年下の男の子①

 ――――――。

 ――――。

 ――。

 オフ会、という言葉がある。

 ネット上で知り合ったひとたちが年齢・性別・肩書き等のさまざまな垣根をこえて、リアルな世界で親睦を深めるためのイベントのことを指す。

 ぼくは、人生で初めて、その『オフ会』というものに誘われた。

 しかも、サシで。

 ふたりきりで。

 3Dアクションゲーム『アタックロボ』。

 通称『アタロボ』。

 アタックロボと呼ばれるロボットを操作して戦うゲームで、オンライン対戦もできる。様々なガンやボム、ときにはロボット本体を攻撃に用いて、対戦相手のライフポイントを削り切る、あるいは制限時間が経過した際に多くライフを残していた者が勝利となる。

 ぼくはアタロボが強い。すごく強い。手前味噌だけどめちゃくちゃ強い。

 ぼくが使っているアカウント『UDONMAN』(アカウントの作成時にうどんを食べてたことが由来)は、日本国内に限っていえばランク一位の座を手中におさめていた。

 しかし、そんなぼくにも好敵手がいた。

『RYOKO』という名前のアカウントだ。ぼくは『RYOKO』と同じギルドに加入して、ほかのギルドメンバーとも研鑽を重ねながら高みを目指しあっていた。チャットでのやり取りをするなかで意気投合したぼくたちは、住んでいる場所が近くということもあり、一度リアルで会ってみようという話になった。お互いにもんじゃ焼きが好物のひとつだったので、もんじゃ焼きを食べようということにトントン拍子で話が決まった。

 街中にあるお店まで電車で向かい、着いたのは約束の十五分前。


「……早かった、かな」


 なんだか勇み足というか前のめりというか、オフ会にすごくアグレッシブになっている奴みたいだけど、日頃から待ち合わせの時間はしっかり守る人間で。

 さて、オフ会。

 人生初めてのオフ会。

 いったいどういう相手が来るのだろう。ドキドキしながら時間を潰す。スマホを見ながら時間を潰す。

 RYOKOさんいわく、当日は派手な赤髪で現れるという。

 そわそわした心境のまま時は過ぎて、約束の時間の三分前に。

 依然としてRYOKOさんらしき人物は来ていない。

 ぼくは窓ガラスに映る自分の姿を確認する。身だしなみは恥ずかしくないようにちゃんとしてきたつもりだ。

 準備は万端。あとは相手を待つだけ。

 そう思っていたら。


「――ねえ、キミ」


 女性の声が聞こえてきた。

 背後を振り返ってみると、ひとりのお姉さんが立っていた。

 ほどよく色落ちしたダメージジーンズ、社会に多少の不満を持っていそうなパンクなシャツ。そしてなによりも目立つ深紅の髪。華奢で美人なお姉さんから、ぼくは声をかけられた。

 間違いない。彼女が噂のRYOKOさん。ぼくの好敵手。

 会えて嬉しい。そう感じた。

 しかし、それ以上に、なにか引っ掛かるものが。

 彼女の顔に、既視感があったのだ。

 これがいわゆる『デジャブ』という現象か――。

 ――いや、違う。

 ぼくは確かに見たことがある。

 彼女のことを。間違いなく。どこかのタイミングで。

 それも一度や二度ではなくて、何度も……。

 ……脳内の記憶を辿ってみる。

 そしてぼくは、すぐに答えにたどりついた。

 RYOKOさんが、人気バンド『ミッドナイト・ストレイシープ』のボーカル『RYOKO』だと気が付いた。

 


 お店に入る。

 もんじゃの芳ばしい香り。


「二名で予約した水野でーす」


 RYOKOさんがいう。応対してくれた女性店員さんが、彼女の姿を見て、ハッとした表情を浮かべる。けれどもさすがは接客のプロだけあってすぐに表情を戻して、ぼくたちを案内してくれた。

 個室に入る。

 個室といっても暖簾の向こうは通路だけど、プライバシーは充分に保たれている空間だ。RYOKOさんは左利きなので、ぼくたちは利き腕が廊下側になる位置にそれぞれ座った。

 暖簾が揺れて、店員さんが入ってきた。水を持ってきてくれた。注文はまだ決まっていないのであとにしてもらった。


「ほい」RYOKOさんが、メニュー表をこちらに向けてくれた。「なんでも好きなものをお食べ。あらかじめいっておくけど、全部あたしのおごりだから」


「よろしいんですか?」


「もちろん。多分あたしのほうが稼いでるから」


 でしょうね。


「ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 感謝を示して、素直に厚意に甘えることに。

 コップの水をひと口飲む。

 さっき初めて会ったときは驚いたけれど、いまはわりと冷静だ。

 冷静になれた頭で、あらためて、彼女に対して伝える。


「あの……音楽、聴いてます。昨日もミストの曲を――『花弁の葬列』とか『カリギュラ』とか『ラブ・ホログラム』とか聴きながら登校してたくらいで、要するに、ファンです!」


 伝えると、彼女は微笑んでくれた。


「へー、あたしのこと知ってくれてたんだ。曲もいろいろ聴いてくれてるみたいで、本当にありがとね。おかげでミュージシャンとして生かされております」


「こちらこそ! お会いできて光栄です!」


「あはは、そんな体育会系みたいな折り目正しい返事しなくてもいいって。もっとこう、くだけた感じでいこう。肩肘張らない感じでさ。音楽も立ち振る舞いも、等身大がウケる時代だよ」


「は、はい……それにしても、まったく気づかなかったです。そんなすごいひとと何度も手合わせしていたなんて」


「何度も手合わせして、何度もあたしを倒したわけだから、すごいひとなのはキミのほうだよ。あたしは胸を借りてる立場」


「滅相もないです」


「まあ、でも、自分でいうのも少し恥ずかしいんだけど、あたしみたいな有名人に日常生活で会うことなんて滅多に無いだろうし、サシでごはん食べる機会なんてまず無いだろうから、不必要に過度な緊張を覚えちゃうっていうキミの気持ちも分かるよ。下手すれば、生まれて初めて有名人に会ったんじゃない?」


「あ……それは……」


「違った? 会ったことある有名人いる?」


「ええっと……実はその、会ったことがあるというか……」


「会ったことがあるというか?」


「……住んでます。一緒に」


「…………へっ?」

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