八話目 魔法少女は逃げ出したい

 大学の休憩時間、彩花と二人で雑談していた。正確には、ちょっと相談に乗ってもらっていた。


「はぁ」

「本当に辛そうだね。どしたん」

「いや、ちょっとね……」


 そうしているうちにも、ピコンとスマホの通知音。私の悩みの種だ。


「……スマホ、ずっとピコピコ鳴ってるけれど」

「うん、ちょっとね」


 取り出してみてみると、やはり芹香ちゃんからの連絡だった。


「どれどれ……うわ、凄い数だねぇ」

「彩花もそう思う……?」

「思う思う。随分と懐かれたものだね」


 私が常識知らずなだけなんじゃないかって思ってたけれど、やっぱりこれは多いらしい。

 開いてみると、今どこで何してるのかという質問の連絡だった。


 ここ最近、ずっと芹香ちゃんからの連絡に悩まされている。

 朝はおはようから、夜はお休みまで。おそらく、学校の授業がない時間以外はほぼほぼ連絡がきっぱなしな気がするぐらいまめに連絡を送ってくる。

 食べたご飯の内容とかも送ってきてくれるんだけれど、それを見てどう反応しろとと思ってしまう私は薄情者なんだろうか。可愛いねとか、よく食べたねとか、当たり障りのない返事を今のところ返しているけれども。


「この子が面倒見てあげてる子、でいいんだよね?」

「うん。ねぇ、今時の子ってこのぐらい連絡取り合うのが普通なのかな……」

「さあ……? 妹がいるわけでもない同年代に聞くのは間違いなんじゃない」

「そうだよねぇ。わからないよねぇ」


 彩花の方が事情に精通してそうだから聞いてみてるけれど、わからないかぁ。

 でも、引いているあたり、やっぱり私たちの頃はここまでじゃなかったよね。


「迷惑だって伝えたら?」

「それは、ほら。傷つけちゃったらかわいそうだし」

「変なところで気をつかうんだから。それで本人がまいっちゃったら元も子もないでしょうに」

「それはそうなんだけどさぁ」


 取りあえず、何をしているかっていう質問には彩花とのツーショット写真を撮って、大学構内で休んでるって返事した。

 隣に映ってるのは、話したアイデア出してくれた人だよ~っと。


「……もしかして、ちょっと楽しんでたりしない?」

「えっ!? ソ、ソンナコトナイヨ」

「これまでやり取りする相手がいなかったからって、現役中学生に手を出すなんて……」

「語弊がある言い方やめて!」

「警察が来たら、いつかはやると思ってましたって言ってあげるね」

「やめて!」


 なんて他愛ないやり取りをしていると、ふと、こっちに歩いてきてる人影が視界に映る。

 ただ道を行く人じゃなくて、明らかにこっちへ向かってきてる。

 誰だろう? ……え?


「せ、芹香ちゃん!?」

「えへへ、近くまで来たので来ちゃいました」

「学校はっ!?」

「近くに魔人が出たので臨時午後休みです!」


 こっちに小走りで近づいてきてたのは、まさかの話題の人、クリムセリアこと芹香ちゃんだった。

 ひょっとして、魔人退治してそのままこっちに来たの? 制服着たままだけれども。


「ど、どうしてここが」

「え? だって、美羽さん写真送ってくれたじゃないですか」

「さっきのツーショット写真で位置特定したの……?」

「はい!」


 はい、じゃないけれど。

 えぇ、多分似たような景色いっぱいあると思うなぁ私。

 しかもしかも、ここは人気が少ない隠れスポットなんだけどなぁ。なんでここにいるってわかったのかなぁ。


「やあやあ、お母さんへ連絡はした?」

「しました! 知り合いのお姉さんに家まで送ってもらうって!」

「美羽、不審者として通報されたら骨は拾ってあげるね」

「決めつけないでもらえるかなぁ!」


 彩花はすぐそうやって私をからかう方向へ話を転がすんだからさぁ!

 割と洒落にならない冗談は止めてほしいな!


「そちらの方は……?」

「私? 私は星乃彩花。そっちは?」

「私は緋乃芹香です。美羽さんの“お友達”の方なんですよね?」

「元が付くけど君の“先輩”ってところかな? よろしくねー」


 和やかな挨拶……なんだけれど、不思議と火花が散ってるように見えるのは気のせいかな? 気のせいだといいな。

 仲良くしてね……?


「しかし、君がねぇ。ふうん、へぇ」

「……なんですか、あんまりじろじろ見ないでほしいんですけど」


 言いながら、私の陰に隠れるように動く芹香ちゃん。

 ちょっと可愛い。


「いや、どう見ても美羽が魔法少女辞めるための代役には役者不足だなって」

「もう、そういうこと言わないの」


 確かに、私もそうは思ってたけれど、口にはしてなかったのに。

 もう、彩花ったら。初対面の年下の子相手にいうことじゃないでしょうに。


「……へ? 美羽さん、辞めるんですか?」


 ん? ああ、そういえば話す機会がなくて芹香ちゃんには説明してなかったっけ。


「ああ、そうそう。私が芹香ちゃんに話しかけたのも、最初は辞めるために代役が必要だから、有望そうな子に声を掛けようってところからだったの」

「そ、そうだったんですか。そう、なんですね」


 うっ、下心で近づいたことが分かって、ショックを受けられたっぽいかな。

 いつかは話さないといけないことだから、仕方がないんだけれど。うーん、辛いものがある。

 ここまで話したのなら、もう全部話しちゃった方がいいかな。話しちゃおう。


「でも、今のところは芹香ちゃんの面倒を見終わっても辞めるつもりはないよ」

「えっ」

「他の子も育てて、それから考える感じかなーって」


 クリムセリア一人だと私の穴埋めは無理そうだから、せめてもう一人だよね。やっぱり。

 その子がクリムセリア並かそれ以上に強くなってくれれば、ようやく視野に入るぐらい。

 これに関しては、ポムムにも話をして確認を取ってある。クリムセリア一人だとどうしても無理だって。


「他の子……」

「あー、美羽ったら中学生泣かしたー」

「ええっ! ご、ごめんね?」

「だ、大丈夫です。その、ちょっと、ごめんなさい!」

「あっ! 芹香ちゃん! 待って!」


 本当に、本当にショックだったのか、芹香ちゃんは泣きながら走り出してしまった。

 ちょ、足早い。瞬く間にその姿は小さくなり、角を曲がって見えなくなってしまう。

 追いかける? いや、私の足じゃ追いつけないでしょあれ。

 馬鹿な私は、すぐに答えを出せずに、その背中を見送るしかできなかった。



 ◇ ◇ ◇



「……はぁ、何やってるんだろ、私」


 思わず走って逃げちゃった。美羽さん、心配してるかな。

 でも、戻る気にはなれない。今美羽さんの顔を見ると、また泣きだしそうになっちゃうから。


「そうだよね。私は美羽さんにとって、ただの後輩の一人だもんね」


 私にとって、ルミコーリアは特別だった。

 美羽さんに練習をつけてもらったあの次の日、体調を崩して家から出られなかったから、さらに色々と調べたの。

 調べれば調べるほど、ルミコーリアは私にとって理想の魔法少女だった。見た目もそうだけれど、その在り方が。


 ルミコーリアは自分が人を守ることを誇示したりしない。それは、きっと守ることが当然だから。

 ルミコーリアは誰かを傷つけたりしない。守るべき人を自分で傷つけたら意味がないから。

 守るべき人たちに酷いことを言われても、戦うことを辞めない。……魔法少女が誰かを守る意味が、分かっているから。

 本当に、理想の魔法少女に見えたの。


 でも、別に美羽さんが辛くないってわけじゃないんだ。

 私は、自分の理想を勝手に美羽さんに押し付けてた。

 勝手に押し付けて、勝手にこうなりたいって思いこんで、勝手にそんな人に目をつけてもらえたんだって舞い上がってた。


「最低だ、私。本当に」


 自分勝手さが本当に嫌になる。

 そういう自分勝手な子たちから嫌な思いをしたのに、私がその嫌な子になってた。

 こんなの、美羽さんに次からどんな顔して会えばいいの?

 きっかけは後継者作りだとしても、私を心配してくれていたのは本心に違いないのに。


『クリムセリア! 急で悪いピルけど、魔人だピル!』

「ピルル……」


 いつもの連絡。さっき戦ったばかりだけれど、また魔人? 最近、凄い魔人が多い気がする。

 でも、魔人。魔人が出たのなら、戦わないと。

 きっと、戦えば。クリムセリアになれば、こんな考え忘れられる。

 嫌な私じゃなくなれる。


「……燃え盛れ、紅の誓い」


 炎はいつも通り、温かく私を迎えてくれる。

 いこう、戦いへ。

 最低な私を、忘れ去るために。

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