九話目 魔法少女は憧れたい
「わあ! クリムセリアだ!」
「来てくれたんだ!」
道行く人をかき分け、私は全力で走る。
今はただ一瞬でも早く、魔人と戦いたかった。
「クリムセリア! 何人か逃げ遅れてるみたい! 気を付けて戦って!」
耳に入ってきた情報も、今は深く聞いていなかった。
ただただ、戦えば無心になれると思った。
――私が憧れた魔法少女は、そんな姿をしていないのに。
「……見つけた」
現場に到着した。そこには一体の魔人と……無数の魔獣。
今回の魔人は魔獣使役型ってことですよね。数で戦ってくるタイプ。
「おっ、来たか魔法少女」
「……わざわざ待っててくれたんですか?」
「おうよ。ゲリフリーダの奴がやられたって聞いたもんでな」
「ゲリ……?」
「おお、名前すら覚えられてねぇのか。かわいそうに、ざまぁみろだ」
かわいそうとざまぁみろが共存することってあるんですか?
なんて疑問も、今はどうでもいい。
「名乗らせてもらおう! 俺は三大極大魔人ランバナンダだ!」
「なんですか、その腹痛が痛いみたいな称号」
まあ、いいや。今はとにかく、憂さ晴らしの的になってもらおう。
炎が手元に生まれる。その形は歪み、弓となり、矢となる。これが今の私の武器、私の戦い方だから。
……ルミコーリアに手伝ってもらって、作り上げた。
「クリム・フレア!」
「行けぇ! 魔獣ども!」
……ちょっと数が多いかな。いったん距離を置かないと。
後ろに飛びながら、再度炎の矢を放って、とびかかってきてた魔獣を焼き払う。
こんなに威力を出せるのも、ルミコーリアが……違う、違う違う! 目の前の事を考えなきゃ!
首を横に振って、雑念を振り払う。
「その程度か、魔法少女!」
「っ!?」
いつの間にかに、魔獣に取り囲まれてしまってた。
数が多い。弓と矢じゃ、この数を対応するのは――。
「……大事なのは、イメージ。そして、それを実現する魔力制御」
その場で垂直にジャンプする。そのままだと、狙えないから。
空高く跳んで、地上を見下ろせば、円の形に広がってる魔獣たちがよく見えた。
炎の弓を引く。音は鳴らない。ただ、私の意思に反応してくれるように、ぱちりと火花が散った。
「広がれ! クリム・フレア!」
放った矢は、ただの炎の矢じゃない。少しだけ飛んで、いくつもの小さな炎の矢に分裂する。
いくつかは狙いから外れたけれど、きちんと魔獣たちを焼き払ってくれた。
障害のなくなった場所に、もう一度着地する。
「フハハ! そうでなくてはな!」
「笑ってる場合ですか? クリム・フレア!」
今度は魔人へ向かって、魔力をしっかりと込めた炎の矢を打ち込む。
もしも、普段相手にしている魔人なら、倒せてる火力だと思うけれど……。
「ふむ、まあこんなものか」
「っ!?」
「なんだ。あいつもこの程度の魔法少女にやられたのか。油断しすぎだな」
胴体に直接入ったのに、まるで効いてない!? いいや、効いてはいるみたい。その効果が薄いだけで。
もう何発か、連続して放つ。けれども、どれも有効打にはならない。
根本的に、火力が足りてない。
「流石に何発も食らうと痛いな」
「っ、そのまま倒れて!」
「無理な相談だ」
――負ける?
ちらりと、頭の中に可能性がよぎちゃった。すると、不思議なことに、これまで意識してなかったあれこれが噴き出してくる。負けたその後の、私の姿が。
「おっ、良い顔になったじゃねぇか」
顔? 今、私はどんな顔してるんだろう。わからない。わかりたくない、考えたくもない。
ああ、違う、違う違う違う。
倒す方法を考えないといけないのに。戦わないといけないのに。
どうして、私の体は震えるの?
「そのままでいて欲しいが、さっきのを連発されても嫌だな。……ってことでだ、後ろ見てみろ」
――子供の泣き声が、聞こえた。
振り向くと、離れた場所に、魔獣に捕まってる男の子がいた。
涙ぐんだ瞳で、こっちを見ている。助けてほしい、見捨てないでほしいと、必死に訴えてきてる。
『クリムセリア! 何人か逃げ遅れてるみたい! 気を付けて戦って!』
耳の奥に、今になってから言葉がよみがえる。
魔人が愉快気に、大きく口を歪ませた。
「知ってるぜぇ? お前らは、こうやると戦えなくなるんだよな?」
「……卑怯者」
「卑怯? 卑怯で結構! 俺は今日、ここに勝ちに来たんだよ! お前は何をしに来たんだ、魔法少女!」
言いながら、魔人の触手がしなり、私に襲い掛かる。
抵抗は――しない。
「カッ、ハッ」
衝撃で、胸の中にあった空気が全部たたき出された感じがする。
触手の一撃がこんなに重いだなんて、やっぱりこの魔人、今までのとは強さが全然違うっ!
「おっと、抵抗はするなよ?」
「……変態」
「口が減らないようで良かったぜ!」
その後も、何度かいい様にやられちゃう。
私が意識を失わなかったのは、わざと手加減されてるんじゃないかって思う。
それでも、叩かれ続けて、地面を何度も転がって、短い子供の悲鳴が聞こえてくる。血が出て、痛みが凄くって、もう立ち上がる気力も尽きてきた。
加えて、頭が朦朧としてきた時に、不思議と声が聞こえた。
私の声だった。
『良かったね』
……何が良かったの。
『だって、普通に戦っても勝てるかわからなかったんだから。あの子が人質に取られてくれてれば、きっと、私が負けたことを批判する声も少なくなる』
……そっか、そうだよね。
『良かったよね。このまま倒れておけば、全てが丸く収まるんだから』
――本当に?
『何が? だって、そうでしょ?』
そう、かも。
血が流れて、辛くて、意識もはっきりとしない。この声も、きっと私の幻聴でしかないんだと思う。
私の心の中を表す、弱い私の本音。今聞こえているのは、きっとそれ。
「……ははっ」
「ほう、まだ笑う余力が残っているのか」
体は動かない。けれど、すぐ側まであの魔人が来ているのは気配でわかる。
「お前らはいつもそうだ。希望だなんだと笑いながら、自分を犠牲にする馬鹿ばかり! この世で大事なのは、自分以外にいねぇってのによ! 本当に、おかしいったらありゃしないぜ!」
本当に、そう。
そう、なのかな? だって、私が憧れた魔法少女は――。
「その子の事を、笑うなあああああああああああああああああああああああ!」
――ああ、そうだ。
私の憧れた魔法少女は、いつだって諦めない。
「……ここらの周辺には邪魔が入らないように魔獣を監視につけてたはずだが?」
「全部倒した」
「全部だと? ははっ、だとしたら相当だな。お前、名前は?」
力を振り絞って顔を上げると、そこには私の憧れた魔法少女の姿があった。
「ルミコーリア。魔法少女、ルミコーリア。クリムセリアの、師匠だよ!」
ああ、強くてかっこいい。私が憧れた魔法少女。物語の主人公の姿が、そこにはあった。
「お前が、こんなことをしたんでいいんだよね?」
「ああ。だとしたら、どうする? どうせお前も、人質さえいれば戦えねぇんだろ!」
短く子供の悲鳴が上がる。離れた場所で捕まってる子が、きっと脅されてる。
ルミコーリア。ルミコーリアはこんな時、どうするの? どうすればいいの?
「ほらほら、手を出すんじゃねぇぞ! 手を出した瞬間、あの餓鬼の命は――」
「ほら、もう大丈夫」
姿が、消えた。
私の目の前にいたはずの魔法少女は、瞬きの間に姿を消していた。
代わりにそこにあったのは、吹き荒れる風。ルミコーリアが、走り去った後を示す風。
「怖かった。もう大丈夫だからね」
「うええぇぇぇぇぇぇえん」
「はいはい。大丈夫、大丈夫」
後ろの方で声が聞こえる。やり取りからして、ルミコーリアが男の子を助けたみたい。
笑っちゃう。やっぱり、ルミコーリアは強いや。
「お前、その強さ――」
魔人が言葉を言い終わる前に、今度は、魔人のすぐ側にいた魔獣たちがパァンと音を立ててはじけ飛んだ。
それをしたのは誰か。当然、ルミコーリアだ。
「これで魔獣は全部?」
「――ああ」
「じゃあ、もう人質は取れないね」
私が睨まれたわけじゃないのに、凄い怒ってるのが伝わってくる。
ルミコーリア、こんなに圧があるんだ。あの時、訓練場で私に向けられた圧でも軽い。
ああ、かっこいいなぁ。私もああなりたかったなぁ。
……本当に、もう駄目なのかな。もう、全部諦めた方が良いのかな。
『辞めたくは、ないのかな』
私は、なんであの質問に頷かなかったんだっけ。
美羽さんを見て、ルミコーリアを見て、私が憧れた魔法少女を思い出したから。
もう、私が憧れた魔法少女になることはできないのかな。
ここで、諦めれば、きっと、そうだ。
「ルミ、コーリア……っ!」
「クリムセリア!」
全力で、ふらふらする頭だけれど、なんとか立ち上がる。
ああ、地面に血が広がってる。いっぱいでてるや。これ、変身解いたらどうなるんだろう。
でも今はそんなこと考えてる状況じゃないや。
「大丈夫? すぐに魔人を倒すから――」
「私に、やらせてください」
「え?」
「横取りみたいでごめんなさい。でも、こいつを、私に倒させてください」
今後、私は想像よりも強い敵を目の前にしたときに同じように倒れてルミコーリアを待つの?
できるはずがない。そんなことするなら、魔法少女をあの時に辞めてた方がよかった。
誰かの足かせになるんじゃなくて。誰かのために戦いたい。
私が、魔法少女であるために、戦いたい……っ! 戦わないといけないっ!
「誰かのためにじゃない。今、初めて、私は自分のために戦いたいって思うんです」
「それは、でも……」
「お願いします」
視界はぐらぐら揺れてるし、頭も痛い。なんなら体中痛いし、足は上手く動かない。
それでも、私は魔法少女なんだ。憧れて望んだ魔法少女なんだ。
なら、私も誰かに望まれて、憧れられる魔法少女にならないといけない。
そのためには、ここで黙って敵が倒されるのを待ってちゃ、ダメなんだ。
「……わかった。でも、危なくなったらすぐに動くからね」
「ありがとうございます」
すれ違うように、ルミコーリアと立ち位置が入れ替わる。
ああ、なるほど。私はずっと理解してなかったけれど。
これが、魔法少女として戦うってことなんだ。みんなにちやほやされるわけでもない。町は壊れて、怒られるかもしれない。怪我した人に恨まれるかもしれない。
でも、助けられた人はいる。
「名前を、まだ名乗ってませんでしたね」
失うことを恐れない。救えたものを数えて行こう。それが、魔法少女の在り方なんだ。
「私の名前はクリムセリア。紅蓮の魔法少女、クリムセリア! 今! ここで! お前を倒して弱い私を乗り越えます!」
これは、私の魔法少女としての産声だ。いつか、世界にとどろかせてみせる、この名前も。
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