第8話 履いてないほうがまだ健全

【お姉さん】

主人公。特殊な性癖の持ち主。エルフを守りたいという気持ちの強さに応じて強化ポイントを獲得し、エルフ軍を強化することができる。


【アイリス】

捨てられた大樹に住むエルフの年長者。1158歳。仲間を守るため、いにしえの魔術を使ってお姉さんを異世界から召喚した。


【サーシャ】

無口なエルフ剣士。1002歳。




 私とアイリスちゃんがダンジョンから帰ってきたのはエルフの国を出発してから数日後。

 私たちが不在の間に魔族たちの襲撃は一度もなかったようで、エルフの国は出発前と変わらない様子だった。


 だが、戦いの傷跡はいたるところに残っている。崩れたままになっている家や、荒らされた畑、土地などが、誰にも片付けられないままになっていた。

 これからは子供たちだけの力で生きていかないといけないんだ。いずれは復興や今後のことも考えないと。


「…」

 アイリスちゃんも同じようなことを考えているのか、真剣な顔で荒れた街並みを眺めている。


「ここしばらくは魔族の襲撃がなかったみたいでとりあえずは一安心だけど、こうやって主力の誰かが遠征に出た場合のことを考えると、万全を期すためにもっと戦力を増やしておいたほうが良いかもしれないね」

「そうだな…今まともな戦力と呼べるのはマーガレットか私くらいなものだからな」


 アイリスちゃんもマーガレットちゃんも圧倒的な魔力を持っているとはいえ、さすがにたった二人だけでは何か不測の事態が起きた時に対応できなくなるだろう。例えば、魔族軍が国の四方から攻め入ってくるとか。

 そういった可能性を考えると、やはり戦力はもっと欲しいところだ。


「あと戦闘で有望そうな者といえば…」

 アイリスちゃんが遠くを見る。やがて目的の人物を見つけたらしく、大声で呼びかけた。


「おーい!サーシャ!」

「…!」


 草原の向こう。サーシャと呼ばれた女の子がこちらを振り向く。

 サーシャちゃんは黒髪長髪がチャームポイントの女の子で、身長と同じくらいの立派な刀剣をたずさえている。どことなく日本の刀っぽく見えないこともない。


「…」

 サーシャちゃんが無言のまま会釈する。これもなんか武士っぽいね。


「ああ、そうだ、お姉ちゃんはサーシャと会うのがはじめてだったか。彼女はめったなことがないと言葉を口にしないのだが、悪気があるわけではないということはわかっておいてほしい」


 仲間の第一印象を悪くしないために、アイリスちゃんがつとめて年長者らしくしている。お姉ちゃんは誇らしいぞ。


「もちろん、そんなことくらいでこんなに可愛い女の子を嫌いになったりしないよ。よろしくね、サーシャちゃん」

 私が手を差し出すと、サーシャちゃんが握り返す。


「…!」

 サーシャちゃんは可愛いと言われたことに喜んでいるというよりは、異世界人の私と握手できたことにテンションが上がっているようだ。


 ぱっちりおめめの中にキラキラと星が瞬いている。おしゃべりは苦手でも表情は豊かみたいで安心した。


「さて、ここからが本題なのだが、サーシャは強くなることに興味はないか?」

「…」


 サーシャちゃんは少し目をそらす。もしかして戦いが怖いとか?もしくは暴力が嫌いであまり戦いたくないタイプなんだろうか。ああ、手っ取り早くステータスウインドウで思考をのぞいちゃおうかな。


「うんうん、その気持ちはよくわかるぞサーシャ。でも、魔族のやつらは決して正々堂々となんて戦ってはくれないのだからな」

 おや?アイリスちゃんはサーシャちゃんの言いたいことを理解できてる?


「え?もしかしてアイリスちゃんは今のでサーシャちゃんの考えてることが分かったの?」

「当然だ!これでも私はこの国の年長者だからな!」

「…!」


 サーシャちゃんも誇らしそうにしている。ということは、やっぱりアイリスちゃんは本当にサーシャちゃんの思考を理解できているのか…


「で、やっぱりサーシャちゃんはあんまり強くなりたくないって?」

「いや、サーシャとしては近道をして強くなることが受け入れられないらしい。正々堂々と強くなることが剣士としての誇らしいからな」

「…」

 サーシャちゃんが首を縦に振る。


「しかし、魔族は卑怯な手だって使ってくるのだ。皆の命を守るためであれば、多少強引な手段でも使うべきだとは思わないか?」

「…」

 サーシャちゃんが目を閉じて考え込む。アイリスちゃんの意見ももっともだから、自身の騎士道との間で心が揺れ動いているようだ。


 やがて、サーシャちゃんがゆっくり目を開いて、一度だけ力強く頷いた。

「…!」

「そうか、やってくれるか!」


 サーシャちゃんとアイリスちゃんがぐっと手を握り合う。

「じゃあお姉ちゃん、さっそくサーシャの強化もお願いしていいだろうか」

「いや、今回はむやみに強化するのはやめておこうかな。サーシャちゃんの性格とか得意なこととかも考えて、最適なステータスのバランスを考えたいと思う」


 私とサーシャちゃんの目が合う。

 今回はアイリスちゃんやマーガレットちゃんのようなオーバーキルすぎるステータスはやめて、サーシャちゃんが無傷で完勝できるレベルのちょっと上を目指したいと思う。


 サーシャちゃんと別れたあと、私はすぐにサーシャちゃんの適正について考え始めていた。彼女をどう強化するべきだろうか。


「サーシャはもともとエルフの子供たちの中でも剣の腕前は一番だったからな。お姉ちゃんがサーシャを強化するのであれば、あの剣技を活かせるようにするのがいいと思うぞ」


 隣からアイリスちゃんがアドバイスしてくれる。

 魔法使いタイプのアイリスちゃんやマーガレットちゃんは当然魔力を強化したが、軍としてバランス良く戦うためには他のことに特化したメンバーも必要だろう。


「やっぱサーシャちゃんは物理攻撃特化型かな。あとはいろんな状況に対応できるように、機動力も持たせておこう」

「確かにそうだな…機動力があれば、緊急時の対応で困ることはなくなるだろう。それに、私やマーガレットのような魔法使いタイプは強くなっても機動力にやや欠けるからな」

「なるほど…じゃあやっぱりそういう方向性でよさそうだね」


 そんなことを会話しているうちに、私たちはエルフの国の中心にまで歩いてきていた。


 私はアイリスちゃんと別れ、大樹の中にある私の部屋へ戻り、サーシャちゃんを強化するためにステータスウインドウを開いた。


 アイリスちゃんと話した通り、物理攻撃と機動力に特化させる方針で強化ポイントを使うのは確定として、彼女の得意そうなことはほかに何かあるだろうか。彼女の趣味とか好みを見ればきっと何かヒントが…


 衝撃が走ったのはその時だった。


「うわあああああああああああ!!!??」


 まさかこんな、こんなことが!?

 私は目の前の光景が信じられなかった。何度も自分の目を疑った。


 こっちの世界に召喚されて以来、これほどの衝撃を受けたのは初めてだった。とてもこれが現実だとは思えない。


「まさか、あの無口でおとなしそうなサーシャちゃんが…こんな…こんな過激で…エグいパンツを履いているなんて…!」


 私はもうパニック寸前である。まさか、かわいいかわいいエルフたちの中でも特にまじめでおとなしそうなサーシャちゃんがこんなものを!黒髪ロングの刀使いが!こんな!


「だって、こんなのほとんど…隠してるというか…もう見る角度によっては…むしろ履いてない方が健全なレベルで…うっわぁ…!」


 ステータスウインドウを操作する手がちょっと滑ってしまったばっかりに、私はサーシャちゃんのとんでもねえ秘密を知ってしまった。こんなパンツ、私が元いた世界でもお目にかかったことはない!!


「落ち着け私…布面積を計算して心を落ち着けるんだ…長方形の面積は底辺✕高さ…三角形の面積は底辺✕高さ÷2…円の面積は半径✕半径✕3.14…じゃあ…紐は…?紐の面積は…?紐の面積なんてどうやって求めれば…?じゃあ、サーシャちゃんのパンツの布面積は…ぜろ???」


 紐は一次元?紐の表面を歩いているアリにとっては紐も三次元?私たちの住んでいるこの世界だって四次元だけど、ミクロの視点で見ると実は余剰の次元が圧縮された結果としての四次元?


 そこまで考えたあたりで私の脳が稼働限界に達し、私は膝から崩れ落ちた。


「紐の面積の公式なんて…テストに出ないよぉ…」


 この見た目でこの下着は社会的に絶対許されない…いや、でもよく考えたら彼女たちは1000歳超えてるんだしな…?なら合法か…?まさかエルフという種族はみんなこういうデザインの下着が好きなのか…?


 いや違う。エルフ全員がこういう趣味をしているわけではないはずだ。なぜならアイリスちゃんやマーガレットちゃんはこんな過激なものは一度も履いていなかったから。二人の下着姿が刺激的だったことは間違いないが、こんなにぶっ飛んだ刺激でなかったことは覚えている。あと、なぜ私が二人の下着について詳しく知っているのかは追求しないでくれ。


「いやしかし、これは本当にまずいな…こんなものがうっかりこの小説の挿絵にでもなってしまったら、公開停止どころか間違いなく死人が出る…」


 ただでさえライトノベルの挿絵は入浴シーンとか戦闘中のパンチラシーンとかが選ばれやすいのに。

 もしサーシャちゃんがこの下着を万が一にも世間へ露出してしまえば、その光景は確実に読者へのサービスシーンとして採用されてしまい、この作品は終わる。


 読者の皆さんに実物をお見せできないのが非常に残念なのだが、サーシャちゃんが履いている下着はもう本当にそのレベルでエグいのだ。


 私は決意を胸に立ち上がる。確証はなかったが、ひとつの狙いはあった。それに、私にできることはもともと一つだけだ。

「こうなったら一か八か、サーシャちゃんを徹底的に強化してみるしかない…!」


 私は指のストレッチを開始した。

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