(2)【格闘家】蒼沫

 初めて訪れたバカみたいに広い公園で一人。

 当てもなく蒼沫を探すことになる。

 赤月は懐からぬいぐるみを取り出した。

 でかい顔と口、ずんぐりした体型に短い手足の怪獣のぬいぐるみ。

 人の世から持ち込んだ宝物で、盤上ではこれが赤月の武器だ。

「アキトラ、蒼沫はどこにいると思う?」

 ぬいぐるみに話しかける。

「だにゃあ、だにゃん」

 カエルとネコが混ざったような低いダミ声。

「さあ、知らん」と言われた気がする。

 盤上ともなればぬいぐるみが自我を持ち、ひとりでに鳴いて動く。

 人の世で何度も空想した出来事が本当に起きて、赤月はいたく感動した。

 人の世ではそんな恥ずかしい空想を誰にも話すことはできない。

 もっとも今でもこの感動を誰にも伝えられていないのだけど。

 それよりも今は蒼沫の居場所だ。

 その辺の誰かに聞いてみようかと思ったが、赤月を見かけた駒はみんな警戒し遠ざかる。

 盗賊なのだから仕方ない。

 ふと違和感に気付いた。

 公園には武器を持っていない駒の方が多い。

 駒は防具と武器は基本的に必ず身に付けている、とワイオアルユは言っていたのに。

(……奪われたのだろうな。僕たちのような盗賊団に)

 許しがたいやつらだ。

 これからは親切にされても気を許さないと決めた。

 蒼沫は無事だろうか。

 無事だといい。

 あいつの武器は僕が取る。

 赤月は静かに意気込んだ。

 蒼沫の居場所がわからなくとも公園の地形だけでも知っておきたい。

 これだけ広い公園なのだから、どこに何があるのか記された案内板みたいなものがあると思う……のだけど、それすらどこにあるかわからない。

 適当に歩いているうちに掲示板を見つけた。

 落書き掲示板という名だが、板じゃなくて柱だ。

 白くて大きな円柱で、名前の通り落書きをしたりお知らせを載せたりする遊具らしい。

 それに公園の案内図が貼られている。

 運が良かったとは思わない。

 これだけ広いのだから、案内図は複数箇所にあると思っていた。

 人の世ではそうなのだから。

 むしろ運が悪いと思った。

 誰かが火でも起こしたのか、その案内図は焼け焦げて大半が読めなくなっていた。

 わかるのは現在の自分の居場所と自然エリアへの道順のみ。

 そこへ行けと言われた気がして、赤月は自然エリアに向かうことにした。


 自然エリアの入口は林道の迷路になっている。

 木漏れ日が差し込み静かな雰囲気だ。

 赤月がそこへ進入する前に、

「だにゃ! だにゃ!」

 アキトラが騒ぎだした。

 入ってはダメだと言ってる気がする。

 赤月も急に不安になった。

 引き返そうとしたそのとき、木の上から放たれた弓矢に膝を射抜かれた。

「痛ーっ!」

 人の世で受けるような本当の痛みではない。

 体がビックリするような感覚だ。

 矢を抜く。

 ゲームの世界だから怪我もしない。

 赤月は逃げ出した。

「動くな!」

 背後から叫び声と同時にまた矢が放たれる。

 背中に命中。

 痛いのではないが、矢が刺さったままでは力が入らない。

 林から四人の追手が現れ、背中の矢を抜こうとしてる間に追い付かれた。

「捕えろ!」

 追手の一人が赤月の腕を掴む。

 甲高い声をあげてアキトラの体が膨れ上がった。駒の数倍は大きな四つ足の怪獣はその巨体で駒たちを踏み潰した。

 アキトラはすぐに元の大きさに縮んで赤月の腕に収まった。

 人の世から持ち込んだ宝物は大切なものほど強くなる、とワイオアルユは言っていた。

 その力によってアキトラは攻撃する一瞬だけ巨大化して強くなる。

 元はゲームセンターで取ったもので、大好きなゲームキャラクターのぬいぐるみ。

「そのぬいぐるみ……お前、赤月?」

 踏み潰された追手の一人が寝転がったままたずねた。

 青い胴着にヘッドギアを被った駒。

 聞き覚えのあるその声に、見覚えのある人懐っこいその目、探し求めていた蒼沫がそこにいた。

「蒼沫……お前の武器を奪いに来た!」

「俺の武器を返せ!」

 赤月と同時に蒼沫も叫んでいた。

 二人同時に怪訝な顔をして、

「まだ盗ってないよ! お前が持ってるんじゃないのかっ?」

「もう盗られたよ! お前が持ってるんじゃねえのかっ?」

 また同時に叫んでいた。

 お互いに状況を掴めないでいる。

「つまり、僕が奪う前に他の盗賊に奪われたってこと……なんだな?」

 赤月が確認する。

 蒼沫は頷いたが、まだ疑わしげな目を向ける。

 一番状況を把握できていないのは蒼沫の三人の仲間たち。

「知り合いなのか?」

 と問われ、蒼沫は頷いて答えた。

「一緒にゲームを始めた」

「ということはこいつも人間か」

 三人が赤月を警戒して睨み付ける。

 ワイオアルユに貰った説明書には盤上では片目で駒を見るとその駒の役職と名前が目に見えると書かれていた。

 片目を閉じて三人の役職と名前を確認した。

 木製の鎧の駒は【盾兵】のマーリン。

 片袖のグリーンジャケットを着た駒は【弓兵】のモヤイ。

 白いコートの上から全身に電飾を巻いた駒は【魔法使い】のボーライン。

 自分に二度も矢を当てたのはモヤイか。

 しかしアキトラに当てなかっただけまだ許せる。

 蒼沫はプロテクターのついた白い胴着を着て、【格闘家】になっていた。

 頭部もヘッドギアで守られている。

「気を付けろ。近くに仲間が隠れているはずだ」

 と言ったモヤイ含め四人はいらない心配をしていた。

「盤上では一人で行動してはいけないって決まりでもあるの?」

 赤月の問いに三人は考え込む。

「決まりはないが、通常はパーティを作って行動する」

 しかし赤月に仲間はいない。

 四人はそれがわかってもアキトラの力を警戒して捕らえようとはしてこない。

「一緒にゲームを始めた人間が、なぜ盗賊になった?」

 聞いたのはボーライン。

 質問は蒼沫に向けられていたため、赤月は答えない。

「俺の武器が高級品だったんで欲しいんだってよ」

「そんなでたらめを……」

 赤月は言いかけてやめた。

 この場ででたらめを訂正することに意味はないし、盗賊である自分の言葉は信用もないと判断した。

 それに、蒼沫の武器を奪うために盗賊になったことは事実だ。

 ゲーム開始時にそう宣告していたから、蒼沫だって取られた武器を赤月が持っていると思ったのだろう。

「アーサーは?」

 今度は赤月がたずねる。

 蒼沫と一緒に行動していると思っていたが、この場にはいない。

「一緒にはいない」

 蒼沫は不機嫌に答える。

「なんで?」

「公園が広すぎて再会できないんだ」

「一度は会ったんだ?」

「会ったけどどっか行った」

 その口振りからするとアーサーがどこでどうしてるのかわかっていないのだろう。

 公園が広いのは確かだし、自分がこうも早く蒼沫に会えたのは幸運だったのかもしれない。

 正直言って赤月にとっては好都合でもあり肩透かしでもあった。

 蒼沫から武器を奪うために戦うとき、アーサーも一緒に相手するだろうと覚悟を決めていた。

「俺から武器を奪ったのは逢魔って名前の盗賊だ。どこにいるか知ってるか?」

「知らない」

 赤月の答えに蒼沫はつまらなそうに目を細める。

「俺は武器を取り返したい」

 未練がましく言う。

「ここに居たら取り返せるの?」

 赤月の問いに蒼沫はたぶん、と首を傾けた。

「この自然エリアはジャスティス団っていう自警団の拠点があるんだ」

 盗賊団を捕らえるために動く正義の組織があるらしい。

 それがジャスティス団。

 ネーミングセンスはボンバー団と互角だな。

「ここで待ってればそのジャスティス団が捕らえた盗賊に会って、安全に逢魔の居場所を聞けると思ったんだ」

 自分で逢魔とやらを探すより、ジャスティス団が捕らえた盗賊から話しを聞く狙い。

 安全のためとはいえ非効率だと感じた。

 ジャスティス団の仕事の邪魔にもなりそうだ。

「そういえば……」

 赤月はセーラの言葉を思い出した。

 セーラと逢魔が仲間だとしたら、逢魔も暗闇エリアを拠点にしているだろう。

「……やつらの拠点に心当たりはある」

 赤月は言葉に蒼沫は目を輝かせた。

「どこ?」

「知ってどうする?」

「攻め込む」

「……キミら四人で?」

「そう」

 だが蒼沫の仲間の三人は寝耳に水といった反応を見せた。

「ちょっと待った。俺らそんな危険地帯に踏み込む気はないぞ! ジャスティス団の拠点の近くなら安全だと判断したから協力してたんだ」

 モヤイが抗議する。

「でも全然情報入って来ねえし……」

 蒼沫は不満げにぼやいた。

「とにかく、拠点に攻め込むなら俺たちは行かない。蒼沫もやめておけ、武器を奪われるだけじゃ済まない。殺されるぞ」

 赤月も蒼沫もぎょっとした。

「盤上で殺されることってあるの?」

 刺されても撃たれても、ついさっき二度も矢で貫かれたのに死ななかったのに。

「ある。駒を殺せる奴は多くはないが、ボンバー団のボスなら、それができると噂で聞いた」

 蒼沫は少し考えて、答えを出した。

「攻め込むのはやめる。赤月の味方として行くなら、無事で済むかもしれない」

「盗賊になるって言うのか?」

「場合によっては」

 モヤイの問いに蒼沫は頷く。

 仲間たちは首を横に振った。

「そこまで大切な武器だと言うなら止めないよ。俺たちは行かないけど」

 蒼沫はここで仲間と別れる決意をしたようだ。

「蒼沫が盗賊になったとしたら、今度会うときは敵同士だ。そうならないことを祈るが、健闘も祈る。じゃあな」

 別れの言葉を残して、三人の仲間はその場を離れていった。

 勝手に話しが進んだような気がする。

「僕が蒼沫を連れていくメリットなんてないんだけどな」

「いいじゃん。目的は同じなんだし」

「だからダメなんだよ。目的を果たせるのはどっちか一人なんだから……ところで、暗闇エリアってどこ?」

「ほらっ! メリットあるじゃねえか。案内してやるよ。俺がいてよかったな」

 赤月には適当に探すという選択もあったのだが、ここで蒼沫を突き放すのも心ないことだ。

 腑に落ちないがこの展開を受け入れた。

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