(3)【盗賊】逢魔
蒼沫の道案内で暗闇エリアを目指す。
話しを聞くところによると暗闇エリアは文字通り夜のように暗いエリア。
本来は花火や光る遊具で遊んだり、ライトアップされた催しを楽しむ場所だったらしい。
それがいつしかボンバー団の縄張りにされて、立ち入った駒が暗闇から襲撃されて武器を奪われる事件が多発した。
蒼沫も被害者の一人。
ボンバー団は暗闇エリアのみに留まらず公園内の全てに範囲を広げて略奪を行った。
公園にいるのは初心者向けの弱い駒ばかり。
被害はあっという間に広がって、多くの駒が逃げ去った。
戦う駒もいたが、到底敵わず返り討ちにされている。
人の世で言う警察組織のようなものも存在するらしいが、役に立たないと蒼沫は言う。
そんな折り、ヒーローのような駒が現れた。
力だけの正義から生まれた【司令官】の蛭馬……というその駒は、圧倒的な暴力をもって一人でボンバー団の半分を壊滅させたという。
その実力に魅せられた駒たちを集めてジャスティス団を立ち上げた。
それからというもの公園はボンバー団とジャスティス団の戦場となる。
ボンバー団による一方的な略奪は減ったものの、戦いの影響で多くの遊具は壊され、公園で遊ぶ駒もだいぶ減ったということだ。
「生まれは怖いけど正義の味方なんだね。応援しよう」
「言っとくけどお前はやられる側だから」
蒼沫の言葉で赤月は自分が盗賊であることを思い出した。
この情報を得られただけでも蒼沫を連れてきてよかったと考えることにした。
目的を果たしたら、こんな危なっかしいゲーム盤は速やかに引き上げよう。
悪臭がする。
道を進むにつれ強くなっていった。
赤月はにおいが染み付かないようアキトラを懐にしまった。
「これはいったい……なんの匂い?」
「もうすぐわかる」
と蒼沫は言葉少なくなる。
なぜ公園にあるのかわからない草原エリアを抜けて、湖にたどり着く。
この公園には遊泳エリアがある。
海のように広い湖で、泳いだり釣りをしたり船を漕いだりといったことも出来たようだ。
だが今はとても出来そうにない。
湖にはゴミが大量に浮いていた。
砂浜から波打ち際、そこから沖合い……ずっと遠くの水平線までとは言わないが、とにかく遊泳エリアの大半はゴミで埋め尽くされていた。
波に揺られたゴミ同士がぶつかり合ってガチャポンガチャポンと音を立てている。
「汚い、臭い、うるさい」
赤月はぼやいた。
人の世で感じる臭いとは違う、呼吸を邪魔しない悪臭だ。
だけど、目が回りそうだ。
「これもボンバー団の仕業だ」
と蒼沫。
「この浮いてるゴミはどれもボンバー団とジャスティス団との戦いの中で壊された公園の遊具。ボンバー団の奴らはそれらを湖に捨てたんだ」
見たところ鉄の塊や石で造られたような遊具の残骸もあるが、公園の遊具はどれも水に浮くようだ。
赤月は息を呑んだ。
「うわっ蒼沫、あれ……動物の死骸がいっぱい浮いてる」
「あれも遊具だ。ここに来る時草原を通ったろ? あそこは動物の形をした乗り物が置かれていたんだが、やっぱり戦いの中で壊れて捨てられた」
セーラたちが乗っていたカバを思い出す。
本物の動物じゃないことがわかって赤月は安堵した。
「しかしボンバー団はなんだってこんなことをする? 略奪はわかるけど、湖を汚したって嫌がらせにしかならないと思うが」
「さあ、嫌がらせをしたいんじゃねえの?」
蒼沫は首を傾げた。
興味はないようだ。
そこからは二人ともあまり喋らず歩き続けた。
歩いているうちに空が夕焼けに染まった。
盤上では時間ではなく立ち位置によって太陽の見える位置が変わる。
思い起こせば〈ならず者のアジト〉はずっと夜だった。
暗闇エリアに近づくほど陽は沈み、暗くなっていく。
「ここからがボンバー団の縄張りだ。覚悟は出来てるよな?」
「さあ」
蒼沫の問いに赤月は不安げに答えた。
セーラの名前を出したところで話しを聞いてくれる連中なのかどうか、確証はない。
「キャンプファイヤーがある」
赤月は駆け寄った。
細い丸太で四角く囲まれた焚き火がうすぼんやりと燃えている。
近付いても熱くない。
人の世のそれと違って煙も灰も上がっていない。
作り物の炎だ。
丸太にはダイヤルがついていて、回すと炎は勢いを増し周囲を明るく照らした。
言ってしまえば炎のように揺らめくライト。
インテリアに欲しいと思った。
次の瞬間、赤月は背中に衝撃を受けた。
「痛いっ」
「矢だ!」
蒼沫がそれを引き抜いた。
「またか!」
「火を消せ!」
二人が慌てている間にも矢は立て続けに飛んでくる。
ダイヤルを回してキャンプファイヤーを消す。
周囲は暗くなり矢の襲撃は止んだ。
だが別の襲撃は続いた。
今度は八人の松明を持った駒に囲まれていた。
「わざわざ俺たちの縄張りに入って来るとは命知らずだな。まずは望み通り命を貰う。身ぐるみ剥ぐのはそのあとだ」
一団のリーダーらしき駒の声が、やや遠くから聞こえる。
暗くて姿は見えない。
「望んだ覚えはないけど」
「もう遅い」
呑気な赤月に対し冷淡な答え。
「……この人数をいっぺんに相手するのはアキトラがいてもしんどい。蒼沫は何の武器を持ってる?」
ピンチではあるが赤月は悠長に質問した。
蒼沫も同様に答える。
「俺の役職は【格闘家】だ。素手で戦う」
「えっ、蒼沫、格闘なんて習ってた?」
「いいや、だけど素手で遊技闘が出来るなら格闘家を名乗っていいってワイオアルユが言ってた」
「格闘家舐めてるのかゲームマスター!」
こんな状況においても余裕があるのは、人間の方が駒より強いことを知ってることと、結局はゲームなのだという感覚が二人にはあったからだ。
もちろんここでやられるつもりはない。
「かかれ!」
リーダーの号令で部下の七人が一斉に襲いかかる。
赤月にはアキトラがいる。
ぬいぐるみを振り回し、アキトラの爪で賊を尽く引っ掻いた。
賊は一撃毎に吹っ飛ぶ。
人の世では喧嘩なんて全然しない蒼沫は、やられこそはしなかったが苦戦していた。
この暗闇と人数の差が蒼沫を苦しめている。
不意に伸びてきたマジックハンドにアキトラを掴まれた。
「だにゃあん!」
アキトラの声に反応し、赤月は奪われまいと咄嗟に抱き締めた。
「マジックハンド使いの盗賊……アイツだ!」
蒼沫が叫び、キャンプファイヤーのダイヤルを回して火を付けた。
盗賊たちの姿が照らし出される。
マジックハンドが離れ、リーダーらしき駒の手元に戻る。
「ということは……こいつが、逢魔」
赤月はぬいぐるみを抱き締めたまま、その駒の姿を見た。
全身栗色のレザースーツを着て黒いヘルメットを被った駒。
シールドの奥からはギラついた目が見える。
片目で見て、役職と名前を確認。
確かに【盗賊】逢魔だった。
「蒼沫のときといい、会いたい相手にすぐ会える。僕の日頃の行いがいいからかな」
「盗賊がなんか言ってらあ」
蒼沫がぼやく。
逢魔が赤月に目を向けた。
「俺もお前を知っているぞ。元新入りの人間、赤月」
「会ったことはないはずだけど」
「セーラに聞いた。人間の新入りが来たから迎えに行ったが、期待外れすぎてクビにした、と」
「……それじゃあ、自己紹介はいらないね」
元々盤上では片目を閉じれば役職と名前を知れるから自己紹介はいらないが、何か喋って平静を保つ。
「で、その期待外れが俺になんの用だ?」
赤月は蒼沫の肩に手を置いた。
「こいつから取った武器を頂きに来た。頂戴」
逢魔の怪訝な顔がヘルメット越しでも伝わった。
「誰から何を取ったかなんて覚えちゃいねえよ。それに、盗賊が盗んだ物を返せと言われて返すと思うか」
「返せと言ったんじゃないよ。僕も盗賊なんだ」
赤月は脅しを含んだ言葉を口にした。
言ったあとで緊張してきた。
人の世ではこんなことを言う性格ではないのだ。
「……セーラも見る目がないな。結構素質あるじゃねえか」
褒められたのかもしれないが嬉しくない。
「できれば穏便に済ませたいと思ってる。セーラに聞いたかわからないけど、僕の実力は申し分ないって言われたよ」
「どうせそのぬいぐるみのおかげだろ」
蒼沫に図星を突かれた。
だがこうして逢魔の部下を蹴散らせて見せたのだ。
脅しは効いた。
「盗んだ物はここにはない。全て親分に献上している」
と逢魔。
「……親分って強い?」
「会いたきゃ会わせてやるよ。隠れ家に案内してやる。強さはそのときに確かめな」
「会いたくないよ」
「会わなきゃお目当ての武器は手に入らないぜ? 親分が持ってるって言っただろ」
「でも、隠れ家には子分がいっぱいいるんだよね?」
「襲撃にあうことを気にしてるのか。攻め込んで来ておいて」
「元々戦うつもりはなかったよ! 襲われたから応戦したんだ。取られた武器だって、できれば話し合いで貰うつもりだったよ」
逢魔は面倒くさそうに息をつく。
「怖いなら帰ればいい、だが、お前には再び俺たちの仲間になるという選択もある。戦うつもりなら止めはしないが、俺たちの仲間になれば、盗んだ物も親分が許せば貰える」
「なります! だから武器は俺に返してな!」
蒼沫が答える。
「……誰だそいつは?」
「部外者」
「違いますぅ! 俺は赤月の知り合い。逢魔、お前に取られた武器を取り返しに来たんだよ。仲間になりゃ返してくれるってんなら仲間になるって言ってんの」
蒼沫の必死のアピール。
逢魔は胡散臭いものを見る目をしている。
「さっきも言ったが獲物のことなんざいちいち覚えてはいない。そもそもお前は強いのか?」
「俺も人間だけど」
「親分の所へ連れてってやるよ」
「人間に甘々だな!」
赤月はツッコミを入れた。
逢魔は部下にこの場に残って見張りを続けるよう指示を出し、赤月と蒼沫について来いと言って歩きだした。
蒼沫はそれに従う。
逢魔を信用するのは早いと思うけど、蒼沫はそこまで考えていない。
でも他に選択はない。
赤月も流れに従うことにした。
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