第7話 ダンジョンデート
【お姉さん】
主人公。特殊な性癖の持ち主。エルフを守りたいという気持ちの強さに応じて強化ポイントを獲得し、エルフ軍を強化することができる。
【アイリス】
捨てられた大樹に住むエルフの年長者。1158歳。仲間を守るため、古の魔術を使ってお姉さんを異世界から召喚した。
「お姉ちゃん、そこにトラップがあるから気をつけてくれ」
「おっとっと、ありがと、アイリスちゃん」
ここはとあるダンジョンの奥地。
地下何階なのかはもう忘れた。ゲームとかだと階数がずっと表示されてるから忘れることはないと思うんだけど、実際に潜ってみると予想以上に変わり映えしない景色が続くばっかりで、自分が何階にいるのか全然わからなくなってくる。
私とアイリスちゃんがここに潜ってきたのは、数千年以上前に封印されたという伝説の魔術を習得するためだ。
このダンジョンのどこかに封印された魔術に関する記録があるようで、私たちはそれを探しながら地下深くへと進んでいる。
ちなみに、私に同行しているエルフのアイリスちゃんは私の能力で超強化された超エルフなので、ダンジョン攻略と言ってもモンスターに殺される心配はなくただのお散歩感覚だ。ついでに私はアイリスちゃんに召喚された存在であり魂が繋がっているため、アイリスちゃんが大怪我をしない限りダメージは受けない。
アイリスちゃんが今どんな気持ちでダンジョンを攻略しているかは分からないが、少なくとも私はデート気分でこのダンジョンに挑戦している。アイリスちゃんもそうだといいなー。
え?のんきにデートしてエルフの国を放置していたら魔族に襲われるんじゃないかって?
それはまあ、今のエルフの国にはマーガレットちゃんという愛の怪物がいるから…大丈夫でしょ!
「右から魔族だよ」
「心得た!」
アイリスちゃんの手のひらから細い光線が飛び出て、魔族の胴体を正確に貫く。
「アイリスちゃん、だいぶ魔力のコントロールが上手くなったみたいだね」
「確かにダンジョンをほとんど破壊することなく敵を排除できているが、やはり少しでも気を抜いたら魔力が暴発してしまうような感覚はあるな…」
超強化の代償がまさかこんなところで明らかになるとはね。強けりゃいいってもんでもないんだなあ。
光線に撃ち抜かれた魔族の叫びが収まってダンジョンが静けさを取り戻し、私は落ち着いて辺りを見回す。
「さて、次はどっちに進むべきか」
「古の魔力をより強く感じるのは…あっちだな」
歩き出したアイリスちゃんに私はついていく。
「こんなとき、ゲームみたいにマップがあれば楽なのにね」
「げーむ?」
アイリスちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「そりゃそうだよね、アイリスちゃんがゲームなんて言葉知ってるわけがないか」
「あ、もしや『げーむ』とはあちらの世界の文化か!」
「そうそう。ゲームっていうのはね…」
アイリスちゃんの目が輝く。アイリスちゃんの前で元の世界の話をすると、だいたいいつもこんなふうに新鮮な反応を返してくれる。
「そういえばアイリスちゃんにはしたことなかったね、私の昔の話って」
「そう、だったな…」
ダンジョンの奥に向かっていたアイリスちゃんの歩みが止まる。
「お姉ちゃん、いまさらで申し訳ないのだが、本当に済まなかった」
唐突にアイリスちゃんが急に深々と頭を下げた。
「アイリスちゃん…?急にどうしたの?」
「最初に私と出会った時のことを覚えているか?」
「アイリスちゃんに召喚された時のことだよね」
「あのとき、私たちエルフの国は壊滅寸前だった。戦士や大人は真っ先に殺され、生き残った私たち子供もすぐに同じ運命をたどるはずだった…」
アイリスちゃんが俯いたまま語る。
「だから、必死に打開策を探して、異世界の人間を我々エルフの守護者として召喚することになった。自分たちが助かるために、召喚される人間の都合も考えず」
もしかして、アイリスちゃんは自分の行いを悔いているのだろうか?
「あの時わかっていたことは、こっちの世界に召喚される人間は死んだばかりの人間の中から選ばれるということだけだった。死んですぐの人間なら世界とのつながりが弱くなっているから、ほかの世界に呼びやすいのだ」
アイリスちゃんが顔を上げる。
「でも、お姉ちゃんと出会って思った。それはあなたにとって最悪のタイミングだったと。私たちを助けるために見返りすら求めないほど優しいあなたを、よりにもよって死んですぐのまだ心の傷も癒えていない時に呼んでしまうなんて…」
無意識に、私はアイリスちゃんを抱きしめていた。
「今となっては、もうそんなのどうでもいいことだよ。アイリスちゃんを守れる今の生活に、不満なんて全然ないし」
「お姉ちゃん…」
「私が死んだのだって、自業自得みたいなところがあるからさ。ちょうどアイリスちゃんくらいの身長の子が事故に遭いそうだったから、それを救うために、ちょっとね」
アイリスちゃんも私の背中に腕を回す。
「でも私は、今も昔も、自分の生き方が間違ってるとは思わない。アイリスちゃんと出会うために私は死んだのかもって思うくらい。だからさ、アイリスちゃんもそんなに気にしなくていいと思うんだ」
「うう…でも、私はお姉ちゃんのために何もしてあげられない…お金だって持ってないし、宝石や財宝だって…」
「一緒にいてくれるだけで十分だよ、アイリスちゃん。あなたが私の宝物なんだから」
いや本当に!!!心の底からそう思う!!!
こんな国宝級に可愛い美少女を抱きしめられるなんて、いったい誰に何億円払えばできる体験なんだ?いやいや、そんなのお金じゃ叶えられない願いでしょ!?
想像してみてほしい。あなたの一番好きなアイドルでもアーティストでもVtuberでもいい。その人があなたの助けを必要としていて、世界であなただけがその人を助けることができて、なんなら助けたことをきっかけにその人はあなたにベタ惚れしてくれる…
ほら、こんなシチュエーションがお金で買えますか!?
ああ私の可愛いアイリスちゃん。
本音を言えばアイリスちゃんにしてほしいあんなことやこんなことはいくらでもあるけど、まだちょっと早いもんね。もっと仲良しになってからにしようね。
それからしばらくして、私とアイリスちゃんは無事に目的の魔術を発見する。
ゲームとかでよくあるみたいにダンジョンの一番奥の部屋にでっかい宝箱みたいなものがあるんだろうと想像してたのだが、実際は壁に文字のようなものが刻まれているだけだった。
「当たり前だが呪文は古代語で書かれているな。言葉遣いも独特で読みにくいが…まあなんとかなるだろう」
わかるわかる。人間界だってそうだもんね。なんなら人間のほうが寿命は短いから毎年新しい言葉が生まれてるし。
アイリスちゃんは壁に顔を近付けて、隅から隅までじっと読んでいる。
「この詩は『空』を表す表現で、このあたりは注釈だから読み飛ばしてもよくて…エラトステネスのふるいにかけたあとに呪文として残すべき文字は…」
聞いていても良くわからないので、真剣な表情をしているアイリスちゃんの横顔を堪能することにする。銀のまつ毛は今日もお美しい。
「よし!これで短縮詠唱ができそうだ」
あら、もう横顔堪能タイムが終わっちゃったか。
「どう?アイリスちゃん。その魔術は問題なく使えそう?」
「ああ、ただ使うだけでなく、詠唱時間を短くできるように無駄を省いて改良してみたぞ!」
良くわからないうちに作業が終わってしまったようだけど、つまりこの短時間で古代語を読み解いて要約しただけでなく、改良までしちゃったってこと?
これまでの経験として、才能というものは強化ポイントでも強化できるものではないようなので、やはり魔術に関してはアイリスちゃんの生まれ持っての素質が優れているのだと思う。
「では、その辺のモンスターで試し撃ちでもしてみるか」
アイリスちゃんが辺りを見回す。ちょうどダンジョンの隣の部屋の隅に大型で動きの遅い熊のようなモンスターが歩いているところだった。
「むっ…!」
アイリスちゃんの右手が光る。伝説の古代魔術が放たれる瞬間を、私も固唾を飲んで見守る。そして…
「はあっ!」
アイリスちゃんが伝説の古代魔術を放つ!
「グオオオオ!」
アイリスちゃんの手のひらから発生した光弾が熊のようなモンスターに命中し、モンスターが唸りを上げる。
だが、モンスターは少し傷ついただけで倒れなかった。
「グルルル…」
「あ、あれだけの魔力を使って唱えたのに、殺せていない…だと…」
「古代魔術を使ったのに、普通のモンスターすら倒せなかった…ということは…」
私とアイリスちゃんは歓声を上げ、飛び上がって抱き合う。
「やった!弱い!弱すぎる!いい感じに弱い!これは素晴らしいぞ!」
「やったねアイリスちゃん!これならコントロールがしやすいね!」
そう。古代の技術とは結局そんなものだ。人間の世界でもエルフの世界でも。
私たちがこんなところまで来たのは、古代の強力な魔術を求めてではなく、アイリスちゃんの強大な魔力でも威力を抑えやすいクソザコ魔術を覚えるためだったのだ。
古代の魔術ならきっと弱いに違いないという私の予想が当たってよかった。
だって、もし人間界で数千年前の伝説の武器が見つかったとしても、銃とかドローンみたいな現代兵器より絶対弱いじゃん?
エルフ界でもそうだと思ったんだよね。
「これで魔族との戦争でも戦いやすくなるな!」
アイリスちゃんは振り向きもせずに指一本でモンスターにとどめを刺す。今度のは現代魔術だ。やっぱり現代魔術と古代魔術では威力が桁違いだ。
私が拍手すると、アイリスちゃんは胸を張る。
おめでとう!アイリスちゃんはいにしえのまじゅつをおぼえた!
帰り道、アイリスちゃんの口数が少なくなったかと思うと、途中で立ち止まってしまった。
「アイリスちゃん?大丈夫?どうかしたの?」
「あ、いや、大したことではないのだがな…」
アイリスちゃんは顔を赤くして、聞き取れないくらいの小声で言う。
「お、お姉ちゃん…そ、その、なんだ、少しの間、ここで待っていてもらっても良いだろうか…すぐに済ませるから…」
アイリスちゃんが恥ずかしそうにもじもじしている。ああ、なるほどなるほど。
ダンジョン攻略開始から長時間歩きっぱなしで休憩無しだったもんね。普通の人間でなくなった私にその必要はないけど、アイリスちゃんにはちゃんと生身の身体がある。
「いいよー、ゆっくりしておいでー」
私はアイリスちゃんを気遣って特に何も言わず、手をひらひらと振る。するとアイリスちゃんはそそくさと脇道の方に走って姿を消してしまう。
「さて…」
私は手慣れた動きで素早くステータスウインドウを開く。
アイリスちゃんの項目を選択すると、ダンジョンの細い道を足早に進んでいくアイリスちゃんの姿がそこに映る。
強化の能力を使いやすくするためなのか、ステータスウインドウは強化対象のいろんな情報を見ることができる。それは例えば、対象の現在の姿とか、今どこにいるかとか、何を考えているか、どんなパンツを履いているか、などなどだ。
精神を集中させると、ステータスウインドウに映るアイリスちゃんの思考が脳内に直接響いてくる。
(うう…もっと早く行っておけばよかった…)
いや、この観察はアイリスちゃんを守るためだからね。うん。いくらアイリスちゃんが超強化されたエルフだからといって、不意打ちで背後からモンスターに襲われでもしたらケガしちゃうかもしれないし!
ダンジョンは危険がいっぱいなんだから、私が、保護者として、しっかりと、見守っていてあげないとね!
ステータスウインドウに映るアイリスちゃんが立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。アイリスちゃんはときおり足踏みしていて、もう限界が近そうだ。
(ま、まずい…物陰がどこにも…でも、もう、我慢できそうにない…)
アイリスちゃんが目をぎゅっとつぶる。
(あっ、だめ、こんな…周りから丸見えのところで…なんて…)
周囲にモンスターがいないことを確認すると、アイリスちゃんはこの場所に決めたかのように衣服の裾を持ち上げ、その場にしゃがみ込んで…
…おっと、アイリスちゃんを見守る必要があるとは言ったけども、その役目は私一人で十分ですからね?さあさあ散った散った。ここから先は有料会員限定だよ。
「ふう…」
しばらくして、アイリスちゃんが安心したような表情で帰って来た。
「あ、おかえり。魔物はいなかった?」
「うむ!ちゃんと周囲を警戒していたからな!ただ…」
「ただ…?」
アイリスちゃんにじっと見られて、私は内心ぎくりとする。もしかして私になにか不審な点でもあった???ナニモナイデスヨ?
「なぜだろうか…私が不在の間に、強化ポイントがまた大幅に増えているような気がするのだが…」
そうだった…私が彼女たちにそういう目線を向けるたびに、なぜかそれが「エルフ達を守りたいという気持ち」とカウントされてしまい、強化ポイントが貯まってしまうのだ。
「あ、あー!それはきっと、アイリスちゃんがいない間に瞑想してたからかな!うん!きっとそうだよ!前も一人で瞑想してたら増えたからね!」
私が必死にそう説明すると、アイリスちゃんは目をキラキラと輝かせて感激する。
「そうか!お姉ちゃんはこんな時まで私たちを強化するために頑張ってくれているのか!お姉ちゃんのそういうところ、本当に大好きだ!」
アイリスちゃんの純粋なる尊敬の眼差しが正面から突き刺さる。うう、罪悪感が…!
まあでも、無事に目的の魔術も手に入ったし、素晴らしいものも観れたし、良しとするか。
私はアイリスちゃんの手を引いて、ダンジョン出入口の階段を登り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます