第31話 負け

 俺はそれをしゃがんで躱すと、瞬時に愛刀を抜き、奴の首元に当てる。


「何のつもりだ」


 俺は低い声で尋ねる。

 今のは本気の一撃だった。

 俺でなければ、殆どの者は気付くことすらなく、頭と胴体が分かれていただろう。


「……強いと思っていたが、これほどとはな」


 そう言って、アスカトールは小さく笑う。


「私の役目はこの国を守ること。君の強さは明らかに異常だ……なぜこの村に居る。その回答次第で、私は君を斬らねばならない」


 真剣な声色で、アスカトールは言う。


「お前じゃ無理だ」


「……だろうな。だが、勝てないことが、挑まない理由にはならない。何が目的だ」


 奴は真剣に聞いている。

 適当な回答では納得しないだろう。

 ここで殺すのは簡単だが、それでは村を追われることになる。

 俺は愛刀を鞘に収める。


「目的は……ない。俺は空っぽだ。だけど、この村と、この生活は好きだ。上手くは言えないが……ベン爺と狩りをして、田を耕し、日暮れと共に眠る今の穏やかな生活が好きなんだ」


「そんなことはなんの保証にもならん」


「分かっている。だが、嘘はない。クリフさんは、俺のやりたいことをゆっくり探せばいいと言ってくれた。俺もいつか、やりたいことを見つけたいと思っている」


 俺の言葉を聞いて、アスカトールは考えるような仕草を見せる。


「……あのお爺さんは本気で君を心配していた。他の村人も皆、君のことを慕っていた。君を信じた訳ではないが、君を慕う村人の皆を信じよう。もしお前が今後何かをやらかしたら、俺がお前を斬る」


「斬られないように努めよう」


「騎士になりたければ、俺の元へ来い。スレイヤ王国騎士団第三師団副団長アスカトールという。平時ではお前の実力、持て余そう」


「機会があれば」


 なる気はないが。

 アスカトールはそう言うと、去って行った。


 ◇◇◇


 レイルの下を去ったアスカトールは、レイルのことを考えていた。


(奴の実力は尋常ではなかったが、純粋な騎士の動きとは違う。いったい誰から師事を受けたのだ? 冒険者の両親から師事を受けていたとも思えない。おそらくあのお爺さんと血の繋がりもないだろう)


(だが、敵意があった訳ではない。この村での生活で穏やかになったのかもしれない)


「あっ、副団長。どこに居たんですか! なんか晴れやかな顔してますね?」


 騎士の一人がアスカトールの下にやって来た。


「ああ。久しぶりに負けたのだ」


「あの子供ですか?」


「そうだ」


「手加減しすぎですよー、アハハ! じゃあ、スカウトでもしてきたんですか?」


「いや、断られてしまったよ」


(手加減はしていない……確かに奴は俺より強かった。団長なら……団長ですら奴に勝てるだろうか。どちらにしても、現在奴はなにもしていない。このまま穏やかに過ごしてくれれば。そうでなければ、大国への大きな脅威になるのは間違いない)


 こうしてレイルは、王国騎士団の一人に名を覚えられることとなる。

 第三師団は翌日村を出て、王都を目指す。

 その途中、エスカトールはある一行とすれ違う。


「もうすぐ村だな! あの村は良い女が多かったはず。楽しみだ!」


 そう下衆なことを言う男を先頭に、一行はレイル達のいる村に向かっていく。

 その発言を聞いた騎士達が顔を顰める。


「あれは……」


「放っておけ。あれは近くの領主の息子だ」


「なるほど」


 そうして一行は遂に村に辿り着いた。

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