第6話 衛生兵ってなんだっけ

【お姉さん】

主人公。特殊な性癖の持ち主。エルフを守りたいという気持ちの強さに応じて強化ポイントを獲得し、エルフ軍を強化することができる。



【アイリス】

捨てられた大樹に住むエルフの年長者。1158歳。仲間を守るため、いにしえの魔術を使ってお姉さんを異世界から召喚した。



【マーガレット】

エルフ軍の衛生兵。1097歳。とっても仲間想い。

お姉さんがへんたいさんであることにエルフ軍で一人だけ気付いている。



「ヒール♡」

 魔族の軍勢が一瞬にして弾ける。まるで魔族軍のど真ん中に砲弾でも撃ち込んだかのような光景だった。


 ヒールって、私がいた世界の言葉では「癒す」って意味の言葉だったと思うんだけど…

 あ、ヒールレスラーのヒールみたいに「悪い」って意味もあるか。それなら納得。あの攻撃は魔族軍にとって悪い夢以外の何物でもないだろうから。

 もしくは、ヒールにはエルフ語で「爆発四散」という意味があるのかも。うんうん、きっとそうに違いない。


 私がマーガレットちゃんに強化ポイントをひたすら搾り取られてから数日後、またしても魔族の軍勢はエルフの国に攻め込んできた。


 しかも今回は以前の反省を活かしたのか、前よりも凶暴そうな見た目の魔族が多くなったように見えた。

 さすがに「軍」というだけあって、野生の動物の群れとは違うらしい。戦況に応じて戦い方を変えてくることもあり得るか。


 果たして、凶暴な魔族たちにエルフ少女たちは勝てるのか…?


 という心配をしていた頃が懐かしい。今はむしろ、凶暴な魔族たちを次々と粉々にしている「ヒール」という魔法がどんな効果の魔法なのかを知りたい。


「よくも♡これまで♡私の仲間たちを♡傷つけてくれたな♡」

 マーガレットちゃんが手を振るたびに、魔族の軍勢が簡単に弾け飛び、大地にクレーターができる。


「ねえアイリスちゃん、マーガレットちゃんが使ってるのって回復魔法だよね?どうしてあんなことになってるの?」


 私の横にいたアイリスちゃんに聞いてみたが、彼女も驚愕の表情で固まったまま首を横に振るだけだった。


「マーガレットは衛生兵だから、回復魔法のヒールが得意だったはずなのだが…あのヒールは…なんなんだろうな…」

「…なんなんだろうねぇ」


 戦場のあちらこちらで爆撃が続く。屈強そうな魔族たちが次々と回復魔法で消し飛び、中には悲鳴を上げて逃げていくものもいる。


「逃げないでくださいよぉ♡これまでのお返しが、まだ済んでないんですから♡」


 マーガレットちゃんが両腕を大きく広げる。


「オール…」


 すべての魔族の体が一斉に内側から光りだす。なにか良くないことが起ころうとしているのは間違いない。


「まずいな…逃げたほうがよさそうだ」

「え?なに?マーガレットちゃんはなにしようとしてるの??」

「いいから私に捕まってくれ!お姉さん!」


 アイリスちゃんがさっと私を抱え、戦場に背を向けて走り出す。

 アイリスちゃんの反応を見ると、きっとマーガレットちゃんは何か大技を繰り出そうとしているのだろう。


 構えていたマーガレットちゃんが目を大きく見開くと同時に、叫んだ。


「…ヒール!」


 そして次の瞬間、魔族全員が大爆発した。

 地獄絵図としかいいようがなかった。前の戦いでアイリスちゃんの攻撃を受けた魔族は光に呑まれて浄化されたという感じだったが、マーガレットちゃんの攻撃はなんというかこう…もっと現実的なパワーで破壊している感じだった。


 やがて轟音が収まり、爆炎の中からマーガレットちゃんがゆっくりと姿を現す。


「はぁ、なんとか勝ててよかったですー♡」


 いや、「なんとか勝つ」なんてレベルじゃなかったと思うけど…

 私はアイリスちゃんに抱えられたまま、おそるおそるマーガレットちゃんに声を掛ける。

  

「ねえマーガレットちゃん、いま使ってたのって回復魔法だよね?どうやって回復魔法で敵を倒したの?」


 マーガレットちゃんは、服についた砂ぼこりをぱっぱっと払いながら顔を上げる。

「もちろん、回復させて、ですよ」

「でも、あいつら回復するどころか消し飛んでたような…」

「回復させたのは魔族たちそのものではなく、魔族たちの体の中にいた微生物や、体に歪みをもたらしている悪い細胞なんですよ。だから回復魔法で魔族たちをやっつけることができたんです」


 なるほど、賢いなマーガレットちゃん。人間で例えるなら、体の中の悪玉菌やがん細胞を瞬間的に超強化されているようなものか。そりゃひとたまりもない。


 自身の一番得意な回復魔法を攻撃に転用するとは、やっぱり1000年以上生きてきた経験値が生きている。やっぱり彼女たちを見た目で判断してはいけないな。


「許せなかったんです。私。大事なみんなを傷つける魔族たちも、それを回復しきれない私のことも。だから、ずーっとずーっと悔しい思いをしてきました。でも、お姉さんが現れて状況が変わったんです」


 私の目の前にマーガレットちゃんが接近してくる。私はマーガレットちゃんにいじめられ続けた記憶がよみがえって身構えたが、その表情はもう小悪魔のマーガレットちゃんではなかった。もしかして、私を脅して強化ポイントを搾り取ったのも、みんなを守る力を手に入れるための演技だったんじゃ…


「だから私、考えました。衛生兵の私がお姉さんの力でアイリスちゃんくらい強くなれば、敵がどんなに強くてもみんな元気でいられるって…」

「マーガレット…!」

「マーガレットちゃん…!」


 えらい…マーガレットちゃん、そこまでみんなのことを想って…


「あと、傷付いたみんなを回復するより、その前に敵を一気に叩いたほうが早いなって」

「マーガレット…?」

「マーガレットちゃん…?」


 やっぱりこの子、みんなを守りたい気持ちが強いのは間違いないけど、それがネジ曲がって魔族への歪んだ殺意になっちゃってるね…

 この子、味方としては頼もしいけど敵に回しちゃいけないタイプかも。


 何はともあれ、今回も無事に戦闘が終了してよかった。

 またすぐ魔族たちが現れるとは考えにくいし、アイリスちゃんとマーガレットちゃんのふたりが交代で守っていればエルフの国もしばらくは安泰だろう。


 アイリスちゃんに聞こえないように、私はマーガレットちゃんにこっそりと話しかける。

「マーガレットちゃん、あなたは本当に偉いね。みんなを守るために、あんなドSの演技までして私から強化ポイントを貰おうと…」

「演技?なんのことかなぁ…?」


 マーガレットちゃんの目がキラリと光る。そっか、あの時のことはエルフのみんなには秘密なんだね…


「あの時のことをみんなに話したら、次は演技じゃなくなっちゃいますからね♡」


 マーガレットちゃんがアイリスちゃんを追い抜いて駆けていく。

「私、みんなを守るためなら喜んで怪物にでもなっちゃいます!」


 こうして、隊長のアイリスちゃんに続き、愛の怪物マーガレットちゃんが超強化エルフの仲間入りを果たしたのだった…

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