盤上のメルヘン 第二幕 盗賊と格闘家の章
行條 枝葉
(1)【盗賊】赤月
「ようこそ人の世の子どもたち。私はゲーム盤の欠片から生まれた【ゲームマスター】のワイオアルユ。キミたちを盤上に誘う者だ。何、情報量が多い? 子どもはハッキリ言うね。ゲームマスターとだけ覚えてくれればいいよ。さっそくだがまずはプレイヤー名を決めてくれ。一度人間の名前は忘れてもらうが、ゲームが終われば思い出せる」
急に名前を考えろと言われて、子どもたちはいきなりつまずいた。
本名を使うことはお勧めしないとワイオアルユは言う。
が、急には思い付かないのでワイオアルユにサクッと決めてもらった。
強気な目付きの少年はアーサー。
細目の少年は赤月。
人懐っこい目の少年は蒼沫。
にこやかな目の少女はニチカと名付けられた。
統一感がないのはゲームの世界では普通のことらしい。
じっくり自分で考える子もいたが、待ってはいられないので話しを進める。
「あらかじめ伝えておいた宝物は用意してくれたかな? 盤上においてキミたちの武器となる。大切にしてる物や高価なほど強くなるが、ゲーム中に盗まれたり壊れたりしたら本当にそれを失うことになるから、持っていくものはよく考えてね」
結構深刻な話しだ。
アーサーが持ってきたのは父親からもらった金色の十徳ナイフ。
赤月はゲームセンターで取ったぬいぐるみ。
ニチカはとある競技大会で優勝した記念トロフィー。
蒼沫はレイティストスマートという最新のゲーム機。通称レイスマ。
キラン。
赤月は蒼沫の持ってきたゲーム機を見て目を光らせた。
「続いて、キミたちが最初に降り立つゲーム盤を選ぶんだ。ゲーム盤は星の数ほどあるが、最初のうちは初心者向けである三つに絞っておいた』
ゲームマスターは三つの箱を用意する。
箱を開くとジオラマが現れた。
もっとも自由に遊べる公園〈ビギナーズパーク〉
悪党が集まる〈ならず者のアジト〉
兵隊となって任務をこなしていく〈王のいない王国〉
子どもたちは速やかにゲーム盤を選んだ。
「最後に【役職】を与える。戦士とか魔法使いとか、キミたちもよく知るファンタジーな世界の職業だ。とはいえ、人間が最初に与えられる役職は【見習い戦士】だと決まっている。盤上では同じ役職の駒同士はパーティを組めない。よって同じゲーム盤を選んだとしても最初は別々に行動することになることを伝えておこう」
ゲームマスターは全ての説明を終えた。
「最初の準備はそれくらいだ。説明書を渡しておくから読んでおきたまえ。それでは始めよう……ゲームスタート!」
赤月は〈ならず者のアジト〉を選んだ。
常に夜に包まれていて、盗みや暴力、破壊行為を好む駒が集まる場。
とはいえ駒はみんなまるっこい体の二頭身。
荒くれ者のドラえもん集団みたいで怖くはなかった。
いろんな悪党がいて、大きな悪事を働いた駒ほど尊敬される。
盗賊団や破壊者集団、喧嘩屋に暗殺組織、呪術を使う教団なんかもある。
ならず者のアジトを選んだのは【盗賊】の役職を得るため。
盗賊の道を選ぶのは、蒼沫から武器を奪うためだ。
役職を得たらこんな所はさっさとずらかろうと思っていたのに、赤月は長らくアジトをさ迷った。
盗賊となるためには他の駒から武器を奪えばいいらしい。
赤月は人の世ではいい子で通っていた。
勘弁してくれ、と思わないでもない。
けれど、このゲーム盤を選んだのは他ならぬ自分自身。
文句は全て自分に跳ね返る。
武器を奪うに遠慮の要らない相手を探してアジトを歩き回る。
駒たちは人間である赤月に好意的で、仲間に誘われることも何度かあった。
目的が合わずパーティを組むことはなかったが、腕試しに遊技闘で勝負してその力を見せつけてやることはあった。
が、負かせた相手から武器を奪う決心がつかず、幾つかの勝負を経ても、赤月の役職は【見習い戦士】のまま変わることはなかった。
〈ビギナーズパーク〉を拠点としているボンバー団という盗賊団の存在を知り、赤月はそこに加入した。
そこに蒼沫がいる。
今でも留まっていてくれてるなら、だけど。
ボンバー団の幹部とメンバーに率いられ、ビギナーズパークを訪れた。
ここで初めての盗賊活動を行う。
ビギナーズパークは公園を象ったゲーム盤。
変わった形の遊具がたくさんあって、もっと変わった見た目の駒たちがはしゃいでいる。
ならず者のアジトと違ってのどかな光景。
目的がなければ自分はここを選んでいただろう、と赤月は思う。
だけど、その裏に盗賊団がはびこっている。
裏どころか今から自分たちがこの平和に遊ぶ駒たちを襲撃する。
なんか申し訳ない。
笛の音のような鳴き声。
見上げるとトビが旋回していた。
公園の駒たちがボンバー団の存在に気づき逃げ惑った。
仲間と共に手頃な六人組のパーティを追い詰める。
獲物といえど武器を持って生まれた駒。
黙ってやられることなく戦闘となる。
戦闘といってもやるのは遊技闘という競技。
相手の同意なく強制的にフィールドに入れるというのが盗賊団のやり方だ。
ビギナーズパークの駒の多くは弱い。
難なく倒せてしまった。
仲間たちが倒した駒の武器を奪う。
赤月もそれに倣い、倒れた駒の手から武器を取った。
赤月は【見習い戦士】から望み通り【盗賊】の役職を得た。
その変化は見た目に現れた。
初心者マークマークを張り付けたような服装が変わっていく。
ゼブラ柄のバンダナと緑色のスカーフで顔を隠し、緑色のシャツの上にこれまたゼブラ柄の片袖の貫頭衣、袖のない右の肩にはプロテクターという出で立ち。
人の世ではまず身につけない柄だけど、盤上ではみんな変な格好だし気にしない。
盗賊として初めての仕事を終えて、赤月は後悔した。
盤上で駒を相手に悪いことをしたって心痛まないと考えていたが、とんでもない。
駒は人間と同じく感情豊かで個性があり心を持っていた。
人の世とは違うけど、違わない部分もあるとなぜ考えなかったんだ。
武器を奪われた駒たちから、悔し涙の浮かんだ目で睨まれて胸が痛む。
奪った武器を返してやろうと赤月は仲間たちに提案した。
当然仲間たちは反対する。
「赤月、あなたはクビよ。うふ」
そう言ったのは、パーティのリーダーを務める【海賊】セーラ。
海でもないのに黄色いレギンススーツ、サーフパンツとオレンジ色のライフジャケットを着て、シュノーケルマスクをつけている。
水中メガネの奥の目は可愛げがあるが、どこか小馬鹿にした印象を受ける。
「入ったばかりなのに?」
判断の早さに赤月は戸惑った。
「入ったばかりだから、どれだけ素質があるか見たかったの。実力は申し分ないけれど、その魅力を覆すほど盗賊に向いてないわ。文句のつけようもなく期待外れよ。凄いわ」
褒められたのだと本気で思った。
「だからここでお別れね。公園には余程の物好きでもないと盗賊と組んでくれる駒はいないから、アジトに帰ったら?」
別の仲間がセーラに提案する。
「ここで手を切るならこいつの武器も奪っちまいましょう」
元仲間の目が敵意を込めてこちらに向いた。
しかしセーラは首を横に振る。
「人間相手にそれは無謀よ。お互いのためにここは平穏に別れましょう。でも、あなたの考え方は合格よ。うふ」
ボンバー団は荷車を引いたカバに乗って移動する。
本物の動物そっくりだけど、ペダルを漕いで走る乗り物だ。
セーラがカバの背に乗り他六人は荷車に乗り込んだ。
去り際、最後にセーラが振り向いた。
「もし、やっぱりどうしてもボンバー団に入りたいというのなら、暗闇エリアの隠れ家を訪ねてちょうだい。そのときは嫌でも覚悟を決めてもらうから。うふ、じゃあね」
赤月だけ置き去りにされ、ボンバー団はカバに乗って去っていった。
この公園に来たの初めてなんだから、暗闇エリアの場所なんてわからない。
隠れ家と言うくらいだから、セーラもハッキリと教えたくなかったのだろう。
手には自分の物ではない武器がひとつ残されている。
まだ近くにいた六人にそれを返す。
持ち主はそれを乱暴に取り返し、尚も憎らしげに赤月を睨んだ。
「じゃあサヨナラ!」
いたたまれない。
逃げる。
コンピューターゲームで好き放題するのとは訳が違う。
ここが盤上で、相手が駒であっても、盗みは悪いことだと思い知った。
そして一度やってしまったことにやり直しは効かない。
それでいいんだ。本当に盗みたい物はここにある。
それを取るために盗賊になったのだ。
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