(14)最後の戦い
ジャスティス団のヘリコプターがモナミを追う。
互いの距離はぐんぐん伸びていく。
速度ではモナミの方が断然上だった。
ヘリコプターはまだ速度を上げられるはずだが、ペダルを漕ぐ蒼沫、将吾、その他五人のジャスティス団員の力では今の速度でいっぱいだ。
蛭馬だけは先頭の席でふんぞり返りモナミを見据えていた。
蒼沫はペダルを漕ぐ足をこっそり休めて蛭馬を見た。
黒いマスクの下に不適な笑みを浮かべている。
盤面の至る所にはジャスティス団と、仲間に率いれた大衆が待機している。
モナミが羽を休ませようと降り立てば一気に攻め立てる、というのが蛭馬の作戦だ。
湖の悪臭が消えた今、盤上にモナミの逃げ場はないだろう。
モナミは遊具エリア上空で翼をはためかせ速度を落とし、ジャスティス団を待ち受けた。
ヘリが追い付き、モナミと蛭馬が宙で睨み合う。
「墓場はここでいいのかっ?」
蛭馬の問い掛けにモナミは奇声をあげて答えた。
真下には落書き掲示板がある。
白くて大きな円柱型の遊具で、名前の通り落書きをしたりお知らせを載せたりする柱だ。
その柱の周囲にはモナミを追って大衆が、ジャスティス団が、隠れていたボンバー団が集まりこちらを見上げていた。
怪鳥姿のモナミがヘリの周囲を旋回し、十分に速度が上がったところでヘリの尾に突撃してきた。
ヘリが回転する。
体勢を整える間もなく、またもやヘリの尾に、今度は下からの一撃をくらった。
ヘリはひっくり返り、みんなペダルを漕ぐどころではなくなり墜落する。
「し、死ぬっ!」
蒼沫は本気でそう思った。
乗っているヘリが墜落してそう思わない人間はいない。
なのにこの駒共は各自で着地態勢を取れなんて話し合っている。
ヘリは柱の上に墜落し大破した。
結果を言えば誰も死ぬことはなかった。
が、耐えがたい衝撃を受けて動けない。
みんな同じく、意識はあるがヘリの残骸の中で横たわっている。
蛭馬が誰より早く立ち上がり、将吾がふらつきながら続く。
すぐにダメージが抜けて、蒼沫も動けるようになっていた。
他の五人はまだ当分動けそうにない。
「お前ら、周りを見ろ」
蛭馬に言われて周囲を見渡す。
蒼沫たちは柱の上に落ちたはずなのに、大衆と同じ目線にいる。
落書き掲示板が盤面に埋め込まれていた。
だが蛭馬が見ろと言ったのはそれじゃない。
足元が不安定に揺れている。
風が震えて、雲が渦巻いている。
ここからは見えないし知る由もないが、遠くでは湖が荒れていた。
「落書き掲示板はあるスイッチとなっている。ヤツはそれを押した」
蛭馬が言うにはモナミはジャスティス団のヘリをここへ誘導し墜落させ、ヘリの重みでスイッチを押したということだ。
モナミが怪鳥の姿を解き、こちらの対面に着地する。
三羽の鳥は上空を旋回し、おそらく臨戦態勢に入っていた。
ここまでどちらの思い通りに進んでいるのか、蒼沫にはわからない。
「押されたのはなんのスイッチなんだ?」
将吾の問いに蛭馬は答える。
「ゲーム盤リセットのスイッチだ。コイツは盤上の全てを消すつもりだ」
「消すってのはどういうことだ? 俺たちは存在が消えるのか?」
「ふん、このまま待ってりゃわかるだろう」
蛭馬の言葉に周囲が騒ぎだした。
リセットのときを待つつもりか、と思ったのだろう。
大勢の駒が公園の出口へ向かって逃げ出した。
残ったのは逃げることが許されないジャスティス団と、恐れ知らずのボンバー団。それに好奇心の強い大衆の面々だ。
「リセットはすぐにはされない。ああいうビビリの連中を逃がす時間があるのさ」
蛭馬は虫けらを見るような目で逃げる駒たちの背を見送った。
正直言うと蒼沫も逃げたかったが、この戦いは避けられない。
ここで逃げて蛭馬の制裁を受けるのは勘弁願いたい。
「本当に待つつもりはないんだろ?」
将吾の問いに蛭馬は笑みを浮かべ、足元を指差す。
「……全員がこの盤面に埋まった柱にから離れれば、スイッチはせり上がっていく。元の位置まで戻ればリセットはキャンセルされる。奴が空に逃げずに着地したのはそれが理由だ」
蛭馬らジャスティス団が円の外に出ても、モナミが退かなければリセットは遂行される。
「バカな奴だ。自分から逃げ場をなくしたんだからな」
蛭馬は拳を鳴らして意気込んだ。
これから始まるのはジャスティス団の戦い。
戦いの中心は蛭馬とモナミ。
蒼沫は一歩引いた位置にいて、それでいいと思っていた。
兄から貰ったゲーム機を取り返す。
ボンバー団に奪われてからジャスティス団の元へ渡り、目の前でこいつ、飛行師モナミに持っていかれた。
その因縁にケリをつけるのは、ジャスティス団の勝利のついででいい。
盤上の決着は遊技闘でつける。
今回もそう……だからパーティを作れる人数が必要だというのに、今戦える駒は蛭馬と将吾と蒼沫だけだった。
「おいっ、まだ動けねえのかお前ら!」
将吾が共に墜落した仲間を蹴飛ばした。
その問題もすぐに解決した。
周囲には十分な数のジャスティス団が待機しているのだ。
蛭馬が五人指差してパーティに加えた。
その中にボーラインも入った。
モナミの方は三羽の鳥とパーティを組めるようだ。
互いのパーティーが揃い、向かい合う。
すると遊技闘のフィールドが浮かび上がった。
蛭馬と将吾が前衛に立ち、蒼沫とボーラインが後衛。他四人が控えエリアに待機している。
そして相手のパーティ。
【飛行師(モナミ)】空中で攻撃が成功したとき、ダメージが一〇増える。空中でダメージを受けたとき、ダメージが一〇減る。
役職を持っているのはモナミ一人だけ。
トビ、ハヤブサ、タカはパーティを成立させるための数合わせだ。
モナミはその三羽と合体し、怪鳥となった。
四人分の体力値を合わせて四〇〇。
ゴリラモードのサージャンと同じだ。
勝負開始。
ボールが落ちてくる。
モナミも蛭馬も将吾も先制攻撃を狙おうとしない。
「動け!」
蛭馬の怒声に蒼沫は驚いただけだったが、ボーラインは反射的にボールを打ちに行った。
「ザ・イルミネーション!」
ボーラインの先制魔法攻撃。
ボールは小さくきらめきながらモナミへ迫る。
モナミは大きな翼を鋭くひと振して、風でボールを吹き落とした。
ボーラインの攻撃にもっと威力があれば届いただろう。
ボールがバウンドした瞬間、蛭馬と将吾が動く。
互いの手首を掴み、ネットを飛び越えた。
前の戦いでボンバー団を圧倒した大技、
「バーサーカーダンス!」
……今回は一気にケリを付ける気だ。
将吾が蛭馬の体をブン回す。
蛭馬はその力に乗って蹴りを繰り出す。
二人のバーサーカーが躍り狂うような動きを見せた。
モナミはガードしようと両翼で蹴りを受けた。
大量の羽根が飛び散り、怪鳥の巨体がフィールド奥のゴールマットに叩きつけられた。二〇ダメージ。
追い討ちをかけるべく、将吾はモナミに向かって駆け出しもう一度蛭馬を振り上げた。
これで終わった、と誰もが思った。
……。
数秒後、盤面に這いつくばり、体力値を全て失い外野に送られたのは蛭馬と将吾の方だった。
将吾が散らばった羽根を踏んづけて転倒し、蛭馬と共に無防備な姿を晒す。
その隙をモナミは見逃さず一気に反撃に転じた。
怪鳥はトビ、ハヤブサ、タカに分裂し、蛭馬と将吾を蹴って突っついて引っ掻いた。
二人はあっという間に体力値を失い脱落した。
蛭馬と将吾がこんなにもあっさり退場したことが、蒼沫はもちろんジャスティス団、大衆、ボンバー団の全員が信じられなかった。
或いはモナミ自身、この展開に戸惑っているようにも見えた。
蛭馬と将吾は見えない力で外野へ送られた。
一気に体力値を削られたからか、二人とも気を失っている。
「蒼沫、ここから先はお前が頼りだ」
ボーラインが期待の眼差しを向けて言う。
駒ってやつはすぐ人間に頼る。
蒼沫は控えエリアに待機している味方に目を向けた。
味方が二人倒れた今、エマージェンシーコールを宣言し控えの駒を補充できる。
出来るだけ強そうな駒を……と選んでいると、控えの駒たちの頭上に火花が降り注いだ。
次の瞬間炸裂音が鳴り響く。
巻き起こる煙の中に赤月とキャリーが降り立つのが見えた。
カラカラと風車の回る音がする。
煙が薄まったタイミングで、
「ゲホッボンバー団、参上! ゲホッ煙い!」
赤月が咳き込みながら声をあげた。
ギャラリーの所々から、隠れていたボンバー団の歓声が聞こえた。
「……お前ら何しに来たんだよ?」
「宿敵ジャスティス団のピンチに颯爽と飛んできたのだ」
「成り行きでそうなっただけぇ」
赤月は堂々と、キャリーはゆったりと答える。
その足元には待機していた味方が転がっていた。
「お前らが余計ピンチにしてくれてんじゃねえか! 控えを潰してどうすんだよ!」
怒る蒼沫に赤月はしれっと答える。
「僕たちが代わりに加わろう。あれくらいの爆発で気を失う駒より役に立つぞ」
「それならよし!」
「さすが蒼沫ぅ」
キャリーも皮肉を込めて感心した。
「それでいいよな?」
蒼沫はボーラインにも確認を取る。
「本当は嫌だけど、もめてる時間はないからよしとする」
ボーラインは苦々しい顔で親指を立てた。
本来なら対戦相手であるモナミにも確認を取るのがマナーだが、誰もそれを指摘しない。
断られたらモナミ以外の全員が困るからだ。
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