幕間(4)

 ひびはもちろん傷ひとつない魔蒼玉を見つめるベルトホルトの胸は、いまにも張り裂けそうだった。


 とうとうこの日が来てしまった。再びリクにこれを装着しなければならない日が……。


 南国の海のような群青色の宝石が、冥界への小さな入口のように見える。


 のろのろと頭用の輪に魔蒼玉を嵌めこみ、二本の腕輪を手に取った。情に流されるな、為すべきことを為せと自分を叱咤激励し、顔を上げて胸を張る。大股で部屋を出て璃玖の部屋へ向かい、それまでの足どりとは打って変わった慎重さで錠と扉を開けた。


 起きているときよりもなおあどけない顔で、璃玖はすやすやと眠っていた。ナイトテーブルの上の箱の中では、フルーがだらりと手足を投げ出した、警戒心のかけらもない格好で目を閉じている。


 リク、すまない、許してくれ……いや、許してくれと言う資格すら、おれにはないのだろうな。


 自嘲混じりの自責の念に苛まれながら、璃玖の顔に焦点を合わせないようにして、じりじりと頭に輪を近づけていく。と、


「べるとほるとさん……」


 舌足らずな声が聞こえた。ベルトホルトはぎくりとしてさっと身を引く。だが、璃玖はむにゃむにゃと何かつぶやいて寝返りを打っただけで、その瞼は目を覆ったままだった。


 寝言か……。


 一度は肩の力を抜いたものの、すぐにこぶしを握りしめて自分に活を入れた。輪を摑んだ手を持ち上げ、今度こそ璃玖の頭に嵌めようとする。だが、親指一本分ほどの距離まで近づけたところで、何かに阻まれたように手が止まって震え出した。震えは次第に激しくなり、とうとう輪を持っているのもやっとになる。


 だめだ……できない、おれには。


 ベルトホルトは力なく手を下ろし、片手で顔を覆った。


 大事なことは何も語らぬおれを無邪気に信頼している子どもを、自分を誤魔化せないほど愛してしまった者を、このような残酷なかたちで利用することなど……。いや、口も利いたことのない者でも、リクの同胞である以上、どんなニンゲンも同じ目に遭わせることは……。


 膝を折りそうになるのをこらえて二、三歩あとずさる。千々に乱れていたその心は、次第にあるかたちへと収斂しゆうれんしていった。


 こうなったら、道はひとつだ。ヴィルヘルムに相談……いや、相談してもなじられるだけだろう、決意を表明するのだ。そして頼みこむのだ。あいつには申し訳ないと思うが、リクを救い、おれのために他のニンゲンを犠牲にすることも避けるためには、あいつにおれの代わりを務めてもらうしかない。


 ベルトホルトは一歩一歩床を踏みしめるようにして扉の前に戻ると、振り向いて小さな――だがおごそかな声で誓った。


「リク……おまえは必ずおれが守る」

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