の幸せは、ここにある。

 愛する家族と、信頼できる仲間たち。そして、この豊かな大地。

「さあ、みんなで食べようか」

 俺たちは畑の脇にある大きな木の木陰にシートを広げ、お弁当を囲んだ。

 リナの作るサンドイッチは世界一美味しくて、ダイチは幸せそうに頬張り、ポチは満足げに喉を鳴らす。

 穏やかで、暖かくて、かけがえのない日常。

 俺は異世界に来て、最高の宝物を見つけた。

 三つの月が優しく見下ろすこの世界で、俺のスローライフは、これからもずっと、続いていく。

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辺境ぐらしの農業チート~追放された俺、聖女ともふもふと理想の村を作る~ 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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