(13)目的達成
声も出せない圧にしばらく堪え、ふと楽になる。
降り注ぐゴミの領域を抜けて、安全な水域までたどり着いていた。
全てのゴミが沈んだからか、水面から明かりが届く。
フロントスクリーンに写し出される湖底の色が室内を照らした。
景色を堪能する余裕はない。
数十秒間、声も出せない重圧に耐え切った。
その直前まで全力でペダルを漕いだこともあって、全員が疲弊していた。
無理をすると駒も疲れるのだ。
セーラがレーダーを確認する。
表示されたカバは目を回していた。
かろうじて生きている状態だろうか。
「ジェット爆弾を使うとカバくんの体力も消耗するのよ。ふふう……」
笑う力も残ってないようだ。
逢魔もさすがに潜望鏡から目を離し、ぼんやりと低い天井を見つめて呟いた。
「セーラ……多少の障害は覚悟していたが、あんな危険があるとは聞いてなかったぞ」
「前はあんなこと起こらなかったのよ……自然の怒りも今回は本気を出したのかもね。うふ」
疲れはすぐに取れて、みんな気を取り直した。
全てが青紫色の幻想的な景色。
その奥に、大きな花畑が見えた。
「水中に、花畑? しかも一輪が布団みたいにでかい」
いろんな形の花がある。タンポポやチューリップ、ウツボカズラみたいなものまで。
人の世にある花に似せているようだが、水中で咲くような花を赤月は知らない。
セーラが花畑を指差す。
「見て、幾つか蕾があるでしょう?」
「あるね」
「ドリルで破いて」
「酷いことを言う」
と言いつつドリルボタンを押した。
破けた蕾から剣や斧や銃、それにタイヤ程もある大きなヨーヨー、テニスラケットくらい大きな棒つきキャンディー等が出てきた。
「これみんな武器なんだよね。お宝らしくないけど」
「盤上ではどんな武器でも立派にお宝よ。うふふ、回収よ」
カバが大口を開けて武器を食べていく。
食べた武器はお腹に運ばれていくようだ。
大量のお宝にみんなテンション高くなっている。
「俺たちが大衆から奪ったものをジャスティス団が奪い、モナミはそれをさらに奪う。つまりこれは俺たちが奪われた物を取り返しているだけだ」
「なるほどそうだな……とはならないぞ! これみんな元の持ち主がいるんだろ? ジャスティス団を倒したら返してやろうよ」
赤月のひと言でみんな黙り込んだ。
誰も同意しないし不機嫌になる。
親分なのにアウェーだ。
花の蕾は幾つもある。
どんどん破ってどんどん回収する。
盗めば盗むほど胸が騒ぐ。嫌な気分だ。
マガトが喜んでいるような気がした。
「親分が探しているレイスマって武器だって見つかるかもしれないぜ」
逢魔の言葉で赤月もやる気になった。
この花の多くは水面で花を咲かすらしい。
モナミは奪った武器を花の上に乗せ、十分に溜まったところで花びらを(たぶん手作業で)閉じて蕾に戻す。
花は浮力をなくし、重さで湖に沈んでいく。
そんな仕組みだろう……とみんなで話して結論付けた。
逢魔はセーラに見張りを忘れていることを指摘され、慌てて潜望鏡を覗いた。
「あ」
逢魔の発見にみんなが注目する。
「ジャスティス団の船が近付いている。六時の方向、距離はおよそ一メートル!」
「真上じゃないか!」
赤月のツッコミと同時に湖が赤く光り、水中で爆発音が響く。
上からの圧でカバは湖底に叩きつけられた。
画面に映るカバが悲鳴をあげる……巨大な花がクッションとなってくれたおかげでギリギリ持ちこたえられた。
無事を確認し、赤月はたずねる。
「なんでジャスティス団がここに? 匂いは?」
逢魔がめちゃくちゃ伸びる潜望鏡を水面まで伸ばし、覗きながら答える。
「浮いてるゴミが全く見当たらない。さっき大量に降り注いできたときに全部沈んだんだ」
「それで匂いが消えて湖を通れるようになって、僕たちがお宝を回収している間に接近されていた、と……」
「あたいらの居場所がバレたの?」
キャリーの問いに答える前に逢魔は潜望鏡をじっと見た。
「いや、どうやらモナミを倒すことが目的のようだ」
セーラが目のマークが描かれたボタンを押す。
レーダー画面に水上の景色が写し出された。
潜望鏡から見える景色が映し出されるらしい。
水上にも大量の花が咲いている。
水中で見るより色鮮やかだ。
黒く染まった船がそれらをかき分け突き進む。
大型船とは言わないがカバの十倍はある立派な船だ。
甲板に大砲が乗っていて、二十人ほどの乗組員も弓やら鉄砲やらで上空に向かって矢を放ち、発砲している。
上空ではトビ、ハヤブサ、タカ、そしてモナミが銃弾や矢を掻い潜り飛び交っていた
三羽の鳥がモナミと身を寄せ合うと、それらは一羽の怪鳥へと変化した。
「うわっ、カッコいい!」
赤月は思わず声をあげた。
怪鳥は宙で翼をはためかせ強風を巻き起こした。強風で船を押し戻し、向きを変えたところで陸へと飛び去った。
船にはヘリコプターも乗っていて、ジャスティス団のうち八人がそれに乗り込みモナミを追って飛び立った。
ヘリコプターの操縦も人力で、七人の駒が精一杯ペダルを漕いでいる。
その中には蒼沫の姿もあった。
先頭にふんぞり返る蛭馬だけは漕いでいない。
「よしよし、邪魔物同士潰し合ってる」
赤月は悪い笑みを浮かべた。
船に残されたジャスティス団は進路を戻し、水面の花畑を突っ切ってモナミとヘリコプターを追っていく。
一輪の花が破けて、その上に乗っていた武器が落ちてくる。
それはレイティスト・スマートだった。
他にも武器らしいものは幾つも落ちていたけれど、赤月の目には映らない。
カバを操縦し船の中に引き上げた。
水中に落ちて水浸しになったゲーム機は、人の世であれば壊れて使い物にならなくなってもおかしくない。
だが盤上ではひと拭きすれば嘘のように乾いて元通り。
電源ボタンを押すとレイスマは光って起動音をあげた。
「これで僕の目的は果たした。一応、ここにいるみんなのおかげと、言えなくもないのかな? お礼の言葉を送る……べきかな?」
赤月はみんなに複雑な思いで感謝した。
「礼なんていらねえさ。目的を果たしたんなら、約束も果たしてもらわなきゃな」
と逢魔。
「よし、ジャスティス団とモナミ、決着がついたところで勝者を襲撃する。勝利を盗むのだ!」
赤月の言葉にみんなも声をあげて応える。
「でも親分、カバくんは限界。連中に追い付けないと思うよ」
セーラが告げた。
スクリーン画面にはかわいそうなくらい瀕死の形相のカバの顔が映し出されていた。
カバは水面に浮上した。そこにはもうジャスティス団もモナミもおらず、破れて散った大量の花が浮かんでいるだけだった。
カバの口を開けて、赤月とキャリーは身を乗り出す。
キャリーが右腕でプロペラを回し、左手で赤月を掴んで飛び立った。
死にかけのカバでは間に合わなくても、飛んでいけば間に合うはず。
空を飛ぶという念願が叶った感動と、最後の戦いが迫る緊張が入り交じる。
「私たちも出来るだけ急いで追うよ!」
カバの口から身を乗り出し、声をあげるセーラに赤月は手を振って応えた。
背後で声ならぬ声がささやく。
『これが、この盤上で最後の戦いとなる。奴らへの敵意を高めろ……それが殺意となるまで……』
マガトの声だ。
余り怖いことを言われると畏縮してしまうのだが、マガトの魂がそれを許さない。
勝利のため……高まる悪意に心を委ねた。
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