(4)【爆弾魔】マガト

「逢魔が親分じゃないんだな」

 と蒼沫。

「ああ、だからお前らを仲間にするか決めるのは親分だ。人間なら貴重な戦力になる」

「お互い様だけど、そんな簡単に信用していいの? スパイだとか裏切りの可能性を少しは考えたら?」

 赤月の言葉に逢魔は、

「それならそれで面白い」

 と、ヘルメット越しでもわかるくらい凶悪な笑みを浮かべた。

「それよりお前はどうなんだ? 仲間になるかどうか、ハッキリした返事を聞いていないぞ」

 逢魔は詰め寄った。

「ま、いつでも手を切っていいよって言うのなら、仲間になってもいいよ」

「そんなこと言うつもりはねえ」

 覚悟はまだ決まっていない。

 そもそも改めて盗賊団になんか入りたくない。

 最初にボンバー団に入ったときだって、蒼沫の武器を奪ったらトンズラするくらいの気持ちでいたのだ。

 話題を逸らそう。

「それより聞きたいことがあるんだ。ボンバー団の目的を知りたい。この公園で活動する理由を。武器を奪うっていうのは盗賊団なんだからわかるけど、ここにいる駒は多くが初心者なんだから武器も弱いと思うんだ。それに遊具を破壊したり湖を汚したりするのは何か理由があってやってるのかな?」

「教えてやろう。俺たちボンバー団の目的は、この公園を盗むことだ」

 壮大なことを言ったつもりなのかも知れない。

「公園って盗めるものなの?」

「盗賊に盗めない物なんかねえ。雑魚やジャスティス団みてえな邪魔な連中を全て追い出すか制圧すれば、公園は俺たちのものだ。そのためには多少はくせえのも我慢しなきゃな」

 こんな悪どいことしてまで狙うお宝が公園にあるなんて思わなかった。

 けれど、公園そのものが目的なのであれば、ここまでやってもおかしくはないのかも。

「公園なんて盗んでどうするの?」

「まっさらなゲーム盤に戻し、ならず者のアジトとくっつける。アジトはこうやって余所の領地を盗んで広げていくんだ」

 ミニチュアのゲーム盤同士がくっつく想像をした。

 くっつけて吸収して、領地を広げる。

「駒にとってゲーム盤は世界そのもの。俺たちは世界を盗んでいるんだ」

 逢魔の気持ちを込めた言葉に赤月にもようやく目標の壮大さが伝わった。

 悪事は悪事だからその野望も頓挫してしまえばいいと思うけど。

「僕は盗賊行為はしたくないけれど、このゲーム盤を盗むことには力を貸す。それで要求を聞き入れて貰うようそちらの親分と話し合おうかな」

 赤月がこの盤上で一番に優先するのは蒼沫の武器を奪うこと。

 そのために正義感も罪悪感も一度捨て去ろうと、今覚悟を決めた。

 逢魔は呆れたようにため息をついた。

「中途半端な奴だな。だがいいだろう。それも親分次第だ」

 そこからは三人とも黙って進んだ。

 この先待っているのは罠である可能性も考えたけれど、どうせ盤上の出来事。

 人の世のような痛みや苦しみはない。

 と、赤月も蒼沫も思っていた。

 それは間違いではなかったのだけれど。


 松明の明かりを頼りに暗闇を進む。

「どこまで進むんだよ?」

「もうついた」

 蒼沫がたずね、逢魔が答える。

 注意深く周囲を見回すと、松明の明かりが黒いテントを照らしていた。

 テントは幾つもあり、赤月と蒼沫はいつの間にか集落の中にまで通されていた。

「ここが俺たちボンバー団のアジトだ」

 テントの中からぞろぞろと盗賊が現れて一同を囲む。

 所々で松明が付けられて、ざっと数十人ほど把握できるくらいには明るくなった。

 明かりの外にはまだたくさんいるのかもしれない。

 正面の、他よりも大きなテントから一人の駒が顔を出した。

 セーラだ。

「逢魔、お帰り……って、見張り交代には早くない?」

「交代じゃない。人間の加入者を連れてきた」

「あ、それってまさか……」

 セーラが赤月に気付く。

「結局来たのね。うふふ、覚悟は決めてきた?」

「条件付きで手を貸すだけだよ」

「この状況で強気ね。頼もしいってことにしておきましょうか」

 セーラと入れ替わりに逢魔がテントに入る。

 赤月と蒼沫は外で待つように言われたが、すぐにテントの中に通された。


 テントの中は外から見るより遥かに広い。

 雑多な飾りつけがあり、テーブルがあり、クマの形をしたソファが置かれている。

 きらびやかではないが快適そうな空間。

 火薬の匂い。

 中に居るのは三人の駒。

 一人は逢魔。

 もう一人はボタンやダイヤルがついた服を着たやたらと太った駒。

 襟を立てて口元を隠し、飢えた目をしている。

 【山賊】のサージャンというようだ。

 そしてクマのソファに一人腰掛けている駒が盗賊団の親分と見ていいだろう。

 全身をメタリックな黒いプロテクターで固めていて、赤い目をしている。

 【爆弾魔】のマガト。

 赤月と蒼沫が入ったあとで、セーラも加わって六人テントに入った。

 まだまだ余裕のスペースがある。

「俺がボンバー団の頭。マガトだ」

 親分らしき駒が名乗った。

 役職と名前はわかるのに、自己紹介はするんだ。

 礼儀正しい。

「僕は赤月。こっちは蒼沫」

「さっきは部下が世話になったな」

「うん。まあ盗賊行為はよくないよね」

「お前何しに来た?」

 マガトはしかめっ面をした。

「この蒼沫が逢魔に取られた武器を貰いに来たんだよ。ただでとは言わない。この公園を盗むのに協力するよ」

「盗賊行為はよくないと言ったその口でよく言えたものだ」

「よくないことをするって自覚はあるよ」

 ここで蒼沫が前に出た。

「俺の目的も同じだ。赤月にじゃなくて俺に返してくれ」

「いや、僕に」

「うるさい、俺に」

 交互に張り合う二人の間に逢魔が入る。

「コイツら、同じ武器を取り合ってるみたいです」

「その武器っていうのはどんなのだ?」

 マガトの問いに答えたのは蒼沫。

「レイティストスマートっていうゲーム機なんだ。大体レイスマって呼ばれてる」

 マガトは背もたれに体を押し付け、

「サージャン、持ってるか?」

 と斜め後ろに佇む太った駒にたずねた。

「そんなレアな武器、食った覚えはないですねえ」

 サージャンは首をかしげる。

「食い物じゃないから」

 蒼沫の言葉を流して、マガトは「全部出してみろ」と指示を出す。

 サージャンが衣服についたボタンを外すと、上着の下からゴロゴロと武器が落ちてきた。

 それは床いっぱいに広がって足の踏み場を埋め尽くした。

 サージャンは駒らしい元の二頭身の姿に戻った。

 太ってるときの大きさを考えてもこれだけの武器が収まるとは思ない。

「体積が合わないじゃないか」

 赤月は解せぬ思いを口にした。

「私は盗人の身ぐるみから生まれた【山賊】だ。収納術などお手のものなのだよ」

 考えることをやめ納得する。

 これまでもそうだったし、不条理なことはいくらでも起こるだろう。

「片付けろ。レイスマってのがないか確認しながらな」

 サージャンは言われるがままてきぱきと武器を襟の中にしまい込んだ。

 しまう程にどんどんとお腹も膨らんでいって、確かに武器を食べてるように見えてくる。

 全て片付く前に、やはりここにレイスマはないことがわかった

「もしや売り払ったとか?」

 赤月はたずねた。

「この公園で奪ったものはまだ売りに出してはいない。奪ってからここに運ぶ前に奪われたんだろう」

「あっ!」

 マガトの言葉で逢魔は思い出したらしい。

「ジャスティス団の奴らだ! アジトに帰る途中であいつらに出くわして取られたんだ!」

「ジャスティス団って、キミたちと敵対しているグループだよね」

「正義ぶって公園にはびこる集団だ。俺たちが手に入れた獲物を奪い取る、第二の盗賊団だな」

 第一がいなければ第二もはびこらないのに、と赤月は言いたい。

「その駒の特徴は?」

「忘れたな」

 蒼沫の問いに逢魔は素っ気なく答える。

「ジャスティス団ってボンバー団より強いの? それとも逢魔が……」

「こっちは前の戦闘直後で消耗していたんだよ! お前はあのときの見習い戦士か、思い出したぞ!」

 逢魔は蒼沫の言葉に被せて喚いた。

「思い出したところでここに武器がないとなると、もう用事はないというか……」

 蒼沫は露骨にガッカリしている。

「そのレイスマって武器は、それほど大事な物なのか?」

「兄貴の形見だ」

 マガトの問いに蒼沫は答える。

 逢魔、セーラ、サージャンが同情的な目を向けた。

「嘘だよ。こいつの兄貴が年下の子から脅し取ったものを貰ったんだよ。当然兄貴も生きてる」

 赤月が正直に訂正する。

「最低だー!」

 幹部三人が声を揃えた。

「てめ、余計なこと言ってんじゃねえぞバカツキ!」

「さらっと嘘付くなアホマツ!」

 軽い揉み合いのあと、マガトは赤月にたずねる。

「お前はそれを取り返してどうするんだ?」

「持ち主に返すんだよ。当然」

「義賊気取りってやつか」

「そんなやつだ」

 嫌味を感じながらも頷いた。

 マガトは数秒置いて、

「取り返しに行くぞ。今すぐに」

 と宣言した。

「うん、行こう」

「え、ええ? 判断が早い!」

 蒼沫はすんなり頷いたが、赤月は早急な提案に戸惑った。

「作戦立てるとか、攻め込むための準備は?」

「俺たちはいつでも準備万端の臨戦態勢だ。直接ぶつかり合って強い方が勝つ。それだけだ。作戦など不要!」

 それじゃあどうして今まで攻め込まなかったのか、とたずねる前にセーラが補足する。

「ジャスティス団とは今まで何度かぶつかり合ったのだけど、決着がつかなかったのよ」

「人間が加入したことによりこちらの戦力は跳ね上がった。攻めいるチャンスと見てよいでしょう」

 と、サージャンも付け足した。

「それに、お前らの気が変わらないうちに、という狙いもある……これを付けろ。体のどこでもいい」

 マガトは爆弾に凶悪な顔が書かれた絵柄のワッペンを差し出した。

 ペタッと貼れるシールタイプだ。

「ダサい」

 二人声を揃えた。

「ボンバー団の仲間の証でな、団が物を盗んだり悪事を働くほど強くなる強化アイテムだ。全員つけている。次言ったら殺すぞ」

 マガトの言う通り、改めて見るとセーラの手首、逢魔の左膝、サージャンの横腹にそれらが貼られていることに今気付いた。

「逢魔、これを付けて強くなってたから、あのとき俺に勝てたんだな」

 蒼沫はかつての敗北に納得したようだ。

 赤月は迷いなく胸に付けようとする蒼沫の手首を掴んで止めた。

「これを付けて、何か代償とかない?」

「それを付けている時点でボンバー団の一員と公表しているものだから、周囲に悪党として警戒されることだな。それと俺の許可なく剥がせば爆発する仕掛けだ」

 赤月と蒼沫はワッペンを手放した。

「言っておくがお前たちに選択の自由はない。嫌だというのならここで死んでもらう」

 マガトは唐突に敵意を見せた。

 いや、ここまでが不自然に友好的だったのかもしれない。

 セーラが赤月にアイコンタクトを送る。

『嫌でも覚悟を決めてもらうと言ったでしょ? うふ』

 と目で伝えてくる。

「お前たちは敵に回ると驚異だ。ここで何も手を打たずに帰せばジャスティス団と組む可能性もある。それを防ぐためにもそれを身に付け、俺たちと組む意思を見せろ」

「盗賊団のアジトに乗り込んで只で済むとは思ってない。これくらいのリスクは負ってやるさ」

 言うなり蒼沫はワッペンを左腕に貼った。

 マガトは頷いた。

「それでいい。心配するな。公園を制圧したあとも俺たちが面倒を見てやる」

 二人の視線が赤月に向く。

「僕の面倒は見なくていいよ。レイスマ取り返したら、なんとか安全に剥がす方法を探すから」

 赤月もそれを左肩に付けた。

 覚悟はちょっと前に決めたつもりだったけど、正直ここまでのリスクは考えてはいなかった。

「レイスマを取り返したとき、どちらが手にするかはお前たちで決めろ。だがボンバー団が先に入手したときは、より働いた方に渡すと約束しよう。当然、ジャスティス団との戦いに置いては前線に立ってもらう」

 レイスマを取り戻すことが目的だったのに、そのために盗賊団に入って、正義の立場の自警団を殲滅させ、この公園を犠牲にしなければいけない。

 アキトラを撫でて気持ちを落ち着ける。

 ここ盤上で、これはゲームなんだ。

 赤月はそう自分に言い聞かせた。

 六人ともテントを出て、すでに集合している手下の前に立った。

 何百人いるんだろう。

「これよりジャスティス団の本部の襲撃する! 全員で攻めるぞ!」

 マガトの号令に子分たちが吠え猛る。

「盗賊班、海賊班、山賊班はそれぞれ動物と荷台に乗り込め。残りは走ってついてこい」

 マガトの指示に従い逢魔はウマに、サージャンはゴリラに、セーラはカバに乗り、子分たちはその動物に繋がれた荷車に乗り込んだ。

「空賊班は空中で待機だ!」

「あいあい、了解」

 気軽な返事をしながら一人の駒が前に出る。

 松明の明かりで赤く照らされてはいるが、色彩豊かなドレスを着た駒。

 目の焦点が合っていない。

 ドレスの形が独特で、よく見ると風車の形をしている。

 空賊なんて人の世では聞かない。

 片目を閉じて駒を見る。

 本当に【空賊】の……キャリーというらしい。

「じゃあ行ってきまぁす」

 キャリーが右手に持つ風車を振り回すと、ふわりと浮かんで夜空に消えていった。

「空賊班って一人だけ?」

「今後増やすつもりだが、空を飛べる駒は少ない」

 マガトは素っ気なく答える。

 空を自由に飛べるなんて羨ましい。

 アキトラが自分で動き出したことの次くらいの感激。

 盤上にいれば自分ももいつか飛べるだろうか、と赤月は思った。

 マガトのテントにあったクマのソファも乗り物だった。

 動物の背中は座席になっていて、先頭には手綱の形をした操縦桿と動力源となるペダルがついている。

 赤月と蒼沫もマガトと一緒にクマの背中に乗り、ペダルを漕いだ。

 クマは本物の動物に似せた動きで走り出す。

 目指すは自然エリア、ジャスティス団の本拠地。

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