第2話 葬儀場にて

葬儀場に連れられてきたアキトは、後ろを体が大きい黒服二人に固められ顔を青くしていた。白黒の鯨幕の影からその様子を見ていたまゆも、また同じ表情をしている。

まゆは合わせが右左逆の死装束を着ていた。

これから自分が棺に入るなんて、まだ信じられなかった。


「今から湯灌をさせていただきます」

「ゆかん?」

そう聞いたまゆの頭には、やかんの映像が浮かんでいた。

「故人の体を洗い清めます」

「洗……!」

硬直したまゆを見て、ミトリは「あ、死後硬直が始まりましたね」と葬儀屋らしくブラックジョークを飛ばす。

「観念してください」

そう言って、ミトリはまゆをイタズラっぽい笑みで見上げた。

「今のあなたは一度死ぬんです」


(死んだ……!!)

まゆは猛烈な後悔に襲われて、両手で顔を覆った。

湯灌を終えた彼女は、棺の中に静かに横たわっていた。

(出会ったばかりの男に裸を見られるなんて)

思い返すだけでも恥ずかしくて、声が漏れそうになった。

棺の中では声を出さないようにとミトリから言われているので、なんとか耐えながら悶える。


(高校でも家でも、いい子の花園まゆで通してきたのに)

クラスで雑用があれば引き受け、家の家事も文句を言わずにやってきた。

(そんな私が……)

そこまで考えて、まゆは顔を覆っていた自分の手を離した。

赤切れやマメだらけの手のひらを見つめる。

ミトリに体を洗われていた時のことを思い出した。

(そういえば、誰かに文句言ったり怒鳴ったりしたのって久しぶりだったな)


「まゆ」

その時、棺の外から声がかけられた。

父の声だった。

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