第3話 喪主挨拶
「そこにいるのか?まゆ」
まだ半信半疑な様子で、父アキトは棺の中に問いかけた。
信じられなくても、信じたくなくても、連れて来られた葬儀場に娘の遺影が掲げられ本物さながらのお葬式が用意されていたら信じてしまうものなのかもしれない。
背後を固めていた黒服二人の手前、信じざるを得ないというのもあるだろう。
もしくはそれを信じてしまうほど、アキトもまたまゆのように気持ちが弱っていたのかもしれなかった。
「まゆ、ごめんな。お願い聞いてやれなくて。バイト頑張ってたのに、お金全部家に入れてくれるのに、まゆの買いたいもの買えなくて悲しかったんだよな。まる太やゆゆ子のことばっかりで、まゆのことまで考えられなくてごめんな」
(お父さん……)
「お父さんの稼ぎ、全部お母さんの治療費に充てちゃってるもんな。まゆだけに家計を背負わせるなんて酷い親だよな。まゆだって、まだ高校生でやりたいことがたくさんあるだろうに」
まゆは黙って父の一人語りを聞いていた。まゆが苦しかったように、父もまた苦しかったのだろう。まゆが父にわかってほしかったように、父もまゆにわかってほしかったのだ。
それなのに、こうやってゆっくり話す時間も取れなかった。
「お父さん」
棺の外でガタガタッと音が聞こえ、まゆは父が尻もちをついたのがわかった。
(本当に死んだと思ってたの?)
まゆは呆れつつも、少し面白くなって笑ってしまった。
「お父さん、私買いたいものがあったの。メイク道具。クラスの女の子たちはみんな華やかで、学校生活を楽しんでいるように見えて羨ましかった」
「そうだよな。まゆのバイト代で買えたのに、全部家に入れてくれてたもんな。これから俺、もっと仕事増やすから。だから、まゆは安心して……」
「もういいの」
「え?」
「花園まゆは一回死んだのよ」
そう言うと、まゆはゆっくりと棺を持ち上げた。
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